異世界トリッパーとハンバーグ
かくして俺、田中山原は魔王を封印するためにハンバーグを作っていた
ああ、意味がわからないのは俺も一緒だ
だが封印するためにはなぜか必要なのだからしかたがない
熱された大きなフライパンに次々とタネを放り込むと焼いていく
多少は中が生でもいいだろうと、適当に表面が焼けたものから皿にのせ、また次のタネを焼く
あたりには煙と油の焦げる匂いが充満している
美味しそうな匂いに空腹を覚えたのは初めだけ。今ではうんざりするような油の臭いに腹いっぱいだ
できるだけ、心をからっぽにしながら半自動的にハンバーグを焼き続けていると、MYエンジェルのルリが台所に顔を見せた
罠にかかっていたのを助けたところ懐いた、狼の獣人の女の子だ
頭に超がつくほどの美少女だ。うらやましかろう
「おにーちゃん、なにつくってるの?」
舌足らずな幼い口調が、胸にきゅんきゅんくる
ルリは俺がやっていることが気になるのか、その頭上にある犬耳がいつもよりもピンと立っていた
「ハンバーグだよ」
「はんばーぐ?」
ルリは一生懸命につま先立ちになると、手元を覗きこもうとした
無理な体勢を取っているから体がぷるぷると振るえているが、身長的に見えはしないだろう
覗きこもうと頑張っているのか、口が半開きになって、そこからちらりと覗く小さな花びらのようなピンク色の舌がかわいい
俺は焼いてから少し経って、いい感じに冷めているハンバーグを一口大に切り取ると、フォークの先に刺してルリに差し出す
ああ、狼といってもルリはタマネギは大丈夫な子だから心配はいらないぞ
「はい、あーん」
「あーん」
いっぱいに開いた口に、ハンバーグを入れてあげる
しばらくもぐもぐと食べていたルリだったが、やがてその顔に喜色が滲みだす
目はキラキラと輝き、口元には抑えきれない笑みが浮かぶ
一番顕著に喜びを表しているのは、後ろにあるしっぽだろう
かすかに青みがかった灰色のしっぽは、ちぎれんばかりに振られまくっていた
「美味しいかい?」
口に入れているから喋れないルリは、何度も何度もうなずくことで美味しいと伝えてくる
首が取れてしまいそうなほど激しい動きに、ハンバーグを作ってよかったという気持ちがわき起こってくる
よーし、お兄ちゃん。ルリのためにハンバーグたっぷり作っちゃうぞー!
当初の目的など華麗に頭の彼方に置き去り、ハンバーグ作りに燃える田中だった
さっそく次のタネを焼こうとすると、エプロンの裾を引っ張られた
この部屋には二人きりなので、引っ張ったのはルリしかいない
「あのね、おにーちゃんもハンバーグすき?」
裾をぎゅっと握りしめながら、上目遣いでそう聞いてくる
定番の首かしげも一緒だ
その破壊力と言ったら、脳内で悶えまくるほどだ
もちろん現実で悶え転がらない程度の自制心はもっている。なにしろルリの前でカッコ悪いところはみせたくないからな
なので、どんなにルリの可愛らしさに萌えようとも、表面上は(自称)さわやかなお兄さんのように微笑むだけだ
「うん、好きだよ(ルリたんがね)」
そう答えると、ルリはまるで花が咲いたような笑顔を見せてくれた
おおぅ、この子の戦闘力は53万です
「じゃあね、じゃあね。ルリもハンバーグつくるの、てつだうの!」
「ルリがお手伝いしなくても、ハンバーグだったらいっぱい作ってあげるよ」
「ちがうのっ!」
目線を合わせるために腰をかがめると、にこやかに笑ってみせたが、全力で拒否された
【ゆうしゃ たなか に 980 の ダメージ ▼】
安心しろ、致命傷だ
「ルリね、ヤンバルおにーちゃんのこと、だいすきだから
おにーちゃんのすきなハンバーグつくってあげたいの」
……ここに天使がいた
先ほどの拒否されたショックから、この天使発言
まさしく地獄から天国
ルリは狼なのに、その背後にまっしろな羽根がみえるよ……
「それなら、ルリにはタネをこねるのを手伝ってもらおうかな」
「ルリ、がんばるねっ!」
紅葉のような手をぎゅっと握りしめて、がんばるといったルリのためにエプロンを取り出す。そのままの恰好でやったら、お気に入りのスカートが汚れてしまうからな
おままごと用に欲しいと言っていたので、この前ちゃちゃっと作ったやつだ。ルリのイメージに合わせてオレンジのチェックの布に花の刺繍がしてあるエプロンだ
「はい、万歳」
「ばんざーい」
元気に上げられた両手から紐を通して、エプロンをかぶせてあげる
そして後のリボンを結ぼうとしたが、しっぽが左右に動いてうまくできなかった
ルリルリ豆知識なのだが、このしっぽをこっそりと気がつかれないようにして、いきなり握るとびっくりしてとても可愛い反応が返ってくるのだ
と、無駄な知識を披露してみたが、今日は一緒にお料理という大切な用事があるので、残念ながら悪戯するのは止めておいた。読者の皆さんにあの超絶可愛いルリが見せられなくて本当に残念だ。うん本当にwww
しっぽはルリにぎゅーっと抱きしめてもらい、リボンを結べば、エプロンルリの完成だ
エプロンの各部のサイズにこだわったおかげで、ややぶかぶかめなのだが、作業の邪魔にならないという素敵な着具合に仕上がっている
一番のオススメは、しっぽの根元を飾る大きなピンクのリボンだ
「おにーちゃんとおそろいだね」
うれしそうに微笑むルリが可愛くて、生きるのが辛い
異世界にトリップして戸惑うこともあったけど、今日も俺は元気です