夫婦の語らい
名前呼びをする。一緒に鍛錬をする。食事は一緒に摂る。
この三つだけは徹底することにしたほのかと黒斗ではあるが、一向に夫婦らしい関係にはならなかった。
「黒斗! 今の術式反則! 今のなによ!?」
「普通の術式しか使ってないが。そんなもの捌けなかったお前が悪い」
「悪いとか言うな! 頭が悪いみたいじゃない!?」
「ようやく気付いたか」
「腹立つ!」
まるで学生時代の延長で、使用人たちは困り果てて見守っていた。
「……既に子が成されたところはございますか?」
「たしか数組は既に子ができたと……」
「おふたりの場合、異形を狩れる陰陽師ですから、呼び出しも多いですしね……」
あれだけ互いに文句を言い合いながらも戦場に出かけては無傷で帰ってくるのだから、相性はいいのだろう。ただ、一向に子をつくらないだけで。
そもそもあまりに相性がよ過ぎて、そこから先の関係にならないのだ。
「本家の方になにも言われませんか?」
「さあ……」
別荘の管理をする使用人はあくまで使用人であり、別荘を訪れた五行の一族の本家に進言するような力もなければ、苦言を呈するほどの度胸もなかった。
ただ相性がいいふたりなのだから、いつかは同じ床に入るだろうと思いながら、ふたりの食事の用意と寝間の用意をするだけだった。
使用人たちが心配しているのはさておいて。ふたりの元に本家からの依頼が舞い込んできた。
「舞台に出る怨霊退治……ですか」
「はい。舞台に出る役者がたびたび高熱を出して倒れるのですが、医者では治療不可能で、せいぜい安静にさせるしか手がないのです。その舞台自体が中止になった途端に倒れた役者の熱が下がるのです」
「それは……呪いのように思えますが」
話を聞いた黒斗はなんとも言えない顔をして、密偵から届いた話を聞いていたら、ほのかは口を挟んだ。
「それ、拝み屋に診てもらったんですか?」
「はい。学府を卒業したばかりの民間の拝み屋にも診てもらいましたが、その怨霊は拝み屋だけでは手に負えないから、五行の一族のいずれかを呼んだほうがいいと」
「それでかあ……」
ほのかは八雲のことを思い出した。彼女の性格を思えば、自分が頑張り過ぎないと祓えないものを祓うのは、リスクが大きいと判断して、すぐに助けを求める。
一見力がないように見えるが、彼女は二次災害が起こった際の被害の大きさをわかっている。だからこそ、さっさと五行の一族を呼べと言ったのは正解とも取れた。
「わかった。その拝み屋とも合流して、対処に努めます」
「よろしくお願いします」
そう言って密偵は去って行った。その中、ほのかは「劇場に行きますから、それにふさわしい服を見繕ってもらえますか?」とお願いして、派手な友禅を着付けてもらう。さすがに振り袖ではないものの、留袖でも充分に派手な着物であった。
それを目を細めて黒斗は眺めていた。
「どういう了見だ、いきなり派手な服を着て」
「友達に久々に会うのに、おしゃれしない訳にはいかないでしょ。民間の拝み屋やってる友達なんて、ひとりしかいないし」
「そりゃな。陰陽寮の学府を卒業したとなったら、いい職場はあるのに、それでもなお拝み屋をやるのなんて、よっぽど水に合っているか、金に困っているかのいずれかだろうし」
「あの子は単純に拝み屋家業が好きなだけだよ」
実際、陰陽寮の学府を卒業したら、自然と陰陽寮の密偵の仕事を斡旋されるようになる。密偵ならば陰陽師と違って死ぬこともないし、安全圏で市中の平和に貢献できるのだが。拝み屋ほどの儲けもない。
命を賭ける仕事には金が集まり、安全圏の仕事にはそこまで金が入らない。どこの仕事とも同じであった。
ふたりは出してもらった車に乗り、外を眺めた。
向かう先は、本来ならば文明開化からこっち、芝居や舞台、落語などで劇場があちこち建ち並んで賑やかな区画だが、一カ所だけ人払いされてしまい、見張りを立てている分不気味勝手地元民すら近寄らない場所に出た。
