救世主水谷、学校やめたんだってよ~我らの救世主強すぎワロタ~
この話は、Elements~エレメンツ~の「神剣×黒翼」の話より後、その次に投稿する予定の話の前、という時系列になっています。
「さて、それでは取材を始めさせてもらいます」
「……はい」
彼の歯切れの悪い返事に重なり、録音用の機材がうなりを上げる。
「まず、今回学校が占拠されようとした事件についてですが」
「はい」
「あれから三日経ちましたが、ご気分はどうですか?」
「はい、すこぶる元……」
そこで快活に返事しようとして、彼は慌てて口を閉じた。そしてやたらとぎこちなく、
「ハイ、コワカッタデスガ、イマハナントカ オチツイテマス」
と、答えた。
質問をした女性は、そうですかぁ、と頷いた。小さなテレビ局のリポーターということだったが、まだ新人のようだ。質問しながらもどこか落ち着いていない。何より若かった。
「今回、学校に押し入った十人は、いずれも刃物をもっていました」
「はい」
「それを、犯人側も含めてひとりもケガ人を出さず、未然に防げたのは貴方のおかげですよ!」
「そ、ソウデショウか……」
彼のこめかみを一筋の汗が流れる。怪我人がゼロ、なんて嘘だ。少なくとも一部の犯人は、治癒魔術を緊急で行わないといけないほど、重とか大のつく傷を負っていたのだから。
「そうですよ! 見て下さい、この大・迫・力っ!」
テンションを上げた女性は、まるで商品の説明をするかのように、用意したタブレット型端末を見せる。
ハードカバーの本がまるまる一つはまりそうなその画面には、この三カ月で見慣れた、彼の学校の講堂と、突如乱入してきた刃物をもった男たち。突然の事態にうろたえる教師やクラスメイトの姿が映っている。
彼は沈痛な表情をした。彼が苦渋の決断をする理由になった映像だ。
「すみません、怖かったんですよね。いきなりごめんなさい」
その表情を何と勘違いしたのか、女性は何度も謝った。
「でも見て下さい、直後流れるあなたの雄姿! クラスメイトの方が偶然、携帯端末で撮影してたんですよ!」
位置的には田中か。あるいは山田と高橋と結託してたのかもしれない。端末は鈴木のものだろう。
おのれあいつら……!
画面の中では、生徒を守ろうとする教師に犯人の一人が刃物で切りつけようとしていた。
その凶器が、振り下ろしの途中で止まる。横合いから進み出た生徒――彼に腕をつかまれたのだ。
男が絶叫を上げる。つかんだ部分の骨が砕けたのだ――って、むちゃくちゃ普通にケガしてる!?
「すごいですよね、腕が折れたように見えるのに。全くの無傷らしいですよ。人体の神秘ですね!」
――そんなバカな!?
ついつい情報部の無理やりな情報操作に叫びそうになった。これを見たやつ、本当にそんな話を信じるのか?
動画の修正くらいしてくれよ。
「ほら見て下さい、ちょっとこづいた感じなのに、壁にめり込むくらい吹き飛んだり、五メートルくらい離れた犯人を、一足飛びで倒してますよね!」
「む、ムガムチューダッタモノデ」
やがて犯人は全員倒され、残った教師やクラスメイトたちが、呆然としているところで動画は終わった。
恐ろしいことに、殆どの場面が無修正であった。流血沙汰にしないよう立ちまわったのが、せめてもの救いになっている。
「この動画のタイトルは『我らの救世主強すぎワロタw』です。無我夢中とはいえ、まるでアクション映画のようなあざやかな動きですね! なにか部活動で武術でも?」
「い、いえ。……その」
深呼吸した。とにかく情報部の人から『これだけをバカの一つ覚えみたいに言うんだ、分かったな!?』と教え込まれたことを思い出す。
「ハイ。ドーガヲ、ミタノデ」
指示通り上手く言えたぞ!
「ドーガ? 動画ですか? というと、国内大手動画サイト、『みんながにっこり動画』とか、『your tune channel』のことですか?」
「ソーデス」
あとは簡単だった。
そこで紹介された格闘技を、見よう見まねで使ったこと。その動画は事件後見たら削除されてたと適当に答えておく。新人は簡単にだまされてくれた。彼は心の中で合掌した。
「なるほど、すごいですねぇ~。ところで傷害未遂と不法侵入罪、銃刀法違反などの容疑で捕まっている彼らなのですが、『学校を占拠して奴隷王国を作るつもりだった』などと言っているそうですが、これについて何か言いたいことはありますか?」
彼はぎょっとして驚いた。犯人達の動機が、完全に脚色されてすり替えられている。どうやら情報部はこちらに力を入れていたようだ。魔術に関する話や噂なども、これなら心配せずにすみそうだった。
「いえ。ただ、二度と会いたくありません」
女性もうなずく。
「ええ、分かります。あんな社会に何の役もたたず底辺で人を見下すことしかできない、クズ以下のエロゲオタク倒錯嗜好ヤローどもなんて、滅びてしまえばいいのにね!」
「…………」
彼女は、なにかつらいことでもあったのだろうか?
そんな疑問をよそに、インタビューは終了の時間となった。
最後に、無事に仕事を終えた女性が呟いた。
「でも、なんで彼らは全員で、講堂から襲撃したのでしょう? ちょうど水谷君のクラスが特別授業で使ってたけど。普段使ってないそうですし、学校を占拠するつもりなら、もっと違う方法もありそうなのに」
なにか別の目的でもあったのだろうか。
そんな彼女の疑問に、彼は首を振ってやり過ごした。
「それでは、お昼休みを割いて戴き、ありがとうございました! これからも格闘技、頑張ってくださいね!」
女性からキラキラした目でエールを送られて、取材陣が帰って行った。
大きな、ため息がもれる。
「転入して、三か月か」
昼休み終了を告げるチャイムが流れる。昼からの授業で静かになっていく学校の中、彼は帰り支度を始めた。
彼がもっているのは、今まで学校に置いていた荷物だ。
彼がここにいたことを示す、最後の品である。それらを全てもって、あてがわれた部屋から出た。幸い取材陣と話をしていた担任はここに戻ってくる様子はない。
何の抵抗にあう事もなく、彼は静かな校内から正門を抜けた。
「けっこう楽しかったんだけどなー」
これも魔術組織に所属する故の宿命、その一つかもしれない。
そして彼は二度と、その学校の門を訪れることはなかった。
この日、彼――水谷夏輝は、学校を辞めた。
本流「Elements」ともども、感想、評価お待ちしております。
(こちらは魔術バトルものの予定です)
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