麒麟の巫女の証言
翌朝、ほのかは日の出直前に目が覚めると、急いで着替えようとして、敷居の向こう側に既に気配がないことに気付く。
(玄冥、もう着替えたんだ……そういえば、あいつ学府にいるときから、朝一で鍛錬していたもんな)
刀の腕こそほのかの方が上だが、陰陽師にとって一番必要な術式は全て彼のほうが上だった。式神の召喚方法、簡易結界の張り方、魑魅魍魎の索敵……。陰陽師として必要なものは、彼のほうが秀でていた。
(悔しいな。なによりもあいつのほうが、ちゃんといい人娶ったほうがいいだろうに。あたしだとあいつの子は産めないし)
そう思いながら、ほのかもさっさと寝間着を脱ぎ、銘仙の着物に袴を合わせ、いつものように刀を腰に提げて庭に出た。
庭に出たら、黒斗は白い紙を折り畳んでつくった式神を飛ばしながら、的確に庭の落ち葉が落ちる場所に式神をぶつける鍛錬を行っていた。的確な判断能力、式神への指示の出し方、力のコントロール。一見地味な鍛錬でも、その鍛錬は一定の技術が備わってないとまずやろうと思ってもできるものではない。
それらを行っているところで、ふいにほのかのほうに式神が飛んできた。それをほのかは刀を抜いて一閃する。式神はジュワリ……と火を吹いて焼き消えた。それに黒斗は目を細める。
「お前もこの時間から鍛錬か? 朝餉はまだのはずだが」
「うるさいなあ……あたしだって刀の鍛錬をしないと腕が鈍るでしょうが。太刀筋は一日素振りをしなかったらすぐ速度が落ちるんだから」
そう言いながら刀を引き抜き、素振りをはじめた。
そもそも女の細腕で刀を使い怨霊や魑魅魍魎を屠るのはなかなか難しい。まず刀を長時間使えるだけの腕力、どこに怨霊や魑魅魍魎がいるかを的確に見極める気配の察知、そしてたたき切れるだけの刀に流し込んだ力の量がなければ難しい。
ただ刀を振るうだけならば、男のほうが腕力も持久力もあるが、魑魅魍魎を斬るというのにはそれだけハードルが高い。
元々朱明家は他の三家と違い、式神を行使して力を振るうのではなく、武器に力を宿して振るう家系である。他の三家は陰陽術の修行だけでなく、武器の取り扱いにまで時間を割かなければならないと毛嫌いしたが、彼女はそれを全くものともせずに力を振るっている。
だからこそ、ほのかと黒斗は互いに学府の首席を争った関係なのだ。
「……惜しいな」
「なにがよ、人の鍛錬中に」
「いや、まともな夫がいたら、お前の力を活かせたのだろうなと。相手が俺で残念だ。早く麒麟の巫女にやり直しを要求しなければな」
「……それ、どういう意味よ」
「言葉通りの意味だ」
先に朝の鍛錬を終えた黒斗は、手拭いで汗を拭いてそのまま朝餉を食べに広間に向かっていったが。その背中をほのかは睨んでいた。
「なにその言い方。あたしの仕事は子供産ませるだけかよ」
だからあいつが嫌いなんだ。
普段ならば、ほのかの太刀筋は鋭く、武人であったらひと目で認め、惚れ惚れとし、感嘆の言葉を述べるところだが、その日の太刀筋は荒れていた。彼女の今の太刀筋では、怨霊や魑魅魍魎は斬れるだろうが、狡猾で陰陽師の知識を持ち合わせている異形に、果たして太刀打ちできるのだろうか。
その理由をほのかは全く気付いてもいなかった。
****
瑞樹家に電話をかけ、巫女に謁見を求めると、それはすぐに応じてもらえた。
ふたりは車に乗り、瑞樹家へと向かう。
「そういえば。撫子様は婚約しないのかな」
「あの方は現代の麒麟の巫女だろ。あれだけの占いの精度ならば、そう代替が効くものでもあるまい」
ほのかが窓の外を眺めながらぼやく言葉に、黒斗は律儀に返す。このふたりは嫌味の応酬はあれども、なぜか互いに黙り込んで沈黙だけで終わることがなかった。それにほのかは「でも」と反論する。
「あたし、あの人以外で麒麟の巫女って見たことないんだけど。あんたは見たことあるの?」
「知らん。その辺りは瑞樹家の領分で、俺たち外様がどうこう言えるものでもないんだろう」
「そりゃそうかもしれないけどさあ……」
「その麒麟の巫女の占いが外れたんだから、今回は例外処置として儀式の最中でもないのに謁見許可が降りたんだから、くれぐれも撫子様に失礼のないようにな」
「わかってますよーっだ」
思わずあっかんべえをするほのかに、ふいっと黒斗は視線を逸らした。それにまたしても「ムカつく」と目を吊り上げるほのか。その中。ようやっと瑞樹家の敷地が見えてきた。
五行の家の中でも、麒麟を司る瑞樹家はなかなか謎が多い家系であった。
他の四家を占いで導く一方、彼らの婚姻は四家にもあまり公開していない。儀式の段階で、瑞樹家の婚姻がまとまることがほぼないから、他の四家もどうやって縁談を決めているのかがわからないのである。
結界の張り巡らされた長い長い廊下を渡り、やっと撫子のいる離れに到着した。
撫子のいる離れは、茶室のように青々しい畳に茶の湯の用意が並ぶという、不思議な場所であった。
「ようこそおいでくださいました。黒斗様、ほのか様」
「撫子様。昨日振りでございます。本日は占いについての異議申し立てに伺いました」
「まあ、占いは性格のはずですけれど。お座りになって、お茶を点てますから」
彼女はそう言いながら、茶器に抹茶を入れ、点てはじめた。その手際は本当に手慣れている。茶の湯に招待する客は存外に多いのかもしれない。
黒斗は撫子の出したお茶を「ありがとうございます、いただきます」と言いながら、その抹茶を綺麗にいただく。こちらも作法をきちんと叩き込まれているため、流麗に抹茶を飲み終える。
「……今回、異議申し立てに伺ったのは」
「五行相剋の相手と番うのは無理だという相談ですね?」
「……どうしてそれを」
「たびたび占い結果に出ます。五行相剋の仲の者同士で番うのはあり得ないと。互いの力を食い合うのだから、やり直してほしいと。ですが、わたくしの占いで、謝った婚約をまとめたことは、一度たりともあり得ません」
「いえ……気合いや相性だけで、それぞれの力に折り合いをつけさせることなんて、不可能では?」
撫子の柔和な口調ながらもきっぱりとした否定の言葉に、普段冷静沈着な黒斗もさすがに慌てる。茶器を取った撫子は、今度はほのかに抹茶を点てると差し出した。
一応武道の一環として茶道も嗜むほのかは、簡易ながらもきちんとした仕草で抹茶をいただくと、困った顔で撫子を見た。
「それって、撫子様の占い結果でまとまった婚約者たちは、その五行相剋で力を食い合うことがなかったってことなんですか?」
「はい。ですが、わたくしが何度問題ないと申しても、おふたりが互いを信頼して、身を委ねない限りは納得しないかと存じます。ですが、おふたりはいずれ戦場に呼ばれます。そこで力を合わせて乗り切ってご覧なさい。その先に信頼が待っているかと」
「うん? 待ってください。我々は一応、今は別邸の滞在期間を終えてません。その中で呼び出されることなんて……」
黒斗がそう言った、そのときだった。




