守備の本質
部室の隅。
古びたソファと真新しいモニター。その前に座る宮下と一ノ瀬は、肩を並べてコントローラーを握っていた。
静寂の中、試合終了のホイッスル音が虚しく鳴る。
宮下「あーー負けた!」
イスにもたれ、頭を抱える宮下。悔しさというより、もはや嘆きに近い声だった。
その隣で、一ノ瀬は少しも動揺を見せない。むしろ、表情の変化すらなく、淡々と口を開いた。
一ノ瀬「まずすぐにボール取りに行く癖やめた方がいい」
宮下「なんで?」
一ノ瀬「そのプレッシャーはプレッシャーになってないよ。」
宮下は眉をひそめ、画面を睨む。
宮下「ん? ん?」
一ノ瀬「リプレイ見てみたら分かるよ。」
宮下が頷き、再生ボタンを押す。
画面内では、宮下が操作するDFが勢いよく前に出た直後、あっさりと裏へパスを通されていた。
宮下「分かんない」
一ノ瀬「え? ああ、ここでプレス行っても、ほら何でも出来る。」
一ノ瀬はリモコンでスロー再生に切り替え、画面に指をさす。けれど、説明は断片的で、伝わりきらない。
宮下「ん? じゃあどうすれば良い?」
一ノ瀬「俺が嫌なのは、相手に“持たされてる”時だな」
宮下「もっと訳分かんねえや」
一ノ瀬「んー……なんか、ボールは持ててるけど何も出来ない感じ。」
宮下は完全に頭に「?」を浮かべながら、ぼんやりと画面を見つめた。
宮下「それでどうやってボール取るんだよ」
一ノ瀬「うーん、とりあえずやってみたら?」
そのやり取りを、壁際に立ったまま聞いていた原田は、胸中でひとり呟く。
原田(やっぱりこいつ……説明下手だな)
──1試合後。
再びスコア画面。結果は、またしても敗北。
宮下「結局、点取られるじゃん!」
今度は少し苛立ち気味に声を上げる。
しかし一ノ瀬は、動じる様子もなくモニターを見つめていた。
一ノ瀬「宮下はとりあえずボールに目が行きすぎだよ。せっかくウイイレやってんだ。コート全体を見ないと。」
宮下「分かんねえや」
一ノ瀬「とりあえず試合やろうよ」
宮下「そうだな」
原田 (これは……時間かかるな)
──さらに1試合後。
宮下「まただ!勝てねえよ!!」
リモコンを投げそうな勢いで叫ぶ宮下。
一ノ瀬は、ちょっとだけ首をかしげながら答える。
一ノ瀬「それじゃあただ立ってるだけだよ。相手に持たせれてない。」
宮下「???」
原田
そこに原田が口を挟んだ。
原田「とりあえず守備する時、ここに行かれたらヤバいってとこあるだろ?」
宮下「あっはい」
原田「とりあえずそこにボールが行かないように選手動かしてみろ。」
宮下はきょとんとした顔で、コントローラーを見つめる。
宮下「……それだけでいいんすか?」
原田「それ“だけ”が一番難しいんだよ。何もしないで“そこ”を守る。それが守備の基準だ」
一ノ瀬「てか宮下、ずっとボール見すぎ。ボールじゃなくて“ヤバそうな場所”を見る」
宮下「ヤバそうな場所……」
原田「相手に“そこ”を使わせなきゃ、ゴール前の仕事は8割終わってんだ。逆に“そこ”を空けたら、どんな守備も通用しねえ」
宮下は再び試合を開始する。
ボールに飛び込まず、中央を締め、相手に自由を与えない。
宮下「……あれ? なんか、取れる気がする」
原田「ほらな」
一ノ瀬「そこ空けないだけで、相手が詰まってる」
宮下「てか、全然ボール取ってないのに、相手が勝手に詰まっていく……」
原田「それが“守らせてる”ってことだ。お前がやってたのは、ただの突撃。狩りでもなんでもねえよ」
宮下はじっと画面を見つめながら、静かに頷く。
宮下「なるほどな……いや、まだ全然分かってないけど……ちょっとだけ分かったかも」
原田「その感覚を忘れんなよ」
宮下「はい!」




