紅白戦と皮肉
グラウンドには、夕方の柔らかい日差しが差し込んでいた。
部員たちは軽くボール回しを始める。
「おい、取りにくいパスだすなよ〜」
「うるせぇ、お前もパスズレてただろ」
心地よい空気が風に乗って、ゆるやかに広がっていく。
──その様子を、原田は何も言わず、ベンチの端に座って見ていた。
腕を組み、微動だにせず。
まるで、何かを試すように。
そんな原田の横に美里が近寄る。
美里「ウチのチームって雰囲気は良いんだよね〜
このチームワークを試合で活かせたら良いのにね?」
原田は口元にうっすらと笑みを浮かべる。
──だが、その笑みはどこか冷たい。
原田「チームワークねぇ……
まっ確かに楽しそうで良いんじゃねえの」
美里(なんか嫌味っぽいな)
そんな明るい雰囲気のまま練習は進み、キャプテンの宮下が監督の下にかけよる
宮下「監督!そろそろ紅白戦に移ろうと思うのですが…」
原田「お前に任せてんだ。好きにやれよ」
笛の音とともに、紅白戦が始まった。
「左! サポート!」
宮下の声が響く。コーチングとプレスで、相手の攻撃を寸断していく。体をぶつけ、こぼれ球にも素早く反応してクリアする。
宮下「ナイスカバー!」
──ボールは中盤へ。一ノ瀬がパスを受ける。
一瞬、顔を上げると、鋭いパスを放つ。
が──その先には誰もおらず、ボールは虚しくサイドラインを割った。
「またかよ…」
「足元は上手いんだけどなぁ…」
ぼやきが数人から漏れる。
一ノ瀬は何も言わず、静かにポジションに戻った。
数分後。
「戻れ戻れ!」
Bチームがボールを奪いカウンターが始まる。
だがそのカウンターも、守備の戻り早く迅速に対応する。
一発で身体を当て、相手の前に立ちふさがる。
──その守備は堅い。ゴール前は、壁のようだった。
原田はベンチで腕を組みながら、その光景を淡々と見ていた。
原田「いやー……頼もしい守備だこと」
誰にともなく呟くように。それは皮肉にも聞こえた。
美里(……また嫌味っぽい)
ボールは再び中盤へ。
一ノ瀬の前に転がった。
素早く反応し、ノールック気味に右へはたく。
それを松井が受ける。
サイドを抜け、グラウンダー性のクロス!!
──が、フィニッシュには至らず。
それからは原田は何も語らず、ただベンチで腕を組み、表情ひとつ変えないまま、グラウンドを眺め続けていた。
その後も得点は動かず、0-0でホイッスルが鳴り、紅白戦の終わりを告げる。
守備の集中力は切れず、攻撃の歯車は噛み合わない。
美里「みんな上手いのに、何で点が入らないんだろ。頑張ってるのに…見てて、もどしかしくなるなぁ」
原田は少しだけ口元をゆがめた。
それが笑顔かどうかは、分からない。
原田「さぁ?なんでだろうな。まぁ頑張っただけで点が入りゃ苦労しねえよ」
言い捨てるように言って、ベンチから立ち上がる。
「全員、集まれ」
部員たちが集まり、無言で並ぶ。
その前に立った原田は、ポケットに手を突っ込んだまま、淡々と口を開いた。
原田「スタメンで使うやつを発表する」
一瞬、空気が静まる。
原田「一ノ瀬、松井」
その名が呼ばれた瞬間、周囲にかすかなざわめきが走った。
本人たちは何も言わず、ただ立っている。
「……えっ宮下は?キャプテンだろ?」
「紅白戦だって、宮下の守備で無失点だぞ……」
誰かの小さな声が聞こえた。
「以上だ。後は宮下、お前が仕切って練習しとけ。暗くなったら適当に帰れ。」
原田は振り返ってそのまま歩き出した。
その背中だけが、夕日の中に遠ざかっていった。
部員たちはその場に取り残されたまま、しばらく誰も口を開けなかった。
──沈黙の中、宮下は一歩も動かなかった。
まぶたがわずかに揺れる。だが顔は変えない。
握りしめた拳だけが、少しだけ震えている。
誰にも悟られぬように。
そして何事もなかったかのようにチームに目を向ける。
宮下「……じゃあ、練習始めようか」
静かに、それでもいつも通りの声で。
夜の小道を、原田は手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと歩いていた。
街灯の明かりが、濡れたアスファルトに滲んでいる。
原田(……やっぱり、鬼頭のオッサンだな)
(素材は、悪くねえ)
煙草をくわえ、ライターに火をつける。
原田(けどまあ……問題点が多すぎるな)
(どうしたもんかねぇ)
ため息と共に吐いた煙が、夜の空気に溶けていく。
原田(……麻雀でも打ちにいくか)
小さなビルの階段を上がり、年季の入った暖簾をくぐる。
「雀荘・大三元」──入り口からもうタバコの香りが漂っていた。
「いらっしゃい。原田さん」
店員に軽く会釈を返し、奥の卓へ向かう。
原田(さて……今日も適当に稼がせてもらうか)
が、ふと、対面の卓に座るひとりの若い青年の姿が目に留まった。
やたらと落ち着いた手つきで牌を並べている。
原田(ん? 大学生……か?)
(……あれは……)
原田「……おい、お前……松井!?」
目を丸くして立ち尽くす原田。
まさかの光景に、火をつけたばかりの煙草が宙を舞った。




