違う私
私の日課、朝の散歩。
風は凪いでいたけど、雨はまだまだ降っていた。
今日は勇気を出す日。
今までは見ているだけで充分満足だったのに、ハッキリさせたくなった。
風さんと約束したって勇気が出ないでそのままいつも通りの朝を過ごす。っていうことも出来たはず。
今までだって似たようなことはあったし。
でも今日は違う。昨日、彼にも聞かれてしまったから。
赤い花柄の傘をさして、この梅雨を楽しく乗り切るために新調したばかりのショートレインブーツを履いて歩く。
いつもの道順でゆっくりと歩いてゆく。
いつもの公園、いつものコンビニ。
「いらっしゃいませ、おはようございます。」
いつものコンビニのお兄さんが、今日も笑顔で挨拶してくれる。
何度この笑顔に救われたかしれない。
何度この笑顔に包まれたいと思ったかしれない。
だけど、それは仕事だから……そんな事は分かっていたんだけど、もっと声を聞きたくて。
もっと私だけのための言葉をかけて欲しくて。
いつもは俯いて通り過ぎて朝食を物色するために店内を巡る。けど、今日は違う私だから。
「おはようございます。よく降りますね。」
「………。」
もう既に手元を見て何か伝票整理みたいなことを始めてしまっていた。
その瞬間、私の中で何かが音をたてて崩れてゆくのを感じた。
その後はぐるっと店内を巡って出てきてしまった。
ぼんやりと家路についた。
朝食を摂ることもせず、着替えもせず、ただただぽつんと座り込み時間が過ぎていった。
数時間後、足の痺れで我に返った。
「ふふふっ。」
どんなに悲しい想いをしても、お腹も空くし足も痺れるんだ。って思ったら一人笑いが出て、同時にある事に初めて気付いた。
あんなにも心の中で慕っていたはずなのに、放心状態で何もする気を失っていたのに、悲しくない訳ないのに、涙の一粒すら流れてこない。
ふと見上げて時計を見る。
10:30になろうとしていた。
洋服を並べて選んで、慌てて着替えて、髪を梳かして、鞄を手にして玄関を飛び出した。
いつもならレインブーツを履いていても水溜まりを避けて歩くのに、急ぎ足は止まらない。
あの大きな樹の下で彼が待っている気がしてならないから、不思議なドキドキが止まらない。
風との話を「すごい!」と言ってくれた彼が待っている気がして走った。
大きな樹の下に着くと誰もいなかった。
赤い花柄の傘をクルクルと回してドキドキを鎮めようとしてみた。
昨日彼が去って行った方角をキョロキョロと見渡しながら、傘をクルクルと回して待っていた。
雨粒が舞って顔に当たる、湿った風がフワッと吹いて瞬きをした瞬間に見つけた。
真っ直ぐに走ってくる彼の姿を。
何故かドキドキはホッとした安心感に変わり、楽しい気分になって、また傘をクルクルと回していた。
「やあ。今日は凄い雨だな。」
やっぱり昨日みたいに爽やかに話しかけてくれる。
つられて私も軽く会釈をして自己紹介とお礼を言う。
そして、なぜだか洗いざらい今朝の出来事を話してしまったりした。
「実は今朝、ずっと声をかけようと思っていた方に話しかけてみたんです。
でも、なんかしっくり来なくて……でも、いいかな。って吹っ切れたんです。
百年の恋も一瞬で、っていうあの感じが分かる気がします。
言葉ってすごいですね、どんなに色々取り繕ってもとっさに出る言葉っていうのは飾れないですものね。」
自分でも驚いた。
そこまで一気に話してから一筋の涙が零れた。
一人で部屋にいた時には出なかったのに……
雨は弱まり、だんだん空も薄明るくなってきた。
僅かな沈黙の後、龍治さんは言ってくれた。
「風邪の様なものかもしれないよ。早目に分かれば、直ぐに治療して早く治るし。」
「ふふふっ。龍治さん、ありがとうございます。
そうですね。 ホントにそうですね。」
そう言って、彼に巡り逢わせてくれた風さんに、心の中でお礼を言った。
ふんわりと風が私の髪を舞い上がるようになびかせたりして“どう致しまして”と吹いていった。
「もしかしたら……」
「え? 分かっちゃいました? すみません。」
「いや、謝らなくてもいいよ。
うーん、そうだ! 腹へらないか? 昼でも食べに行こうか。
今日はオレのおごりだ。大した物はご馳走できないけど。」
一人で時々行くオシャレなお店、カフェレストラン『ドルチェ』を紹介して
二人で日替わりランチを注文した。
何故あの店を選んだのか自分でも分からない。
だけど、いつもと違う私のすることだから、理屈なんて分からなくたっていい、ただ思いつきでだっていいと思った。
彼は風との会話を「すごい!」って言ってくれる面白い人。
失恋した私を気遣かって、楽しい話をたくさんしてくれた。
仕事や映画の話、よく聴く音楽の話とか一所懸命にどんどん話してくれた。
えーっと
「中小企業の食品メーカー」って言ってたけど、私でもよく知っている有名な食品メーカーに勤めること。
「今はまだまだ下っ端だから、いつもハゲヅラ上司にある事ない事言われて突かれている」って(笑)
その上司さん一度見てみたい気がする。
「ちょっと親父混じりの25歳」っとはいうけど全然オジサンじゃないし(笑)
しかも、もっと年上かと思ったら2歳しか私と違わないし。
今は禁煙中らしく灰皿を店員に返してた。「何とか3週間目に入ったところだから頑張ってるんだ」って言ってた。きっと龍治さんならこのまま止められると思うな。
「お酒は強い方じゃないけど飲むのは好き」って言ってたなあ。
一緒に飲みに行ったら、きっと楽しいお酒が飲めそうだなあ。
「映画はSFやギャング系が好きだけど、ホラー以外は大抵なんでも観る」って、最近は『シャーロック ホームズ』を観たって。私も観たいなあって思っていた映画だわ。
きっと楽しい話をいっぱい用意して話してくれんたんだと思う。それにどんどん引き込まれてとっても楽しい時間が過ぎていった。
最後に龍治さんは、私の話を聞きたいって振ってきたけど、私の毎日や私自身の事を振り返ったら沈んできちゃって、あまり話したくなくなってきちゃった。
それでいつもなら口をつぐんでしまうけど、やっぱり今日の私は正直に素直につまらない毎日の事を話してしまった。
なのに龍治さんはまた「すごい!」って言ってくれた。
思いっきり恥ずかしくなった。
たくさんおしゃべりして美味しいモノ食べていたら、すっかり雨も上がって虫の鳴き声がするくらい外も薄日が差してきて、あちらこちらの水溜りやフェンスに付いた水滴に日光が反射して、街がキラキラとしていた。
長い一日だったなあ。
あっ長い半日か、だってまだ夕方にもなってなければ、おやつの時間にもなってないわ。
まあとにかく、それでも一つだけ違わないのは、朝の散歩は公園を歩いたら土手の方に回ってあの大きな樹の下で一休みをするの。
風わたる時 会話がなくても 笑顔の二人がいる
次は誰の傍で吹くのだろうか
短編にも長編にもなれない、中編?って感じの長さになってしまいましたが、とりあえず龍治と友里恵の距離が縮まるまでをコマ送り的な感じ絵描きたかったので終了です。
この二人のその後も書いてみたいなぁとも思ってます。