守られた夜。
「大丈夫ですか?」
久遠は真琴をそっと抱え込むようにして椅子に座らせると、シャツの袖をまくり上げた。
露わになった腕は赤く腫れ、熱を帯びている。
「腫れてますね。かなり熱を持ってる……少し冷やしましょう」
そう言って冷蔵庫から氷を取り出し、袋に詰めると、腫れた腕にそっと押し当てた。
「……っ」
冷たさに肩がびくりと跳ねる。その刺激で、真琴はようやく現実に引き戻された。
「あ……ここ、どこ……?」
周囲を見回して、ようやく状況を理解する。
広く、落ち着いた色調でまとめられたリビング。洗練された家具が並び、若い男性の一人暮らしとは思えないほどの広さだった。
(私の部屋、何個分あるんだろう……)
そんなことをぼんやり考えていると、久遠が少し申し訳なさそうに口を開いた。
「神崎さん、怪我をされていたので……そのまま帰すわけにはいかないと思って。僕の家に連れてきました」
はっと我に返る。
「あ、ごめんね……迷惑かけて。すぐ帰るから……」
立ち上がろうとした瞬間、肩にそっと手が置かれた。
「今は無理しないでください。とにかく冷やしましょう」
淡々とした声なのに、その仕草はとても優しかった。
「……ごめんね」
「神崎さんは何も悪いことしてません。だから謝らないでください」
「……ありがとう」
それからしばらく、久遠は無言で腕を冷やし続けた。
どれくらい経っただろうか。彼が手を離す。
「腫れ、少し引いてきましたね。でも今日はなるべく動かさないでください」
「何から何まで……本当にありがとう」
久遠が時計に目をやる。
「もう遅いので……今日は泊まっていってください」
真琴は慌てて首を振った。
さすがに会社の後輩、しかも歳が離れているとはいえ、男性の一人暮らしの家に泊まることなんて出来ない。
「だ、大丈夫だよ。タクシーで帰れるし……」
「でも、今一人で帰るのは怖いでしょう?」
その言葉に、胸が詰まる。
また真吾が来たら……そんな不安がよぎる。
「……」
迷っていると、久遠が続けた。
「じゃあ僕がホテルに泊まります。神崎さんはここに」
「それはダメ!それこそ迷惑だから。私がホテル取るよ」
「怖い思いをされた方に、そんなことはさせられません」
真っ直ぐな視線に、言葉を失った。
「……分かった。じゃあ一晩だけ、泊めてください」
深く頭を下げると、久遠はほっとしたように微笑んだ。
「空いている部屋があります。遠慮しないでください」
「……久遠くん、本当にありがとう」
守ってくれて、手当てをしてくれて、こうして気遣ってくれる。
その優しさが胸に沁みた。
「よかったら先にお風呂どうぞ。服は僕のでよければ……新しいものです」
渡されたスウェットを受け取り、真琴は小さく頷いた。
「お言葉に甘えます……」
湯船に浸かりながら、ようやく張り詰めていた気持ちが緩んでいく。
(久遠郁人の家に、私がいる……)
その事実に、今さら緊張が込み上げる。
六歳も年下で、社内では「王子」と呼ばれるほどのイケメン。
そんな彼の家に、彼女でもない自分が泊まっているなんて。
(絶対人には言えない……)
お風呂も無駄に広い。
余計に落ち着かない。
着替えると、スウェットはやはりぶかぶかだった。
彼の細身の体を思い出して、余計に意識してしまう。
(ダメ……冷静に……)
「お風呂、お先しました」
リビングで待っていた久遠に声をかける。
「……あ、はい」
どこかぎこちない。
「久遠くん?」
「あ、すみません。僕も入ってきますので、ゆっくりしてください」
気のせいか、少し距離を取るような態度だった。
シャワーの音が聞こえる。
それだけで、心臓が落ち着かない。
広いリビングをぼんやり見渡す。
余計なもののない、整った空間。
彼の性格が表れているようだった。
しばらくして、久遠が戻ってくる。
「……っ」
思わず息を呑む。
濡れた髪にガウン姿。隙間から覗く、引き締まった体。
(……これは、反則)
顔が一気に熱くなる。
「少し飲みますか?ワインでいいですか?」
「……うん」
冷静でいられそうになかった。
「今日は本当にありがとう」
「今の家……引っ越した方がいいかもしれませんね」
「うん……そうする」
気まずさを誤魔化すように、ワインを口に運ぶ。
そのままどれくらい飲んだだろうか――。
気づいた時には、真琴は大きなベッドの上で、一人眠っていた。




