FW朝倉
人工芝の上を、スパイクが軽快に叩く。
5対5。制限時間は残り3分。
右サイドでボールを受けた松井。
宮下「絶対中に入れさせるな!」
ディフェンス陣が寄せるが、松井の一歩はわずかに早い。
グラウンダー性のパスをゴール前へ通す。
だが、そこにFW朝倉の姿はなかった。
わずかに沈黙が落ちる。
宮下「おい、朝倉! 何で中に入ってねえんだよ! あと、ディフェンス陣はあそこで中に通された時点で負けだぞ! わかっとけよ!」
朝倉はチームから逃げるように視線を逸らす。
美里「なんか宮下さん、キャプテンって感じだね!」
原田「まあ……キャプテンだからな」
一ノ瀬は小さくため息をつき、朝倉へ視線を送る。
一ノ瀬「朝倉、お前もっと自分自身のこと理解した方が良い」
朝倉「え? 俺のこと? どういうこと?」
一ノ瀬「それは自分で考えた方が良いよ」
宮下が手を叩く。
宮下「はい、切り替え! すぐ始めるぞ!」
ボールが再び動き出す。
朝倉は自分の呼吸音をやけに意識しながら、前線へ走った。
一ノ瀬の言葉が頭の片隅で何度も再生される。
(自分自身のこと……って何だよ)
タッチライン際、美里がぽつりとつぶやく。
美里「朝倉さんって中学の時は、結構有名なFWだったらしいよ」
原田「へー。でも点取ってないじゃん」
美里「高校入ってすぐケガしてから、なんかダメみたい」
原田は片眉を上げて、ピッチに視線を戻す。
原田「ふーん……怪我ねぇ」
原田の笛が鳴り、練習が終了した。
部員たちはそれぞれボールを拾い、用具を片付け始める。
朝倉は何も言わず、ゆっくりとゴール裏を歩いていった。
⸻
夕暮れの校門を抜ける帰り道。
美里「松井君、ポジション変わってからキラキラしてるね」
松井は少し照れたように笑う。、
松井「え? キラキラ? ホント? そんなふうに見える?」
美里「うん! 顔がキラキラしてて楽しそう!」
頬が緩んだ松井だったが、一瞬だけ目が泳ぎ、笑みがかすかに曇った。
松井「え?あ、そうだね……一ノ瀬さんとプレイするのはやっぱり楽しいよ。一ノ瀬さんのプレイって、本当に奥が深いというか、すごく考えられててさ。まだ俺はついて行くのが精一杯なんだけど」
美里「じゃあ、あとは朝倉さんが最後決められたら完璧なのにね」
その言葉に、松井はわずかに口元を引き結ぶ。
松井「うーん、そうだね。一ノ瀬さんのパスに朝倉さんの得点力が合わさったら、鬼に金棒だよ」
美里「朝倉さんが点取るシーンって、あまり見たことないんだけど……やっぱりすごいの?」
松井「え? 朝倉さんは中学時代、本当にすごい選手だったんだよ。足は速いし、フィジカルも強い。何より右足からのシュート――あれでゴールを量産してたんだ」
美里「中学時代は?」
松井「うーん……俺が高校入ってからは、点取り屋というより献身的なFWって感じかな」
美里「それってダメなの?」
松井「色んなFWがいるから一概には言えないけど、あれだけの能力を持ってて……ちょっともったいない気はする」
美里「ふーん、もったいないんだ」
⸻
夕暮れの校庭を、朝倉はうつむき加減に歩いていた。
前方から原田が近づく。
朝倉「あっ、監督。お疲れ様です」
ほんの一拍の沈黙のあと、低い声が落ちた。
原田「……お前、なんでサッカーやってんの?」




