10年越しの母校
埼玉県総体予選1回戦
対 所沢中央高校──。
スタンドの一角には、ひときわ大きな声援が響いていた。私立・清川高校の応援団が奏でる応援歌が、スピーカー越しに空へと突き抜ける。その向こう、県立・所沢中央高校の応援は、数名の保護者が細々と声を張るのみ。
アンバランスな熱量が、グラウンド全体に歪なリズムを刻んでいた。
スコアは、依然として0対0。
原田「……俺は、こんなとこで何してんだか」
無精髭にヨレヨレのTシャツ。
浮いた存在の男がひとり、静かにスタンドを見回していた。
美里「おじさん!?来てくれたんだ!遅いよ〜」
原田「おじさんじゃない。俺は27だ」
とっさに返した声は少しだけ棘を含んでいた。
原田「観に来いっていう割には無名の公立相手に0-0じゃねえか」
美里はしばらく黙ったまま、グラウンドを見つめていた。やがてぽつりと呟く。
美里「……なんか、ウチのチームはワクワクしないの。逆にハラハラばっかりで。弱いところには勝てるけどって感じ」
原田「……なるほどね。まぁ今は弱い所にも勝ててないけどな」
男は不気味な笑みを浮かべながら、また視線を試合に戻した。
美里「だからオジサンがアドバイスちょうだいよ!この前の試合みたいにさ!」
原田は、ポケットに手を突っ込んだまま、しばらくグラウンドを見つめていた。
原田「なら──ワクワクしない理由、教えてやるよ
まずは、相手の10番を見てみろ」
美里「え? あの人?」
原田「ああ。サイドに散らしているが、目線は常に中央。狙ってやがるよ。」
美里「え……? でも、あんなにゴール前に人いるから大丈夫でしょ?」
原田「そうだ。人数はいる。……が、“いるだけ”だ。中盤が下がりすぎてんだよ。DFとくっつくぐらいに」
美里「え、そっちのが安全なんじゃないの?」
原田「甘い。ゴール前に人が固まれば固まるほど、“その前”のスペースが空く。中盤が下がってるせいで、DFとの間にポッカリ穴が空いてる」
美里「え……じゃあ、その空いたところから……」
原田「おっお前、察し良いな」
美里は満足気に眉を上げ口角をクイっと上がる。
原田「そう。10番が入ってきて……撃つ。」
──ズドンッ!
ミドルシュート。ボールはゴール左隅へ突き刺さった。
キーパーは一歩も動けなかった。
美里「……ほんとに、決まった……」
原田はため息をつきながら、小さく笑った。
原田「言ったろ。10番はやるって。で、清川は“守ってるようで、ただ耐えてただけ”なんだよ。それに引き換え相手の10番は相手の弱みをついた良いプレイだ。」
美里「なるほどねぇ。やっぱりオジサン詳しいね。サッカー大好きじゃん!」
原田「だから俺はオジサンじゃねえよ。それにこんなのサッカーかじったやつならバカでも分かる」
(褒めてんだから喜べよ……このオッサン)
美里「あれ?今の撃てたんじゃない?」
原田はグラウンドを眺めたまま、ゆっくりと口を開いた。
原田「おっ分かるか?……今のウチのFWの動き、どう思う?」
美里は目を細めて、フィールドを凝視する。
美里「うーん……怖くない?」
原田「お前、良い感性してるよ。お前の方があいつらより教えがいありそうだな。」
美里「えっホント?!で!何で怖くないの?!」
美里は無邪気に原田に目をやる
原田「味方にパス出して、チームのために走って──“一見”いい奴に見える」
そう言いながらも、原田の目には冷たい鋭さが宿っていた。
原田「でもな。あいつ、決める気がねぇんだよ」
美里「決める気……?」
ピッチの上、ちょうどそのFWがペナルティエリアに侵入し──
迷い、横に流したパスをカットされる。
カウンターの気配が立ち上る。
原田「ほらな。打たねぇFWに、怖さなんてねぇんだよ。ただの置き物だ」
美里は唇を噛むようにして、ボールを追った。
原田「FWなんてのは“自分で決める気があるかどうか”、そこでようやくスタートラインだ。
あいつはそこにすら立ってねえ。そんなカスFWなんかいらねぇよ」
(口悪っ!)
美里「オジサン、友達いないタイプでしょ…」
原田「うるせえな。もう喋んねえぞ」
(図星なんだ…)
原田「──お、交代? SB? ……誰だ、あいつ」
美里「えっと、松井くんっていう1年生。よく前にも後ろにも走る子」
原田は目を細めた。
(……あいつ、意外と良いポジションにいるな。パスの出しどころも悪くない。面白いやついるじゃねえか。)
美里「……こんなチームのサッカー、やっぱり面白くないな」
美里がポツリと呟いた。
美里「パパが“面白いからやってみろ”って言うからマネージャーになったけど……もう辞めようかな」
原田は一瞬、視線を落とした。
(──面白くないか)
「まあ確かにこんなサッカーじゃあ面白くねえかもな」
しばしの沈黙のあと、原田は立ち上がる。
原田「じゃあな」
美里「……え?まだ試合終わってないよ」
原田「もう試合は動かねえよ。これ以上いても時間の無駄だ。」
美里「ちょっと待ってよ!前の試合みたいに監督やってみてよ!そしたら私も楽しくサッカーを……」
原田「気が向いたらな」
そう言って、原田はグラウンドに背を向け、片手をひらひらと振って去っていった。
──その夜。
着信音が鳴る。
「プルルルル」
受話器越しの声は、低く、重く。
鬼頭「お前がウチの試合に来るなんて、珍しいこともあるもんだな。」
原田「で?用は?」
受話器の声は、更に低く
鬼頭「少し……今から顔出せないか」




