橘愛美の憂鬱。
十歳年上の相澤真吾と結婚して、二ヶ月と少し。
橘愛美は、すでにこの結婚を後悔していた。
付き合っている頃は、私が欲しいと言えば何でも買ってくれた。
行きたい場所にも、食べたいお店にも、迷わず連れて行ってくれたのに。
それが最近はどうだろう。
「お金がない」「また今度」「給料日前だから」
そんな言葉ばかり。
——こんなにケチな人だったなんて。
営業成績は常にトップ、将来有望、次期部長候補。
そう言われていたから結婚してあげたのに、最近は成績も落ちているらしい。
なにそれ。
全然、話が違う。
一緒にいても楽しくないし、あれしろこれしろとうるさい。
結婚する前は「愛美がそばにいてくれるだけでいい」って言ってたくせに。
——この結婚、失敗だったかもしれない。
相澤真吾のことは、入社した頃から目をつけていた。
挨拶を交わす程度だったけれど、社内での評判はいつも耳に入ってきたから。
真面目で、成績優秀で、人当たりもいい。
将来も安泰。
それに、神崎真琴と付き合っていることも、なんとなく察していた。
でも、私を見る目は他の男たちと同じだった。
目を輝かせて、少し微笑めば嬉しそうに顔を緩める。
——私の望みを叶えてくれる人。
お金を持っていて、私の好きなものを何でも買ってくれて、将来も安心。
相澤真吾は、まさに理想だった。
結婚する前までは。
深い関係になったのは、あの日の出来事がきっかけだった。
以前付き合っていた元彼——元婚約者とのトラブル。
あの人とは一年ほど同棲していた。
私のことが大好きで、欲しいと言えば何でも買ってくれた。
服もバッグもアクセサリーも、旅行も。
ただ気づいた時には、よくないところから借金をしていたみたい。
だから、会社のお金を持って逃げた。
そんな人と一緒にいられるわけないじゃない。
私は何も言わず、家を出た。
それなのに——。
街中で、まさか再会するなんて。
大声で名前を呼ばれ、腕を強く掴まれた。
痛くて、怖くて、正直焦った。
その時、相澤真吾が現れた。
——チャンスだと思った。
事情を知らない彼なら、きっと味方になってくれる。
だから元彼とは初対面で、理由もなく絡まれたことにした。
真吾は、全部信じてくれた。
連絡先を交換して、お礼の食事。
そのまま、自然な流れでホテルへ。
完璧な展開だったはずなのに。
まさか、結婚した途端にこんな男になるなんて。
ガチャリ、と玄関の音。
「真吾さん、おかえり!ねぇ、ここ行きたいなぁ」
雑誌を広げ、夜景の綺麗なレストランを指差す。
「今日は疲れたからまたにしよう。給料日前だし……近所のファミレスでいい?」
——は?
今、舌打ちしたよね?
聞こえてるし。
ファミレス?
ありえない。
前は、私が行きたいって言えば、必ず連れて行ってくれたのに。
家のことをやれ?
なんで私があなたの世話をしなきゃいけないの。
好きな服を着て、好きなものを食べて、楽しく暮らす。
それが私の思い描いていた結婚生活だった。
こんなはずじゃなかった。
橘愛美もまた、この結婚を後悔していた。




