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五行の花嫁  作者: 石田空


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8/11

心を解く

 七人分の男の霊を巻き込んで怨霊化した女優の怨念。それを祓うのはたしかに至難の業だった。


「……俺がこのまま除霊しても」

「そこまで男の人が好きなら、多分黒斗にも刃向かってくると思う」

「だろうな」

「だからと言って、ほのかがやっても」

「……舞台に立つ役者を皆病気にした怨霊だし、直接彼女を祓ったところで無理だと思う」

「だとしたら、根元を断つか」


 黒斗の発言にほのかは首を傾げた。


「根元って……」

「髪に巻き込んでいる男の霊。あれを先に剥ぎ取る。あれを燃料にして余計に暴れているんだから、先に根元を断つべきだ」

「理屈としてはわかるけどさ……でもやれるの?」

「あれが男好きならな」


 ほのかはむず痒い思いをしながら、黒斗から話を聞き出し、ひとまず舞台袖に引っ込んでいった。その中で、八雲はにこにこ笑っている。


「なんというか、前々から犬猿の仲だとは思ってたけど、思っている以上に玄冥くん理解あってよかったね」

「よかったというか……あいつなんなんだろ」

「なに? 言葉がないから不安?」

「そんなんじゃなくってさあ……ただムカつくなと思っただけ」

「夫婦生活送れなくって不満?」

「八雲ー。あたしらたしかに便宜上夫婦になってるけど、まだ夫婦らしいことカケラもしてないから。あいつがあたしのこと舐め過ぎと思って不満なだけ」

「それってつまり、ほのかは頼ってほしいってこと?」

「……あたしがあいつに無理させてるのが、嫌だって思ってるだけだよ」


 本家から文句だって言われるだろう。そもそも撫子に何度「大丈夫」と言われても、五行相剋の仲で子作りをしたらどう影響が及ぶのか、未だにわからないのだから。その中で黒斗にだけ押しつけているような気がして、ほのかは罪悪感を覚えていた。


「……あたしが死んでもいいよとひと言言えたらよかったのにね」

「それって当たり前じゃないの?」

「八雲も言うよねえ」

「うん。だって子を産むのは命がけ。ましてや相性が端から悪いってわかっている関係で子作り強制する奴は、普通に不能になればいいって思うし」

「……黒斗が不能になったら本家に怒られないかな」

「もーう、物のたとえ! 玄冥くんは少なくとも、ほのかが思っている以上にほのかのこと大事にしてるんでしょって話だよ。私あんたたちの仲知ってたから、普通に心配してたけど、上手くやってるようでなによりだよ」


 親友に安心されてしまったことに、ほのかはなんとも言えない顔で刀の柄に手をかけていた。

 舞台袖の反対側から、そろりと白い着物の女形が出てくる……支配人から許可をもらって着替えた黒斗は、髪の白さを差し引いても、白い着物がよく似合う。その男とも女ともわからぬ艶めかしい姿で、扇で舞いはじめた。

 元々陰陽術を習う際、舞踊は稽古でみっちりと教え込まれる。その歩き方動き方は、怨霊を祓うのに向いているため、弱い怨霊だったら、舞えば祓えるのだ。

 ただ女形の姿で踊るのは、理由がふたつある。

 ひとつ。あの女の怨霊の髪に取り込まれてしまった男たちだけを祓うため。

 もうひとつ。あの女の怨霊を怒らせて、誘き寄せるため。


──うるさい


 女の低い声が響いた。

 それを踊りながら、黒斗は待っていた。


──うるさいうるさいうるさい。うるさい

──ここは女が踊る場所じゃない。ここは私の居場所だ。


──即刻立ち去れ──…………!!


 身勝手極まりない、すっかりと怨霊と化した女優の叫びだった。

 呪いと化した女は、髪から次々と男が成仏していくことすらいとわず、黒斗に襲いかかる。

 それを八雲が手早く手印を切ると、ほのかの刀に術式を乗せる。


「それじゃ、頑張ってね」

「……わかってる」


 学府にいた頃、術式のほぼ使えないほのかとコンビを組んでいたのは八雲であった。八雲の術式は黒斗のものほど強くも正確でもないが、ほのかはコンビをずっと組んでいたので、彼女のやり方はわかっていた。

 柄に力を込めると、術式が彼女の柄から刀身を通り、やがてほのかの全身に回っていく。


「私の夫を、呪うなあああああああ……!!」


 嫉妬に狂い暴れはじめた怨霊の呪いを、ほのかの刃が切り裂く。その返り刃で、怨霊の首を取る。それを必死で怨霊は逃れようとする。


──おのれ! まだいたか!

