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ランチ

人生というものは分からない。

昨日の彼女との出会いがなければ、こんな風に寝不足になって苛立つ事もなかった。

いつもの様に気だるい気持ちで出勤して、ボロの営業車を走らせ、ただなんとなく過ごす毎日を繰り返すだけだった。



カーテンを開けると朝とは思えないような暗く重い空が広がっていた。

どれだけ降れば気が済むんだ?と空に問いたくなるようなほどバシャバシャと音を立てながら降り続ける雨。

アスファルトは色濃く染み渡り、いくつもの小川が出来ている。

夕べは風と雨とが激しく吹き荒れていて、窓を強く叩きつけていた。

まあ、それに比べたら少しはマシにもなったってところか。


その音のおかげで寝起きは最悪。

尤も眠りは浅いままだったから、寝起きなのに疲れが抜けきらない釈然としない感覚だった。

風や雨音だけでなく、彼女の事が気になってなかなか眠れなかったのも確かに少しはあるだろう。


そう少しだけだ、きっと少しだけ。



そして、仕事もロクに手をつけずに飛び出したオレの目に飛び込んできたのは、約束もほとんどないまま土砂降りの中赤い花のようにあの場所に立っていた彼女だった。

確かに『じゃあ、また明日。』と言って昨日は別れたけど。

名前も知らない、ただ居合わせただけの間柄の二人なのに、オレが来ると信じて待っていてくれた。

彼女の決意した何かが良い結果にしろ、そうでなかったにしろ、今のオレには関係ない。

今の今、一緒に話しが出来るだけでいいと思ってる。


彼女は友里恵といった。

やっと名前を聞けた時は、10代のガキみたいに内心喜んでみたりした。そんな自分自身が可笑しくも思えた。

彼女は不思議な女性だ。

一言でいうと「見ていて飽きない」。

不思議と言ったら、やっぱり風と話をすることだ。

不思議だとは思ったが、別に変だとか恥ずかしいことだは思わなかった。

だけど、彼女自身そのことを恥ずかしいことだと言う。

身のこなしと同じように緩やかな時間を好む。

時々、表情にしろ、言葉にしろ、くるくると変わって、予期しない言動に驚き戸惑うが、厭味がなく新鮮に思えた。

とにかく彼女の一つ一つの言動が新鮮で目が離せないでいる自分がいる。

思いつきで誘ったランチだったが、目に見えない何かに引き寄せられるように事が運んでいるような気がしてならない。



彼女が教えてくれたカフェレストラン『ドルチェ』



太めの木枠と小洒落た磨りガラスにレースのカーテン。

クラシックのBGMがしっとりとした空間に馴染んで、いかにも女性が好みそうな、男同士だったら少々気恥ずかしくて決して足を運ばないだろう店構えだった。

ちょうどオレ達が店に入ると、精算しているカップルがいて、入れ替わりですんなり席に座れた。


彼女のオススメで、二人して日替わりセットのデザート付きを頼んだ。

前菜のサラダをつついたり、自家製パンを食べながらどんどん会話が弾んだ。

オレは取り繕おうとかカッコつけようとか、全然意識しないでフツーに話せた。

面白みの一つもないオレ自身の事、最近観た映画や気になる音楽の話だとか、他愛もない話の一つ一つに微笑みながら頷いて耳を傾けてくれている。


「なんだかオレばかりしゃべってばかりだな。いつもはこんなに話さない方なのに。」

照れ笑いを隠す様に頭を少し掻いてみる。


「ありがとうございます。龍治さん。」


「なっなんで、礼を言われなきゃならないんだ? 店だって君に紹介してもらったし、面白くも無い話に付き合ってくれて、礼を言うのはこっちの方さ。

そうだ、良かったらでいいんだが、今度は君の事を聞かせてくれないか。少しだけでいいから、さ。」


彼女は俯き加減になって、食べかけのパンを皿に置いた。

そして、軽い吐息の後、ゆっくりと視線を上げていき窓の外を見ながら話しはじめた。

何となく改まった気分になり、組んでいた足を下ろして座り直した。


「絵を、描いてるんです。 そんな大したものじゃないんですけどね。

本の挿絵や企業広告やパンフとか、依頼されたものを一つ一つこなすのが精一杯なんだけど。

普段は、仕事場にこもってひたすら描いてるんです。


朝の散歩と、時々息苦しくなったり煮詰まったりイメージが固まらなくなったり悩んだりすると、河川敷に行くんです。


こんな生活も事務所が決まって実家を出てきてからだから、もう3年くらいですかね。」


「なんかすごいな。オレなんかただ毎日流れるように過ぎていってるだけなのに。」

自分では口に出すつもりはなかったんだけど、つい言葉に出してしまっていた。

本心だったから隠すことは何もないんだけど、彼女の言葉を遮ってしまって話が終わってしまうのが嫌で言葉に出したくなかったんだ。


「龍治さんって、面白い方ですね。」


「え? そうかな。」


「はい。だって、私なんかの事に”すごいな”って何度も言ってくださるから。」



不思議と心地よく流れる時間。

少しずつキレイに盛り付けられたプレート、バジルの練りこまれたロールパン、オレのアイスコーヒーと彼女のレモンスカッシュ。

食べ終わったプレートから片付けられてゆく……


そして、彼女の一番のお勧めでもある日替わりデザートのプレート。


彼女との距離が少しだけ縮まった気がした。


今まではただ鬱陶しいだけだった梅雨空も、湿った風が吹くだけで彼女を感じられる。

まるで彼女がすぐ隣りで話しかけてくれているような感じがしてくる。

それに比較的夜型だった生活を朝型に変えてみようかな。なんて思っているオレがいる。


人生は、ホントによく分からないものだ。


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