五行の花嫁
桜が咲いている。気付けば陰陽師婚姻制度での婚姻の最後の代となった黒斗とほのかだが、婚姻してから一年経ったのだ。
「なんだかんだ言って、陰陽寮続いたのね。一時期は廃止とかさんざん騒がれていたのに」
「本来なら廃止だったんだが……大陸から渡ってきた異形を殺したというのが決め手で存続が認められた。大陸にも異形がいて、それがこの国に害を成すとわかったら、それらに対処できる人間がいないと難しいと。たしかにもう陰陽師婚姻制度は成り立たないが、拝み屋では異形の始末はできないしな」
「なるほどねえ……」
色気のない会話をしているが、黒斗とほのかは、上は陰陽寮廃止を巡って揉め、同年代は子作りや子の世話に明け暮れている中、数少なく動ける現役として魑魅魍魎や怨霊討伐でバタバタしていたため、「いい加減に休め。子をつくれ」と強制的に休暇を取らされ、一年経ってからの新婚旅行の真っ最中だった。桜の見える宿でしばらくゆっくり養生するのだ。
ほのかは「なにを今更」とうんざりとした顔をしていた。五行相剋は既に関係ないはずだが、ふたりはなかなか子ができなかったものの、まとまった休暇と新婚旅行に出かけられただけ、他と比べてもだいぶましなのだろう。
ほのかはワンピースを着て、その下にブーツを履いていた。革靴は動きにくくてすぐ足を痛めたものの、不思議とふくらはぎを覆うほどのブーツならばそこまで問題なく履きこなせ、新婚旅行中も足が痛いと寝込むことがない。
黒斗は黒斗で、最近少しだけ見られるようになった背広を着て歩いていた。ほとんど狩衣や着流しばかり着ていた彼だが、真っ白な髪には不思議と黒い背広がよく似合った。ふたりはそこで一緒に寄り添って桜を眺めている。
「まあ、瑞樹家のことは残念だったけどね」
「あれは仕方がない。終わらせるしかなかった。麒麟の巫女も失われたがな」
「あたしは撫子様が苦しんでらしたのを見てたら、彼女みたいな人はいなかったほうがよかったと思うよ。彼女が生まれるまで、いったいどれだけの麒麟の巫女が犠牲になったかわからないし」
正確な占いと、不老不死の薬をつくる異形を生まれるようになるまで、一体何人犠牲になったのかと思うと、ぞっとする。平安の世から既にいたと言質が取れているのだから。そして強制的な婚姻統制により血を濃くし続けた瑞樹家は終わらせたものの、彼らが産み出し続けていた異形がまだこの国に散らばっているのだろうから、全員屠らなければ終わらせることもできないのだ。
ほのかがそう唇を尖らせながら訴えるのに「そうだな」と黒斗は頷いた。
「異形も代を重ねていたはずだが、鬼を見ている限り、そこには力以外なにもなかったと思う。おそらくは麒麟の巫女たちも」
「うん……陰陽師婚姻制度も、撫子様や歴代の巫女たちが頑張って軟着陸させようとしなかったら、もっと寒々しいものになってたのかな」
「多分な。血を重ねることだけ重視していたら、いずれどこかでたがが外れていた」
「……あたしはさ、思うよ」
ほのかは黒斗を見る。黒斗もまた、ほのかを見た。
「あたしはあんたでよかった。いろいろあったけどね」
「その言い方は、好きじゃない。俺は最初からお前がよかったのに」
その言い方にほのかは髪を揺らした。彼女の髪が揺れる先に、花びらが舞っている。今年の見頃もあとわずかだろう。
「あんた、あたしのこといつからそこまで好きだったの?」
「……さあな」
それ以上は黒斗は答えてはくれなかった。
本当にいつも通りの会話だったのだ。
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かつて、陰陽寮の学府に通う優秀な陰陽師には陰陽師婚姻制度なるものが敷かれ、占いにより婚姻を制定されていた。
今はそこまで細かく結婚を決めることもなく、適齢期になったら見合いをし、その合意の元婚姻が決まっている。
ただ不思議なことに、その婚姻で定められた夫婦は、どこもひどく仲がいい上に、優れた子が生まれていたという。
どの時代においても魑魅魍魎や怨霊が跋扈しては夜は瓦斯灯で照らされてもなおおそろしくて出歩くこともかなわず、陰陽師たちの活躍は欠かせないものだった。
ただ、その陰陽寮の学府で学ぶ少女たちが憧れたのは、優秀な一族の男に見初められた少女たちの存在であった。
陰陽師としては優秀で、定められた婚姻では仲睦まじくすごしていた彼女たちは、親しみを込めて「五行の花嫁」と呼ばれたという。
<了>