「いたわ! 色狂いの癖して、男と女の区別も付かないようなあんたに、あたしの夫を傷付けさせない!」

──おのれ……! おのれおのれおのれ……! 好き勝手なことを言うな!

「色狂いでしょうが……!!」


 怨霊は髪を伸ばし、ほのかをふん縛ろうとするが、それより早くほのかの刀身が髪を斬り、怨霊本体を祓おうと動く。

 それに抵抗するかのように、怨霊は今度は手を伸ばし、白く長い爪で彼女を切り裂こうとしたが。そこに呪符が飛んできて、ジュッと怨霊を焼いたのだ。


──あつ!

「……俺の妻を勝手に呪うな」


 その言葉に、ほのかは思わず黒斗を見た。

 そもそも今の今まで、妻と呼ばれたことはない。そもそも「名前で呼び合おう」と提案しても、滅多に名前で呼ばないのだから。


「あんた、あたしのことちゃんと呼べたんだね」

「なんでもいいから、さっさと祓え」

「わかってるよ!」


 怨霊の胴に力いっぱい刀身を叩き込んだ瞬間、怨霊は崩れた。


────様……っ!


 誰かの名前を呼んだのを、耳にしたような気がした。


****


 それから劇場は隅から隅まで除霊作業が行われた。あの怨霊の残した気配は、黒斗と八雲で綺麗に祓ったので、これで心配はないだろうが。


「でもあの女優さん、ただの色狂いではなかったのかもね」

「というと?」

「うん。無理心中繰り返してたって言ってたけど、先に自分の地元の恋人を無理心中で失ってたんだって。近所の人妻にほとんどなし崩し的に」

「それは……」


 まさか次々と役者を無理心中に巻き込んで死なせていた彼女が、既に恋人を無理心中に巻き込まれて殺されていたとは。それに八雲は「んー……」と喉を鳴らす。


「あれだよね。彼女の一番憎くて殺したい相手がもういなかった。そして彼女の一番一緒に生きたかった人も先立たれてしまった。彼女はその人妻に呪われてしまったんだと思う。彼女、本当に好きだったのは多分最初の人だけだと思うよ」

「……それは役者さんたち、無念だっただろうにね」

「悪意の連鎖反応だよね。そりゃこの業界だったら、そんな人いくらでもいるけどさ」

「ああ、いる。だからあんまり同情するなよ」


 そう黒斗が口を挟んできた。それに思わずほのかは目を細める。


「わかってますってば。あたしも五行の一族の人間だし、同情とかはそう簡単にはしませんってば」

「ならいい」

「あとさあ」

「なんだ」

「……あんた、一応あたしの夫の自覚あったんだなと、さっきの怨霊見てて思っただけだよ」

「……俺の妻だとは思っているが」

「あっそう」


 そこで会話は途切れ「支配人に終わった旨を伝えてくる」とさっさと行ってしまった。

 ほのかはそれを「わからん。あいつがなに考えてるかさっぱりわからん」と吐き出すと、八雲は「あらあ」と言った。


「玄冥くん、思ってるよりもほのかのこと好きだね?」

「どこが!? 今の会話のなにからそう思ったの、マジで!?」

「玄冥くん、どうでもいい人には冗談とか飛ばさないから。ほのか以外とは無駄口ほとんど叩かないよ。前々からやけに突っかかるのは、最初は自分の欲しいもの全部持ってるからほのかのこと気に食わないのかなあと思ってたけど」

「あいつ、あたしと違って術式完璧に使えるじゃん! まだ欲しいのか!」

「得物を使う朱明の家に憧れるのかもね、男の子は」


 それにほのかはなんとも言えなくなった。

 彼がなにを考えているのか、ほのかには本気でさっぱりわからなかった。

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