そこで拝み屋特有の着物を着て歩き回っている、見覚えのあるおかっぱ頭を見つける。
「八雲!」
「ああ、ほのか! やっぱり来てくれたぁ、久し振りー」
「久し振り。元気にしてた?」
「してたしてた。拝み屋すごいね。本当にずっと依頼がひっきりなしに来るから、仕事に困らないもん」
「うん、拝み屋の仕事をそんなにはしゃいでやってるの、あんたくらいしか知らないから」
「そだねえ。私はこっちの水が合ったみたいだから。ああ、玄冥くんも久し振りー」
「……どうも」
ふたりがきゃっきゃとしゃべり出したのを、渋い顔で黒斗は眺めていた。
それにほのかはそっと取りなす。
「ごめんね、こいつ悪い奴ではないけど、性格よくもないから」
「ふうん、いつものことだと思うけどね。でもまさか儀式でふたりが婚約とはねえ」
「そうだよ。さすがに五行が合わないからって、麒麟の巫女の撫子様に抗議に行ったけれど合ってるって押し切られちゃったから」
「ふーん。まあ、ふたりとも私と違って優秀だし、生まれてくる子は間違いなく優秀なんだおるけどねえ」
そうのんびりと言う八雲に、黒斗はボソリと言う。
「世間話もそこまでだ。で、ここは怨霊に憑かれてると聞いたが」
「うん。ちょっとねえ、ひとりふたりの怨霊じゃないから、これ私ひとりで祓うのは無理と思ったんだよね」
「舞台中止にした途端に呪いが解ける怨霊って聞いたけど……なにそれ」
「うーん。とりあえず劇場の支配人さんに話を聞いたけどねえ」
八雲はマイペースに「着いてきてね」と人払いされた劇場に足を踏み入れていった。
本来なら賑やかなはずの洋風建築の劇場。入口は広々としていて、螺旋階段が目立つ。その正面を素通りし、従業員通路を歩いて行った。
光が点滅しているのは、電球の不具合による揺れではない。明らかに怨霊の気配で点滅を繰り返している。
「これは……」
「役者同士の恋愛ってどこにでもあるけどねえ。ここもそうだって。ここの二枚目役者、ここの看板女優と熱烈的に恋に落ちたんだってさ」
「まあ……よくある話だな」
「うん、よくある話。でもねえ、その二枚目役者、好きになった相手を間違えたみたいでねえ。ほら」
ひとりふたりではないと、八雲は事前に言っていた。
「あっ、これ私ひとりじゃ無理」とも言っていたから、薄々予感はしていたが。ふたりは絶句した。
裸体の怨霊がいた。女の怨霊はそれはそれは見目麗しかったものの、その長い御髪が、ひとりの裸体の幽霊を取り込んでしまっていた。黒い御髪に絡まった男の幽霊は必死に逃げようとするが、逃げられないようだった。
──タス……ケテ
──愛してる愛してる愛してる愛してるずっと一緒よ愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
「これは……」
「その女優さん。恋に恋するあまりに、その俳優さんと無理心中したの。女優さん家に連れ戻されて見合い結婚させられそうになったからね」
「……どう考えても男は嫌がっているが」
「恋に恋する彼女に声をかけたばかりに、彼女に束縛されたみたい。そして無理心中してもなお、逃げ場なく捕まってしまっているし、彼女も執着が強過ぎて、彼に寄ってくる人寄ってくる人を片っ端から呪うから。ここの劇団の当たり芝居をした途端に、役者を呪うのよね。それは彼の演目だからするなって」
「……事情がわかったが。これ、あの怨霊を祓えばなんとかならないのか?」
「それがねえ」
彼女の髪の毛の中がざわついている。
「……これは」
「彼女、恋に恋する人って言ったでしょう? 彼女、心中未遂で、自分ひとりだけ生き残った例を五回ほど繰り返しているから……あれ皆彼女の心中の相手」
計七人分の怨霊をまとめて祓うのは、たしかに骨が折れそうだった。
数だけならば本来そこまでではないが。彼女の肥大化してしまった執着は、劇場との相性がよ過ぎる。熱気や歓声を吸って、彼女はどんどんと力を蓄えてしまっていた。




