魂を輪廻に帰す者【2000文字】
ガキの頃から、よく『見えた』。
見えなくていいものばかり見えてきた。
園児の親と不倫している担任の先生。
母親の金を盗んでいく母親の彼氏。
それから、幽霊、妖怪、死後の行方を迷っている魂。
そんなものばかり見えるから、俺の人生はいつも腐っていた。
魂の見えるジジイに拾われてからは、これが仕事になっているけど。
生きていくのには、金がいる。
それだけで、高尚な理由もない。
ただ、この世を彷徨っている魂は、輪廻に帰った方がいいとも思っている。
見えるから仕方なく、俺はその手伝いをする。
「どらやぃ、どらやぃ」
「どら焼きな」
手土産のどら焼きの箱を頭に乗せて、コンが早くよこせと言ってくる。
コンは、俺の子どもではない。
5歳くらいの人間の男の子に化けているだけで、本来はただの狐の妖だ。
コンは人間の魂を食べたいがために、俺のそばにいる。
生きている間にろくな生き方をしていない人間の魂が、美味しいんだと。
盗み、詐欺、人殺し、それよりも惨い何か。
そういう諸々を背負い込んで死んだ魂は、大抵どす黒い色をしている。
コンはそれが好物なのだ。
彷徨う魂を輪廻に戻すのが、俺の仕事ではある。
だが、依頼主はその工程がまるで見えないわけだ。
輪廻に戻して生まれ直しても、結局は同じことを繰り返すような魂の色はなんとも醜い。
そんな魂を送ってやれるほど、俺はいい人間ではない。
だから、それをコンが食っちまっても、俺はとやかく言わない。
コンがそばにいれば俺は他の妖に脅かされないし、対等な関係ではある。
「コン、どら焼き大事に食えよ」
「やだ」
「『見えないからぼったくりだ』って言って、依頼料を置いていかなかったんだから仕方ねえだろ」
「金ないの、お前が悪い」
「その見た目で可愛くないこと言うなよ…」
「コン、人間の魂食うから問題ない」
「尚更、どら焼きは俺のために取っておけよ」
「…もぐもぐ」
「この野郎」
はあ、と俺は畳の上に寝転んだ。
言ったそばから2個目を食ってやがる、この大食い化け物が…。
俺がきちんと仕事をこなしたとしても、こういうことはよくある。
依頼してきたくせに疑われるのは、ジジイが生きていた頃からそうだ。
今や俺以外に見える人間がいないから、証明のしようもない。
さっきの依頼主が死んだあとに魂が彷徨っていたら、コンが食っちまいそうだな。
そして、俺も死んだら、彷徨う隙もなくコンが食うんだろう。
「スマホ、鳴ってる」
口の周りをベタベタさせながら、コンが俺のスマホを渡してくる。
画面には、いつもの葬儀屋の名前が表示されていた。
「…はい。あー、出ましたか。わかりました、向かいます。…はい」
電話を切って、3つ目のどら焼きを食べているコンに支度をするように促す。
「依頼だぞ、コン」
「魂、食べていい?」
「見てみないとわからん」
「けち」
俺は袈裟に着替えて、コンが喪服に着替え終わるのを待った。
「こちらのご遺体なんです」
「わかりました。あとはやっておきます」
葬儀屋に案内されたのは、一人のご老人の遺体だった。
死んだにもかかわらず肉体から出ていかない魂というのは、たまにいる。
そうすると、どういうわけか火葬まで事が運ばなくなる。
何かしらトラブルが起きて、葬儀が滞る。
そうやって見えない人間すらも不思議に思った時に、俺のところに依頼が来る。
「あの〜、もう死んでるので、無駄な抵抗はおやめになった方がいいと思いますよ」
遺体に呼びかけたが、返事はない。
…めんどくせえ。
「何か心残りがあるなら、お話聞きますよ」
『…』
「偏屈ジジイだ、魂が腐ってる。絶対美味しい」
本人がまだ残っているのに、なんてこと言うんだ、コン。
『誰が偏屈ジジイだゴラアアアア』
言わんこっちゃない。
でも、魂が出てきた。
『お前の子か!どういう教育してるんだっ!』
「んあー」
「馬鹿っ、食うな!」
『ぎゃああ』
コンが魂の端を咥えたから、慌てて離した。
「だって色汚い」
「これは性根が腐ってるだけで、犯罪なんかはしてない色だろ!食べるなよ!」
「…けち」
「で、あなたはどうして輪廻に帰っていかないんですか?」
大抵は、この世に残してきた個人的理由みたいなものがある。
「さっさと答えないと、こいつに食われますよ?」
もう脅しでもなんでもいいわ、早く解決して帰りてぇ。
『…リン』
「なんですか?」
「冷蔵庫のプリンを食べ損ねたんじゃあ!」
…しょうもな。
「ですので、可能なら棺にプリンを、無理ならお供え物にプリンをしこたま並べてあげてください」
「ご遺族にそう伝えておきます」
そう言って葬儀屋は、正規の依頼料を支払ってくれた。
これこそぼったくりと言われても仕方がない気がする…、仕事したけどな。
「帰るぞ、コン」
「…魂、食べられなかった」
「なんでも食えると思うな」
「帰ったら、肉食わせろ」
「馬鹿野郎。せっかく入った金なんだから、まずは光熱費だ」
「けちー!」
俺もジジイの墓参りに行かないとだな。
こんなに魂の色を汚しやがってって怒られそうだけど。
了
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