暴かれる素顔。
「な、なんでそんなひどいことを言うんですか! 私、そんなことしてません!」
一条に詰め寄られ、愛美は声を荒らげて反論した。
その様子を偶然目にしていた数人の社員が、足を止める。ひそひそと息を潜めながら、二人のやり取りを見守っていた。
——おかしい。
真琴はそう感じた。
いつも余裕たっぷりで、天使のような笑顔を崩さない愛美が、明らかに動揺している。表情は強ばり、視線は定まらない。
一方の一条は、感情を抑えたまま、静かに、しかし強い口調で言葉を重ねていた。
「今回は神崎さんの機転で事なきを得た。だが、あのまま準備が間に合わなければ、こちらも先方も、相当な迷惑を被っていたんだぞ」
「だから……私じゃありません!」
涙を浮かべて否定する愛美。
だが一条はその様子に一切動じることなく、続けた。
「……証拠があるんだよ。君がやったという証拠がな」
一条は、手にしていた数枚の紙を掲げた。
それを見た瞬間、愛美の顔から血の気が引いた。
人だかりの中へ真琴も一歩踏み出し、一条の隣に立つ。
「あちらに確認したよ。詳しく聞いたところ、最初の注文メールとファックスが届いた翌日、再度、修正された内容が送られてきたそうだ。数を……半分に減らしてな」
一条がちらりと真琴に視線を向ける。
「神崎さんも気づいていたな?」
「はい。こちらでも確認しましたが、数字の部分だけ文字の大きさが違っていました。後から書き換えられたように見えました。今回の発注担当は経験も長く、あんな初歩的なミスをするはずがありません」
愛美の肩が、わずかに震える。
「……それでも!それが私だという証拠にはならないでしょう!」
叫ぶように反論する愛美。
その姿は、これまで“社内のアイドル”と呼ばれていた彼女とは、あまりにもかけ離れていた。
「あるんだよ」
一条が低く言った。
「君が神崎さんの名前を使って、先方に電話をしている」
「……っ!」
「『先の発注書は間違いでした。こちらでお願いします』そう言ったそうだな」
「してません!」
顔を紅潮させ、愛美は叫ぶ。
その様子に。周囲は、もはや目を逸らすことができなかった。
——私の名前を使って、電話まで……。
真琴は初めて知る事実に息を呑んだ。
「あちらも声が違うとは思ったそうだ。ただ、声だけで特定はできない。それにいつもの会社のアドレスからメールが来れば、疑わないだろう?」
「……それでも、私がやった証拠には——」
「ある」
一条は、静かに、しかし決定的な一言を放った。
「その電話の通話記録だ。二回目の発注書を送った、その日時と一致している」
掲げられた書類。
愛美は言葉を失い、俯いたまま全身を震わせた。
——どうして?
真琴には理解できなかった。
「橘さん……どうしてこんなことを?会社に恨みがあったの?それとも……私に?」
愛美は答えない。
「……私、あなたに何かした?」
しばらくの間を置いて、愛美は顔を上げ、叫んだ。
「……あなたが嫌いだからよ!」
真琴は言葉を失った。
「あなたは、何もしなくてもいつも中心にいる!仕事もできて、皆から慕われて……!ヘラヘラ笑ってるあなたを見るたび、イライラした!」
「……橘さんの方こそ、みんなに愛されてたじゃない」
「違う!」
愛美は声を震わせる。
「余裕そうなあなたが、失敗して、落ち込む姿が見たかったのよ……!」
——余裕?
違う。
真琴は、必死だった。仕事も、人間関係も、恋も。守りたいものがあって、必死に踏ん張ってきただけだ。
何か言おうとした、その瞬間。
「黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!」
一条が前に出た。
「真琴はな、昔から誰よりも努力してきた!人一倍勉強して、動いて、頑張ってきたんだ!だから今がある!ちゃんと見てもいないくせに、勝手なこと言うな!」
一条の怒声に、愛美の身体がびくりと跳ねた。
——嬉しかった。
自分以上に怒ってくれる人がいる。
ずっと見ていてくれた人がいる。
「この件は上に報告する。場合によっては、大きな損害になっていた。相応の対処をさせてもらう」
愛美は、力なく肩を落とした。
その後——
真琴と一条は人の輪を抜け、エレベーターで社長室へ向かった。
「雅也……ありがとう」
「いや。こっちも被害を受けるところだった。早めに解決できてよかったよ」
柔らかく微笑む一条の瞳は、とても優しかった。
社長にはすべてを報告し、結果——
橘愛美は即日解雇。
パスワードを教えた中村には、二週間の謹慎処分が下された。
「……本当にありがとう。私だけじゃ解決できなかった」
「はっきりさせて正解だった。あのままじゃ、また何かやらかしてた」
「でも……最後まで、反省してなかったね」
「ああ。めちゃくちゃ睨まれたな」
真琴は苦笑する。
「彼女の方が、社内のアイドルだったのに……」
「は? あんなのが?」
一条は本気で驚いた顔をした。
「外側だけ着飾った人形じゃないか。中身がない」
辛辣な言葉に、真琴はただ笑うしかなかった。
「俺から見れば、真琴の方がずっと魅力的だ。……嫉妬されるのも無理はない」
顔が熱くなる。
全く……どこまで冗談で本気なんだか……。
——ようやく、一つの問題が終わった。
真琴は、新たな決意とともに前を向いた。




