歪んだ執着。
「ところで、今さらだけど……なんでアイツと別れたんだ? なんで別のやつと結婚してんだ?」
真吾と、橘愛美のことだ。
私と雅也は、大学時代に知り合った。
価値観も似ていて、自然と一緒にいる時間が増えた。
でも、私が真吾と付き合い始めてからは違った。
生活の中心は真吾になり、雅也はきっと、私たちに遠慮して距離を取ったのだと思う。
顔を合わせれば会話はする。
けれど、以前のような関係ではなくなっていた。
「……薄々気づいてると思うけど。真吾が浮気したの」
「はぁぁ……」
雅也が、深く大きなため息をついた。
「やっぱりな。別れてすぐ別の女と結婚したから、そうじゃないかと思ってた」
「目の前で見ちゃったの。浮気現場。それに……私よりその子の方が若くて可愛いって」
「はぁ!? バカかアイツ!!」
声を荒げ、雅也が続ける。
「真琴がどれだけ尽くしてきたか知ってるだろ! あんな若いだけの女より、真琴のほうがいい女だろ!」
いい女。
その言葉に、胸が一瞬、きゅっと鳴った。
「あはは……ありがとう」
私のために、本気で怒ってくれる。
その優しさが、素直に嬉しかった。
「大学の頃、あれだけ真琴にくっついて、好きだ好きだ言ってたくせにな」
思い出す。
大学二年の冬。
恋愛に興味のなかった私に、何度も告白してきた真吾。
最後は、「ここまで想ってくれる人はいない」と思って、付き合うことを決めた。
――懐かしい。
「あの時はごめんね。私たちに遠慮してたんでしょ?」
「まぁな。アイツ、俺を見ると露骨にいい顔してなかったし」
「そうだったんだ……」
「最低だな。絶対、後悔するぞ」
「……それがね」
最近の出来事をすべて話した。
復縁を迫られたこと。
毎日のように届くメールと着信。
話を聞き終えた雅也は、勢いよくテーブルを叩いた。
――ガンッ。
店内が一瞬、静まり返る。
「クソ……!」
怒ってくれている。
その姿を見て、私は逆に冷静になれた。
「雅也、落ち着いて。私は大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃないだろ! いいか、絶対に無視しろ。関わるな」
「うん……ありがとう」
「今日は飲め。全部俺の奢りだ」
「ほんと? よし、今日は飲む!」
自分のことのように怒ってくれる人がいる。
それだけで、少し救われた気がした。
気づけば、ビール、ハイボール……。
かなりの量を飲んでいた。
――ふらふらする。
会計を済ませ、店を出る。
足元がおぼつかず、雅也に体を預ける形になった。
「ごめん……飲みすぎたかも」
「とりあえずタクシー呼ぶから。家まで送るよ」
コクリと頷いた瞬間、足がもつれた。
「きゃっ」
倒れそうになった私を、雅也が支える。
「大丈夫か?」
「……ありがとう」
「あまり無理するな。困ったら頼れ。俺はいつでも味方だから」
その言葉が、胸に染みた。
――翌朝。
頭が、痛い。
飲みすぎた……。
「大丈夫ですか?」
久遠郁人が、心配そうに声をかけてくる。
「うん……ちょっと二日酔い」
差し出された水のペットボトルを受け取る。
「ありがとう」
その間も、机の上のスマートフォンが何度も震える。
「ずっと鳴ってますけど……」
「あはは……気にしないで」
見なくても分かる。
真吾だ。
ブロックすれば逆上されそうで、踏み切れずにいた。
「中村さん、イベントの発注書データ、見せてもらえますか?」
「はい」
画面を覗き込み、久遠が先に気づいた。
「……この数字だけ、半角ですね。文字サイズも違う」
やはり。
他はすべて全角なのに、そこだけが不自然だ。
「間違いなく正しい数を入力しました。こんな初歩的なミスはしません」
中村の声は震えていた。
その通りだ。
彼女がこんなミスをするはずがない。
――誰かが、あとから書き換えた。
それも意図的に。
業務妨害。
明確な犯罪だ。
「……中村さん。誰かにパスワード、教えましたか?」
沈黙。
中村は俯き、しばらくして、かすれた声で答えた。
「橘……愛美さんに……」
空気が、一気に凍りついた。




