反撃の刻②
松井「今です! 全員、上がってください!!」
一ノ瀬(俺が囮になる。その間に決めろ)
松井(分かってます)
掛け声を合図に、清川の選手たちが一斉に前へ走り出す。
守りに徹していた反動か、その加速は爆発的だった。
松井はドリブルで前へ運びながら、走る朝倉と米田の影にちらりと視線を送る。
その仕草ひとつで、相手DFの意識は完全にFWに釘付けとなる。
西川(……ちっ、第二の司令塔を隠していたのか)
西川「一ノ瀬のマークはもういい! FW二人を抑えろ! 少しでも時間を稼げ!」
一ノ瀬(対応が早い……! このままじゃ潰されるぞ)
ペナルティ付近。
戻ったDFが壁を作り、朝倉も米田も進路を塞がれた。
――猛烈な勢いで駆け上がったカウンターが、ピタリと止まる。
観客「止まったぞ!」
「戻れ! まだ間に合う!」
一瞬の停滞。カウンターが潰れる。
一ノ瀬(まずい……!)
宮下「時間かけてんじゃねえ! 決めろ!」
その声に押されるように、松井が足を止めた。
そして――迷うことなく後方へとボールを戻す。
ペナルティエリア手前。
誰もが意識していなかった位置に――一ノ瀬。
一ノ瀬(……えっ?)
バックパスを受けた瞬間、松井が後ろを振り向き、目線で合図する。
わずかに口角を上げたその笑みが、「任せた」と告げていた。
一ノ瀬「マジかよ……!」
ほんのわずかに前を向き、ためらいなく右足を振り抜いた。
――ズドンッ!!
鋭い弾道が一直線にゴールへ突き刺さる。
GKは伸ばした指先すら届かず、ネットが大きく揺れた。
観客「うおおおおおっ!!」
沈黙を破ったのは、一ノ瀬の一撃。
囮と思われていた男が、最終的に試合を切り裂いた。
一ノ瀬「お前……見えていたのか?」
松井「はい。最後は一ノ瀬さんで決めるつもりでした。だから、一ノ瀬さんの位置だけはずっと意識してました」
一ノ瀬は答えを聞くと、ほんの一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに視線を逸らし、感情を隠すように小さく吐き捨てる。
一ノ瀬「へぇ……」
⸻
まだスタンドの歓声が鳴り止まぬ中、美里は身を乗り出すように原田に問いかけた。
美里「てか、これ全部が監督の狙い通りなの?」
原田「九割方な。所沢中央が西川を中心に分析してくるチームなのは分かってた。だから前半は耐えて、相手の出方を見極めた」
美里「えっ? でも監督、指示なんて“いつも通りやれ”だけだったよ?」
不満というより、純粋な疑問だった。
美里の視線は、腕を組んだまま動かない原田に注がれている。
原田「“いつも通り”やれば対策されて防戦一方になる。……まあ宮下と松井には“絶対に点取られるな”とは言っておいたけどな」
美里「でも、いつ点取られてもおかしくなかったよ?」
思わず口からこぼれた言葉。観客の歓声に紛れて、本人も小さく首をかしげる。
原田「一点くらいなら許容範囲だ。二点はちょっとイラつくけどな。後半で二点は取り返すつもりだったし」
美里「でも二点取られてたら引き分けじゃん……」
素朴な突っ込みに、原田は鼻で笑った。
原田「攻めてる方が体力を消耗するんだよ。ウチは守って耐えてただけだ。延長になれば、間違いなく俺たちが有利になる」
美里「なるほど……」
美里は小さく頷く。
観客の熱気と歓声の中で、原田の声だけが妙に落ち着いて聞こえた。
美里「じゃあ、もう点取られないってこと? さっきまでめちゃくちゃ押されてたけど」
原田「……まあ見てろ」
わずかに口角が動く。静かな自信を覗かせるその表情に、美里は返す言葉を失った。




