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Office love♡私、2人に守られすぎてます!  作者: 亜久美 圭


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8/20

久遠郁人。

 「ごめんね、びっくりしたでしょ?」


「ちょっと驚きはしましたけど……仲がいいんですね」

「そうねぇ。仲がいいというか、もう腐れ縁みたいなものよ。一条社長の言うことは気にしないで。いつも冗談ばかりだから」

「……そうなんですね」


 久遠はそれ以上何も言わなかった。


 会社に戻るころには、真琴も久遠も、うっすらと汗をかいていた。


「ごめんね、暑かったでしょ。戻ったら少し休憩していいから」


 そう言った、そのときだった。


「神崎さん!」


 びくり、と全身が強張る。

 振り向かなくても分かる。――橘愛美(たちばなまなみ)だ。


「外回りですか? お疲れさまです」


 にこやかに微笑むその姿に、真琴は視線を伏せた。


 ……どうして、わざわざ声をかけてくるの?


「お疲れさま」


 それだけ言って立ち去ろうとしたが、愛美は構わず言葉を重ねる。


「少し時間が経っちゃいましたけど、この前はお忙しい中、私たちの結婚式に来てくださってありがとうございました」

 微笑みを崩さないまま、続ける。

「来ていただけないかも、って思ってたんです。神崎さんお忙しそうですし、それに……色々あったから」


 ――色々?


 思わず拳を強く握りしめた。指先が震える。


 人の恋人を奪っておいて、どうしてそんな顔で、そんな言葉を投げられるの?

 どうしてこんなにも普通でいられるの……?


「あら?」


 背後の久遠に気づいた瞬間、愛美の表情が一変した。

 ぱっと花が咲いたように明るくなる。


「神崎さんの後輩さんかしら? 初めまして。橘愛美、二十歳です。この会社で受付をしています」


 上目遣いで久遠を見つめる。


 ああ……この表情。男たちが一瞬で虜になるのも無理はない。


久遠郁人(くおんいくと)です。よろしくお願いします」


 だが、久遠の態度は変わらなかった。

 浮き足立つこともなく、視線も穏やかなまま。


 愛美も、少し戸惑ったように目を瞬かせている。


「何か分からないことがあったら、いつでも聞いてくださいね」


 ――受付と営業で、接点なんてほとんどないのに。



 真琴は怪訝に思いながら二人を見ていたが、愛美は気づかない。

 久遠だけを見つめ続けている。


「行こう、久遠くん」

「はい」


 背中に視線を感じながら、エレベーターに乗り込んだ。


 ……まだ胸がざわついている。

 どうして声をかけてきたのか。

 どうして、あんな笑顔でいられるのか。

 何も分からない。


「あの人……結構、面倒そうな方ですね」


 久遠の一言に、思わず足を止めた。


「え?」

「珍しいね。あんなに可愛くて、男性陣はみんな橘さんのこと好きなのに」

「そうですか? 少なくとも自分の好みではないです」


 きっぱりとした口調に、真琴は思わず二度見した。


「久遠くん、変わってるね。じゃあ、どんな人がタイプなの?」

 軽い気持ちで聞いたつもりだった。


「自分をしっかり持っている人ですかね。責任感があって、落ち着いた女性がいいです」

「……そうなんだ」


 意外だった。

 若いから、見た目の可愛さを重視するタイプだと思っていたのに。


 それでも、彼が橘愛美に靡かなかったことに、少しだけ安堵する自分がいた。

 これ以上、自信を失いたくなかったから。


「さ、早く行って、涼みましょ」

「はい」


 ――美味しい。


 配られた湖月堂の和菓子を口に運びながら、久遠は思った。


 神崎真琴――不思議な人だ。


 仕事ができて、皆を引っ張るリーダーなのに、どこか温かい。

 情が深くて、人を大切にするような人だ。


 湖月堂でも、家族のように接していた。

 あのご夫婦も、彼女を娘のように思っているのが伝わってきた。


 本人は無自覚なのだろう。

 その温かさゆえに、無条件で人に信頼され、愛されていることを。


 彼女を悪く言う人間はいない。

 ――いるとしたら、橘愛美くらいだろう。


 自分は、簡単に人を信用するタイプではない。

 けれど、彼女と一緒にいると、不思議と居心地がいい。


 この見た目のせいで、寄ってくる女性は多い。

 皆、同じ目をして、同じ調子で話しかけてくる。

 それが正直、少し疲れる。


 だが神崎真琴は違った。

 一人の人間として、後輩として、変わらず接してくれた。

 それが新鮮だった。


 そして――一条雅也。


 どう見ても、彼は神崎真琴に好意を抱いている。

 あれほど分かりやすいのに、本人はまるで気づいていない。


 それにしても助かった。

 今は、自分の正体を知られるわけにはいかない。


 それから、橘愛美。

 彼女と神崎真琴の間には、確実に何かがある。

 態度も、視線も、棘を隠そうともしない。


 ――ああいう女は、嫌いだ。


 本能的に、そう感じていた。


 橘愛美には、注意が必要だ。


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