成功の裏側で。
十時。
イベント開始の時刻と同時に、会場の扉が一斉に開かれた。
来場者が流れ込むように入り、企画開発メンバーもそれぞれの持ち場へ散っていく。
準備は万端だった。
真琴と久遠は、来場者にノベルティを手渡す担当だ。
つい今朝方までかかって、ようやくラッピングを終えた品。
一人、また一人と手渡すたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとうございます」
「このノベルティが楽しみで来たんです!」
笑顔と感謝の言葉。
諦めなくてよかった——心からそう思った。
そして同時に、あらためて思う。
これが実現できたのは、すべて彼のおかげだ。
会場では、久遠に向けて相変わらず黄色い声が飛んでいた。
「きゃー!かっこいい!」
「芸能人じゃないの?!」
女性だけでなく、男性までもが足を止めて彼を見る。
まるでアイドルだ。
当の本人は、いつもの王子様のような微笑みを浮かべ、落ち着いた様子で対応している。
これだけ注目を浴びれば、仮面を被りたくなるのも無理はない。
真琴は、少しだけ彼の気持ちが分かる気がした。
――そして。
十八時。
イベントは無事、終了した。
最後まで来場者が途切れることなく、大盛況。
お客様の表情を見れば、楽しんでもらえたことは一目で分かる。
「みんな、本当にありがとう!片付けが終わったら、打ち上げ行くよ!」
「よっしゃー!」
「あと少し、頑張りましょう!」
成功の余韻に包まれ、会場には笑顔があふれていた。
久遠も、いつもより柔らかな表情をしているように見えた。
一方、その頃。
橘愛美は、苛立ちを抑えきれずにいた。
本来なら、耳に入ってくるはずだった。
イベント失敗の噂が。
神崎真琴が慌てふためき、評価を落とす話が。
だが、どれだけ待っても聞こえてくるのは——
イベントは大成功だったという情報だけ。
「……なんで?」
思わず声が漏れる。
ノベルティは足りなかったはずだ。
自分が、確かに半分の数で発注したのだから。
他の社員に聞いてみると、
「数も十分で、ほぼ全員に配れた」
「すごく喜ばれてたよ」
と、あっさり言われた。
「どうして……」
爪を噛み、愛美は顔を歪める。
方法は分からない。
だが一つだけ、はっきりしている。
——自分の思惑は、失敗した。
神崎真琴を引きずり下ろしたかった。
あの余裕の笑顔を、塗りつぶしたかった。
昔から何をされた訳でもないが、気に入らなかった。
仕事ができて、笑顔で、自然と人の中心にいる人。
努力していないように見えるのに、すべてを手に入れている人。
だから、許せなかった。
「橘さん、お疲れさま」
すれ違った男性社員の声にも、笑顔を返す余裕はなかった。
そのまま足早に、その場を離れる。
翌朝。
「みんな、おはよう! 昨日はお疲れさま」
真琴の明るい声に、
「おはようございます……」
と、二日酔いの社員たちが力なく返す。
「飲みすぎよ、みんな」
苦笑しながらも、楽しげな空気は残っていた。
「久遠くんは大丈夫?」
「はい、あのくらいなら平気です」
あのくらい……。かなり呑んでいたはずだ。
意外なほど酒に強い。
人は見た目では分からないものだ、と真琴は思った。
イベントは成功した。
だが——一つだけ、引っかかることがあった。
ノベルティの発注数が、なぜ半分になっていたのか。
「中村さん、体調悪いところごめんね。昨日のイベントの発注書のコピーを送ってもらえる?」
しばらくして届いたファックス。
真琴は、紙に目を落とした。
……違和感。
数字の一部だけ、文字の大きさが微妙に違う。
それに最終確認のときには、確かに倍の数が記載されていた。
「……書き直されてる?」
背筋が、ひやりと冷えた。
誰が。
何のために。
これは単なるミスではない。
社内の誰かが、故意に操作した可能性がある。
真琴は、静かに拳を握った。
——このままには、できない。




