鍵はウイイレ
宮下は一人、バッグを肩に下げて歩いていた。
夜風が生ぬるく吹き抜ける。
悔しさと無力感が、足取りを重くしていた。
そのとき——
坂の下に、誰かが立っていた。
タバコの火がふっと揺れる。
原田「……おう、キャプテン様。ずいぶんと重そうな足してんじゃねぇか」
宮下「……笑いに来たんですか」
原田「4試合で6失点。2失点以内、なんて夢のまた夢だったな」
宮下は立ち止まり、俯いたまま口を開いた。
宮下「監督……俺に、守備を教えてください」
原田「は?」
宮下「……自分でも、もっとやれると思ってました」
「俺だって中学の時は全国出て、それで推薦で清川に来てキャプテンになって……」
「でも攻撃ならまだしも、守備ですら通用しない。……2部のレベルですら、何もできなかった」
「何がダメか分かりません。……だから、教えてください」
原田は黙ったまま、タバコを地面に落とし、足で踏み消した。
原田「……明日の朝7時。一ノ瀬を連れて部室に来い」
⸻
翌朝・部室
静かな空気を破るように、原田が口を開いた。
原田「この4試合の失点。——ほとんど原因は同じだ。分かるか?」
宮下「……分かりません」
原田「一ノ瀬、答えてやれ」
一ノ瀬「宮下が、自分の守備範囲を出て動いたからです」
宮下「……は? 俺のせい? だって、止めようとしただけで——」
原田「全部お前のせいだよ」
宮下「……っ」
原田「お前が無理に出て、空けたスペースを使われてんだよ。しかも毎回な」
宮下「……はい」
原田「このチームが弱ぇ原因のひとつ、それは——お前がバカすぎることだ」
宮下「す、すいません……(そこまで言うか!?)」
原田「守備は1人じゃ成立しねぇ。なのに守備の要が、1人でなんとかしようとしてる時点で終わってんだよ」
「しかもそのバカが、“引いてりゃ守れてる”と本気で思ってる」
宮下「でも、引いて奪ってカウンターってのが俺たちの戦い方で……」
原田「“引く”にも引き方があんだろ、バカが」
一ノ瀬(……この人、やっぱ口悪いな)
原田「いいか。守備でいちばんやっちゃいけねぇのは、“スペースを空けること”だ」
「引くってのは、ゴールを守るために“スペースを埋める”から意味がある。連携もライン管理もなしで勝手に飛び出してりゃ、逆にスペース作ってんだよ」
宮下「でも連携とライン管理なら俺だって……」
原田「それができてねぇから、スペース作って失点してんだろ。バカが」
一ノ瀬(バカ、5回目)
宮下「じゃあ俺は、どんな練習をすれば……?」
原田「ウイイレやれ」
宮下・一ノ瀬「……え?」
宮下・一ノ瀬(……てか、なんかTVとPS4ある)
原田「バカはまず“配置”と“連動”を頭で理解しろ。ピッチを操るサッカーゲームは、バカのためにある」
一ノ瀬「なるほど」
宮下「いや、それゲームじゃ……」
原田「いいから黙ってやれ。“なぜその選手が動くのか”が分かるまで、何百試合でも繰り返せ」
原田「お前にサッカー脳がねぇのは分かってんだ。だからこそ、動きの“意味”と“思考”を覚えろ」
「とりあえず、朝練前と、練習後。一ノ瀬と一緒にウイイレやってろ」
「んでもって、一ノ瀬はバカに“サッカーのサ”くらいは教えてやれ」
宮下「……分かりました。やります、監督」
(ホントにこんなので……)
一ノ瀬「……はい」
原田「バカでもプライドは捨てたんだ。変わるなら今だぞ。キャプテン」
一ノ瀬(バカ、7回目)




