新監督、原田
グラウンドの中央に、二人の男が並び立っていた。
鬼頭と原田。
その姿を、サッカー部の部員三十名が、囲むように取り巻いている。
誰もが困惑していた。
──昨日の敗戦。その翌日に訪れた“この場”が何を意味するのか、理解できずに。
美里「……あっ、昨日のオジサン!」
マネージャーの美里が、小さく声を漏らす。
選手たちより一歩後ろに立つ彼女の瞳が、スタンドで見かけた男の顔をはっきりと思い出していた。
「え、誰?」
「OBらしいぞ、あの人」
「ってことは……新コーチ?」
「いや、なんか頼りなさそうじゃね?」
部員たちのざわめきが、渦のように広がる。
その空気を、鬼頭の一歩が断ち切った。
鬼頭「今日から、新チームの初日だが──お前たちに報告がある」
老練な声には、妙に落ち着きがあった。
そして次に放たれた言葉で、全員の時間が一瞬止まる。
鬼頭「まず、ワシは監督を退く。そして──今日からワシの後任となるのが、原田先生だ」
静寂。
その名を告げられた瞬間、部員たちの目が一斉に原田へと向いた。
鬼頭「原田先生は、ここのOBであり──お前たちの先輩でもある。今のチームに足りないものを、彼は持っている。……信じて、ついていってやってくれ」
それはまるで、長年の役を演じ終えた役者のようだった。
鬼頭の声には、不思議と清々しさが宿っていた。
鬼頭「……てことで、ワシは今日から、ただの清川高校の一教師だ。これ以上は邪魔やろうから、校舎に戻るとするよ」
そう言って鬼頭は原田の肩を軽く叩く。
その耳元で、ぽつりと呟いた。
鬼頭「……まあ、楽しめよ」
去っていく背中を見送りながら、原田はふっと笑みをこぼす。
原田「……なら、楽しませてもらうか」
しかしその笑みはすぐに消えた。
再び無表情の仏頂面に戻り、原田は部員たちに向き直る。
原田「えー、新任の原田だ。自己紹介は──まあ、鬼頭先生がしてくれたし、省く」
(今のお前の情報、OBと“適当”しかねえよ……)
誰かの心の声が、無言の空気となって部員たちに伝播する。
原田「この前の総体、見た。──クソだったな」
その言葉に、場の空気が一瞬、凍る。
原田「点の取れないFW。引けばいいと思ってるDF。パスが通らないMF。……こんなクソチーム、見る気もしねえ」
(どうやったらそんな悪口だらけの挨拶になるんだよ)
再び、心の声がグラウンドに満ちていく。
原田「──まあ、このクソチームが何でクソなのか、それを見させてもらう。誰が足引っ張ってんのかとな。適当にアップして、紅白戦でもやれ」
(こんなモチベーション上がらない紅白戦、人生初だわ)
原田は一切の躊躇なく続ける。
原田「キャプテンは誰だ? 鬼頭先生に、それだけ決めといてくれって頼んだんだが……」
宮下「はいっ! 僕です!」
戸惑いのせいか少し遅れて、だが元気よく手を挙げたのは、2年の宮下だった。
原田「じゃあ、お前が適当に仕切ってやれ。
あと今日おれが目を付けた2人は後で発表するし、その2人は当分スタメン確定な。
俺は練習も試合も全部みてる。勝ちたいなら本気で考えてやれ。
──以上」
沈黙。
誰もが置いてけぼりのまま、言葉を失った。
その中でただ一人、マネージャーの美里だけが、ふっと笑った。
美里「……確かに、面白くなりそう。思ってたのとは違うけど、ね」




