丸太?
目が覚めた。それほど時間は経ってないような気がした。むくりと起き上がると少し体が痛かった。
「やっぱり、地面で寝るもんじゃねぇな」
伸びをしながら譲一は呟いた。
譲一は腹を擦りながら思った。
(なんともねぇ…)
生の肉を食べたというのに食中毒になってないのだ。
不思議に思いながらも深くは考えないことにした。ラッキーだと思っておこう。譲一はそう決めた。
「喉かわいたな…」
そう思い辺りを見渡していると手に何かが当たった。見ると煙草とライターだった。
寝てる時にポケットから落ちたのだろう。
残り1本しか入っていないソフトタイプの箱はクシャクシャになっていた。
「そうだ!ライター!」
慌ててライターを拾い、半透明の中を見ると、まだかなりオイルが残っていた。
(そういえば…少し前に買ってたな…)
もっと早く気づけばよかったと後悔した。
そうすれば、あの時の肉も少しはマシなものにできたであろうに。
とはいえ、火があるのならまだ心強い。そう思った譲一は立ち上がり。
「水を探そう」そう決めた。
ふと、横を見ると、あの熊はまだ寝ていた。
頂上をぐるりと回って少しでも下りやすそうな場所を見つけ、周りを警戒しながらゆっくり下っていく。
風で木々が揺れる音でもビクついてしまう。
次にまた何かに遭ったらもう逃げられないかもしれない。死ぬかもしれない。
得体のしれないこの山が酷く譲一を震えさせた。
しかしずっとあの頂上にいてもいずれは死ぬ。こんな訳のわからない目にあって死ぬということが譲一は嫌だった。
どれくらい歩いたのかなんてもう分からなかった。周りの音に神経を研ぎ澄ましていた譲一の耳に今までとは違う音が聞こえた。
(水が流れる音…?)
距離としてはまだ近くはないだろう。だが、確かに聞こえる。
「水だ…」
譲一は音のする方へ歩いていった。
音がどんどん近くなるにつれ、譲一の歩幅も広く、速度も速くなっていった。
草をかき分け、木々を抜けると広い所にでた。目の前には広い川で水が大きな音たてながら流れていた。
「やった…水だ…」
譲一はヨロヨロと近づいていくと、膝をつき水面を覗きこんだ。
流れる水は透き通っており、底にある石の形まで容易に見渡せた。
「飲めんのかな…?いや、飲めるだろ!」
譲一は顔を突っ込んだ。とても冷たかった。ガブガブと水を飲み、喉を潤した。
顔を出し、空を見上げた。冷たい水が顔から滴り落ちる。
「うんめぇぇぇぇぇ!!」
譲一は叫んだ、近くに獣がいるのかもしれないという可能性など、お構いなしに叫んだ。
「こんなに美味いもんだったのか水って…」
譲一は座り込んだ、長い緊張が続いていた中、それが解け、力が抜けた。もう何もしたくない。寝転んでしまおう。そう思った時だった。
『おいおい…騒がしいから何事かと思えば…人間がいるじゃあねぇか』
譲一は固まった。後ろの方から声がした。
あの熊とは違う別の声だった。
(何かがいる!今、自分の後ろに!なにかは分からないがきっとろくなもんじゃあない!)
ゆっくりと振り向いていくと、後ろにいる“何か“の姿が徐々に見えてきた。
小学生のころ田植えの体験が授業の一環であった。泥の中に足を突っ込み、感触に身震いしながらも、少しすればあっという間に慣れ、友達とふざけあったりしたものだった。
田んぼのあちこちに"それ"はおり。捕まえて手の中に隠して女の子に見せに行き、驚かせていたりしたのはいい思い出である。
今、譲一の目の前にいるのは、そんな手のひらサイズのかわいいものではない。譲一の身長をゆうに越し、3mはあるデカイ"カエル"であった。
『俺様、人間は食ったことがねぇからよぉ…どんなものかちょいと気になるんだよな~』
カエルは譲一を見下ろしながら言った。
「ハアッ…ハッ…ハッ…」
呼吸が荒くなる。今、目の前にいるコイツは自分を食おうとしている。
(無理だ…体を動かせられねぇ…)
疲弊しきった譲一の体にもはや逃げる力などとうになかった。
『ヘッヘッヘッ…これで旨かったらクセになっちまうかもなぁぁ!』
カエルは大口を開けて飛びかかってきた。
「うあぁぁぁぁッ!」
もうダメだ!譲一は諦めかけ、目を瞑った。
「………」
なかなかカエルが来ない。それほど長い間目を瞑っているわけではない。とっくにあのカエルの胃袋の中にいてもおかしくないほどの時間は経っていた。
恐る恐る譲一が目を開けると、そこにカエルの姿はなかった。かわりに目に飛び込んできたのは、鱗だった。そこら辺の大木なんかよりも太いモノに鱗がびっしりとついていた。
「う、鱗のついた…丸太…?」
『あら、失礼しちゃうわね』
女の声だった。譲一の左の方から聞こえた。
見てみるとその鱗のついたモノは長く長く続いており、その先にこちらを見ている顔があった。舌をチロチロと出し、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
『レディの体を見ていきなり丸太だなんて アナタ、そんなんじゃモテないわよ』
薄い紫の色をしたとてつもなく大きな大蛇がそこにいた。
顔に近い胴体の部分が何か大きなものを飲み込んだかのように膨らんでいた。