風が繋ぐ未来。
「もしもし……真琴?」
一条雅也の声だ。
真琴はあれからすぐに一条へ連絡を入れた。
もしかしたら自分のせいで、雅也にも迷惑をかけてしまっているかもしれないと思ったからだ。
「忙しいところごめんね。雅也は……大丈夫?」
「あぁ、例の写真か?よく撮れてるよな。余程俺たちに恨みがあるらしい」
声は明るい。だが、それが無理をしていることくらい真琴には分かった。雅也は昔からそういう人だ。
「ごめんね……私のせいで」
「謝るなよ。それはお前のせいじゃないだろ?それにあの写真を撮ってばらまいたヤツは、俺にも相当恨みを持ってる。俺と真琴、両方に強い恨みを抱いてるヤツ……心当たり、あるだろ?」
真琴の脳裏に、ひとりの名前が浮かんだ。
「……橘愛美」
「あぁ。十中八九、彼女の仕業だ」
橘さん……。
どこまで私たちを苦しめるの?
「橘愛美、あいつはかなりヤバいぞ。実は前に調べた時、素行も洗ったんだが……男絡みで相当やらかしてる」
「……」
「相澤と結婚する前、橘には婚約者がいた。散々貢がせて、最後は会社の金を持ち逃げだ。婚約者だからって、被害届を出せなかったらしい」
「そんな……」
「しかもその時点で他にも二人、男がいたそうだ」
「婚約者がいるのに……?」
社内では天使、アイドル、マドンナと呼ばれていた橘愛美。
その裏にそんな顔があったなんて。
「とにかく今は、俺たち二人きりで会うのは控えたほうがいい。余計に火がつく」
「……そうだね」
「真琴。辛いだろうが、踏ん張れ」
「うん。雅也もね」
励まし合うようにして電話を切った。
──これからどうすればいいんだろう。
このまま沈静化を待つ?
でも仕事にも影響が出ている……。
私が動けば、余計に炎上する気もする。
数日が過ぎた。
社内の冷たい視線は変わらない。
変わらず接してくれるのは、久遠を含む企画開発のチーム、六人だけだった。
「僕たちは神崎さんを信じていますから」
変わらない笑顔と優しさ。
信じてくれる仲間がいる。それだけで、真琴は踏ん張れた。
「真琴さん、ネットニュース見てください」
昼休憩が終わり、仕事に戻ろうとした時、久遠に呼び止められた。
「ネットニュース?」
戸惑いながらスマホを開く。
目に飛び込んできた見出し。
『橘愛美容疑者、横領・詐欺・名誉毀損の疑いで逮捕』
「……え?」
動画を再生する。
『本日午前十時四十分、橘愛美容疑者が──』
周囲もざわついていた。
皆、同じニュースを見ているのだ。
「橘愛美は、前の職場で社長と恋仲になり──」
久遠が淡々と説明を始める。
「待って!……久遠くん、なんでそんなに詳しいの?」
まるで最初から関わっていたかのような口ぶり。
「はい。うちの……真宮グループの力を借りて、徹底的に調べました」
「……真宮グループ?」
知らない人はいない。
日本、いや世界でも名の知れた巨大企業。
「父の会社です」
──真宮グループ。
そのトップ、真宮慎太郎の息子……。
「本名は真宮郁人。久遠は母の旧姓です」
言葉を失う真琴。
「平等に扱ってほしかったんです。だから黙っていました。それと……僕がここに来たのは、父の指示でもありました」
「指示……?」
「神崎さんの下で学べ、と」
信じられないが、24歳であの落ち着きと風格。どこか腑に落ちるところもあった。
「それから相澤真吾は、ストーカー行為で社長に報告済みです。あの夜、実は録音していました」
少し楽しんでいるようにも見える久遠。
「真琴!」
背後から声がした。
「雅也……?」
久遠が言う。
「一条社長、お待ちしておりました」
「え?」
呼んだのは久遠だった。
「すべて終わらせましょう。一条社長」
「あぁ」
騒然とする社内。
「橘愛美の件、ありがとうございました」
一条が深く頭を下げる。
──知ってたの?
「久遠くんが……真宮グループの……?」
「最初から知っていた。業界では有名だからな」
一条はすべてを語った。
「そして──」
一条は一歩前に出た。
「俺と神崎真琴は大学時代からの友人だ。それ以上でも以下でもない。枕営業なんて事実は一切ない」
静まり返る社内。
「写真は、酔った神崎さんを支えただけだ」
当然のように疑いの声が上がる。
「それが事実だ!」
さらに強く否定する一条。
「それに俺は神崎さんに片思いをしてる」
──え?
「好きな女に、枕営業?そんなことさせるわけないだろ」
一条の思ってもいない言葉に驚き、一条の顔を見上げた。
「……好きだ、真琴。初めて会った時からずっと」
真琴は息を呑んだ。
信じられない。
ずっと、友人だと思っていた雅也が、私の事を好きだなんて……。
「お前って仕事は出来るのに、変なとこ鈍いよなぁ。大学時代、初めて会った時からずっと、好きだったよ。ようやく告白しようと決意したら、お前は別のヤツとくっついちまった」
相澤真吾のことだ。
「そして今は、弱ってる時に言うのは卑怯だと思って言えなかった」
一条は振り返り、周りにいた全ての人たちに言った。
「信じる信じないは勝手だが、真琴のことをそういう目で見るのはやめてほしい。俺はどう思われてもいいが、真琴はそんな軽い女じゃない」
「一条さん、ありがとうございます」
久遠が礼を言う。
「まさかここで、大勢の前で告白することになるなんて思わなかったよ。でもようやく言えた。真琴に気持ちを伝えられてよかった……」
2人のやり取りを理解できず、半ばぼんやりした状態で見ていた。
「何ほうけてるんだよ。」
一条は真琴の頭をくしゃりとかき乱す。
我に返り一条を見た真琴は、彼の頬が赤く染っていることに気付く。
「恥ずかしいだろ!ったく、お前がいつまでも俺の気持ちに気付かないからこんなことになるんだぞ」
すべては終わった。
橘愛美は逮捕され、相澤真吾は懲戒免職。
噂も、冷たい視線も消えた。
代わりに増えたのは、好奇の視線。
──そして私は、まだ返事をしていない。
久遠郁人は、正体を明かした翌日、何も言わず去った。
ちゃんとお礼が言えていない。
いつか必ず。
一年後。
「今日からまたうちで働くことになっに真宮郁人くんだ。」
──久遠くん!
変わらない姿。
でも前より凛々しくなったかもしれない。
「またよろしくお願いします。真琴さん」
名前を呼ばれ、胸が跳ねる。
「僕はまだ何も伝えられていませんからね。このまま負けっぱなしではいられないので……」
小さく呟く真宮。
「何か言った?」
「いいえ、何も」
秋風が吹き抜ける。
二人の間に、静かで確かな未来の気配があった。
20話完結と決めていたので、これが最終章になります。
ただ真宮郁人と一条雅也、そして主人公の神崎真琴の恋のはじまりはこれからです。
機会があれば、続きを書こうと思っています。
拙い文章で申し訳ありません。




