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Office love♡私、2人に守られすぎてます!  作者: 亜久美 圭


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15/20

暴かれた歪み。

「……橘愛美たちばなまなみさんに……教えました……」


 その言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。


「……どうして?どうしてパスワードを教えたの?

 しかも、なぜ橘さんに……」


 第三者にパスワードを教えることは禁止されている。

 それを破った理由が、どうしても理解できなかった。


 中村は俯いたまま、小さく息を吸い込んだ。


「実は……相澤さんと結婚される前、僕たち……付き合っていたんです」


「……え?」


 思わず声が漏れた。

 真琴は言葉を失う。


 中村さんと、橘愛美が……?


「付き合っていることは、周りに知られると恥ずかしいから内緒にしてほしいって……橘さんに言われていました。

 期間は短くて、二ヶ月ほどでしたが……確かに、付き合っていました」


 震える声が、その事実の重さを物語っていた。


「でも……どうしてパスワードまで教えたの?」


「パソコンの使い方を教えてほしいって言われて……。それに、『本当に私のことが好きなら、信頼の証として教えてほしい』って……」


 真琴は思わず大きくため息をついた。


 話を聞く限り、橘愛美が数字を書き換えた可能性は限りなく高い。

 けれど――決定的な証拠がない。


「……わかったわ。話してくれてありがとう。でも、もう誰にもパスワードは教えないで。すぐに変更してちょうだい」


「はい……本当にすみませんでした……」


 深く項垂れる中村の肩に、真琴はそっと手を置いた。


 確かに、中村にも落ち度はある。

 けれど、もしこれが橘愛美の故意によるものだとしたら――。

 決して見過ごせる問題ではない。


 だが、証拠がなければ、責任を問うこともできない。

 


 中村から少し離れ、真琴と久遠は小声で話し合った。


「証拠はありませんが……ほぼ橘愛美の仕業と見て、間違いないでしょうね」


「でも、何のために?パスワードを聞いたのは、まだ真吾と付き合う前なんでしょう?」


「……相澤さん?」


 はっとする。

 真吾と自分の過去を、まだ久遠には話していなかった。


「私と真吾……相澤真吾(あいざわしんご)は、大学時代から付き合っていたの」


「そうだったんですね……。以前、橘さんと神崎さんが話しているのを見て、なんとなく確執があるように感じていました」


 真琴は苦笑した。


「大学時代からずっと一緒だったけど……浮気現場を目の前で見てしまってね」


「あぁ……」


 久遠は言葉を濁し、複雑な表情を浮かべる。


「もう気にしてないから大丈夫。でも……橘さんがパスワードを聞いたのは、私とは関係ない時期よね。それなのに、どうして……」


 真吾を奪うための嫌がらせなら理解できる。

 けれど、中村と付き合っていた頃に、わざわざパスワードを知る必要があった理由が見えない。


「……相澤さんは、関係ないと思います」


「どういうこと?」


「橘さんは、前々から神崎さんを意識していたんじゃないでしょうか。そして今回、このタイミングでイベントを失敗させようとした」


「……でも、私は橘さんとほとんど接点がないわ。

 挨拶するくらいで、深く関わったこともない……」


「嫉妬、だと思います」


 久遠は静かに言った。


「皆に慕われている神崎さんの存在そのものが、気に入らなかったんじゃないですか」


 理解しきれないまま、胸の奥に不安が沈んでいく。


「……とにかく、今後は橘愛美に注意してください」


「……うん」






 数日後――。


 一条雅也から、真琴のもとに電話が入った。


「今、少しいいか?」


「うん、大丈夫。どうしたの?」


「この前の発注ミスの件……誰の仕業か、分かった」


 真琴は息を呑む。


「受付に橘愛美って女性がいるだろ。彼女の仕業だ」


 やはり、という思いと、確信が胸を締めつけた。


「今からそっちに向かう」


「……わかったわ」


 一条が動くということは、

 決定的な証拠が揃ったということだ。


 ――事態は、いよいよ表に出ようとしていた。




 それから二十分ほど経った頃だろうか。

 一条雅也が、真琴の勤める会社に姿を現した。


 一条が来る時間を見計らい、真琴は一階へ降りてきていた。

 エントランスに現れた一条の姿を見つけ、彼の元へ向かおうとした――その瞬間。


 すっと横をすり抜ける影。


 一足先に、橘愛美が一条のもとへ駆け寄った。


 真琴は思わず足を止め、その場に立ち尽くす。


「一条社長、お久しぶりですー!」


 ぱっと花が咲いたような、眩しいほどの笑顔。

 大きな瞳を輝かせ、全身で喜びを表現する愛美。


 ……この笑顔に、みんなが虜になるんだよね。


 少し離れた場所から二人を見つめながら、真琴は思った。

 この笑顔の裏で、彼女はいったい何を考えているのだろう、と。


「橘さん……だったかな?」


 一条は、軽く微笑みながら名前を呼んだ。


「覚えていてくださったんですね!嬉しいです!」


 愛美ははしゃぐように声を弾ませる。

 その様子とは対照的に、一条は終始落ち着いたままだった。


 ——やっぱり。


 真琴にはわかっていた。

 あの笑顔は、あくまで“仕事用”のものだということを。


 そしてもう一つ。

 長い付き合いだからこそ分かる。


 ……雅也、かなり怒ってる。


 表情には出ていないが、今の一条は明らかに感情を抑えている。


「君に、少し話がある」


「お話ですか? 何でしょう?」


 愛美は身を乗り出し、さらに瞳を輝かせた。


 ——もしかして……。

 愛美は思った。


 胸が高鳴る。

 わざわざ会いに来てくれた。

 もしかしたら……告白?


 そんな期待を膨らませながら、愛美は一条の次の言葉を待った。


「先日のイベントの件だが……」


「……?」


 予想とはまったく違う言葉に、愛美は一瞬、固まった。


「イベント……ですか?」


 声のトーンが、はっきりと落ちる。

 表情もわずかに引き攣った。


「あの日、配布予定だったノベルティが、半分しか用意されていなかった。そのことは知っているよね?」


「……どうして私にそんな話を?」


 愛美の動揺は、隠しきれていなかった。


「その発注書を意図的に改ざんし、数量を半分にした。……それは、君の仕業じゃないのか?」


 一条の言葉が落ちた瞬間。

 その場の空気が、一気に凍りついた。


 愛美も。

 そして、成り行きを見守っていた数人の社員たちも。




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