サッカーをやる理由
原田「……お前、なんでサッカーやってんの?」
朝倉「な、なんで?」
原田「いいから答えろよ」
朝倉は視線を落とし、沈黙が重く落ちる。
朝倉「……チームを勝たせるためです」
原田は短く鼻を鳴らす。
原田「ふーん、そうか」
わずかに口元が動いたが、すぐ背を向けた。
原田「じゃあな。気を付けて帰れよ」
朝倉「監督!」
原田「ん? なんだよ」
朝倉「今の僕の答え……合ってるんですか?」
原田「別にサッカーやる理由に正解なんかねえだろ」
朝倉「あっ、まあ確かに」
原田「……ただ一つ言うなら」
少しだけ視線を落とし、口角をわずかに歪めた。
原田「つまんねえ」
⸻
埼玉2部リーグ第5節。
雲の切れ間から差す薄い陽光。湿った風が芝の表面をなで、白線が揺れる。観客席では数人の保護者が折りたたみ椅子に腰掛け、ペットボトルの氷がカランと鳴った。
原田「今日も指示は出さねえ。好きにやれ」
部員「はい!」
朝倉はその声を聞きながら、昨日の言葉を反芻する。
――つまんねえ。
朝倉(つまんねえって……何だよ。みんな、チームを勝たせるためにやってんじゃねえのか?)
⸻
笛が鳴る。スパイクが湿った芝を踏みしめる音が、やけに耳に残った。
一ノ瀬が中央から縦に鋭く通す。相手CBの脇を抜けたボールが、朝倉の足元へ転がる。
朝倉(打つか?……いや、松井がフリーだ。パスを——)
一ノ瀬「朝倉! 打て!」
その声に押されて振り抜くが、一拍の迷いが響く。ボールは相手DFのスパイクに当たり、大きく弾かれた。
原田「チッ。遅すぎんだよ」
一ノ瀬「中途半端が一番良くない」
朝倉「ああ……すまない」
胸の奥がざらつく。湿った風が汗に触れ、肌を冷やした。
⸻
再び清川の攻撃。松井が右サイドで受け、ゴール前へ低いクロスを送った。
松井「朝倉さん!!」
だが、ニアに朝倉はいない。半歩遅れて走り込む。
宮下「何やってんだよ! あそこで遅れたら意味ねえだろ!」
ベンチ近くからも、かすかなささやきが届く。
「最近、朝倉点取れてさすぎだろ」
「さすがに使う意味ないだろ」
その一言一言が、胸の奥に沈殿しいく。
ボールは徐々にFW米田へ集まり出す。米田のシュートがポストを叩く鈍い音が響き、前半終了の笛。
朝倉(……そうだよな。点を取れないFWに、誰もパスなんか出さないよな)
スコアは0-0。息を吐くと、芝の湿った匂いが鼻をかすめた。
⸻
朝倉「監督……俺を下げてください。今のチームに俺が必要とは思えません」
その声は、決意ではなく諦めに近かった。
宮下「てめえ! ふざけてんじゃねえよ!」
怒声と同時に、朝倉の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。
宮下「そんなの逃げてるだけじゃねえか! 自分から逃げるんじゃねえよ!」
朝倉「分かんねえんだよ……自分でも何がダメなのか」
宮下「そういうのは、本気でやったやつが言うセリフなんだよ! 本気で点取る方法、考えたことあんのかよ!」
朝倉「本気で考えて分かんねえから下げてくれって言ってんだろ!」
原田「……下げてほしいなら下げてやるよ。そんなやつ出すメリットもない」
朝倉「すいません。監督」
宮下「お前、見損なったよ」
原田「そんなことより後半どうやって点取るか考えろ。お前ら0-0で終わる気か?」
宮下「みんな! 集まってくれ!」
輪ができ、作戦を話し合う声が遠くに聞こえる。
⸻
朝倉「監督……監督はなんでサッカーやってるんですか?」
原田「んなもん、楽しいからに決まってんだろ」
朝倉「楽しい……?」
原田「お前、サッカー好きじゃねえの?」
朝倉「え? いや……そんなこと考えたことも……」
原田「だから下手なんじゃねえの? 知らねえけど」
軽く放たれた言葉が、妙に重く響いた。
⸻
――いや、あのころは。
夏の陽射しが芝の上で跳ねる。ボールを追えば、影が揺れ、時間は音もなく溶けた。
「朝倉! いけ!」
仲間の声とともに、思い切り蹴り出す。乾いた音とともに、白い球が夕陽の中を一直線に飛んだ。
誰に褒められたいとかじゃない。
シュートが枠を揺らす瞬間――その一秒が全てだった。
あの時は……ただ、楽しかった。
いつからだろう。人の顔色を見てサッカーをするようになったのは。
怪我をしてからか? 点が取れなくなってからか? いや、分からない。
⸻
原田「お前、サッカーしてて1番楽しい瞬間はいつかんだよ」
朝倉「ゴールを決めたとき…?」
原田「じゃあ点取って楽しんでみろよ。サッカーを。」
胸の奥で何かが弾けた。指先に、あの頃の熱がかすかに戻る。
――そうだ。もう一回、もう一回だけ。俺のサッカーをやろう。
朝倉「やっぱりさっきの発言。取り下げても良いですか?」
原田「なら、さっさとあいつらのとこ戻れよ」
朝倉「はい!」
立ち上がった瞬間、湿った芝を踏みしめる足に自然と力がこもる。
視線は真っ直ぐピッチの仲間たちへ――もう迷わない。
笛が鳴るまでの数秒が、やけに鮮やかに感じられた。




