橘愛美の企み。
――あぁ、もう!
なんで神崎真琴の周りには、いつもいい男ばかり集まるのよ!
会議室を半ば追い出されるように退出した橘愛美は、苛立ちを隠しきれずにいた。
神崎真琴の周りには、人も運も、そして“いい男”も自然と集まる。
新入社員のイケメンくんにも慕われているし、あの一条社長にまで特別扱いされて。
――一体、何なのよ。
私のほうが若くて可愛いじゃない。
なのに、なんであんなオバサンに……。
考えれば考えるほど、胸の奥がムカムカと煮え立つ。
仕事もできて、人当たりもよくて、皆から好かれて。
特別な努力なんてしていないように見えるのに、欲しいものは全部神崎真琴が手に入れる。
男性社員一番人気は、私のはずなのに。
一条社長とは大学時代からの付き合いだと言っていたけれど、それにしても距離が近すぎる。
もしあの頃、私がそばにいたら……一条社長だって、きっと私を選んでいたはずなのに。
――相澤真吾と結婚して、半年。
正直に言えば、この結婚は失敗だった。
顔も良く、人望もあって、将来有望だと聞いたから結婚したのに。
まさか、あんなケチでつまらない男だなんて。
せっかく神崎真琴から奪ったのに、完全なハズレじゃない。
……もう返してもいいかも。
どうせ元々、あの女のものだったんだし。
そのとき、ふと足が止まった。
――あ。
いいこと、思いついちゃった。
神崎真琴を蹴落として、私が幸せになる方法。
さっきまで重かった足取りが、急に軽くなる。
「あれ?橘さん、何かいいことあったんですか?」
すれ違った男性社員に声をかけられ、愛美はにっこり微笑んだ。
「うふふ、ちょっとね」
男性社員は途端に頬を赤らめる。
ほら。
少し笑うだけで、みんなこうなんだから。
あんなオバサンには、絶対に負けない。
――イベント前日・朝。
「うん、いい天気」
今日はきっと、楽しい一日になる。
橘愛美の足取りは、どこか弾んでいた。
イベント会場では、各店舗が設営を始め、真琴たち運営側も朝から慌ただしく動いていた。
その中を、血相を変えて走ってくる男がいる。
企画メンバーの中村だった。
「そんなに慌てて、どうしたの?」
真琴が声をかける。
「ノ、ノベルティなんですけど……数が足りません!」
その表情が、事の深刻さを物語っていた。
「どういうこと?ちゃんと確認して発注したわよね?」
「はい!間違いなく……でも、届いた数が半分しかなくて……!」
「……半分?」
真琴の顔色が変わる。
来場者限定のノベルティは、今回の目玉のひとつだ。
楽しみにしている人も多い。
「向こうには確認した?」
「しました。でも、発注数に間違いはないと言われて……」
混乱しつつも、真琴は深く息を吸った。
――今は原因じゃない。対処を考えなければ。
「分かった。こっちは任せて。私は他を当たるわ」
「お願いします!」
すぐに関連会社へ電話を入れる。
在庫の有無、融通が利かないか、一件一件確認していく。
だが返ってくる答えは同じだった。
在庫なし。
あっても、ごく僅か。
時間だけが、無情に過ぎていく。
ようやく四分の一ほど集められたが、まだ全然足りない。
――どうする……。
そのとき、設営をしていた久遠が、真琴の異変に気づいた。
「大丈夫ですか?何かあったんですか?」
「ノベルティの数が足りなくて……今、他を探してるところ」
真琴は、思わず頭を抱えた。
「少し、その商品を見せてもらえますか?」
久遠は驚くほど落ち着いた声で言った。
「これなんだけど……」
箱を開け、商品を手渡す。
正直、もう打つ手はないと思っていた。
それでも、動かずにはいられなかった。
「私はもう少し当たってみるから……久遠くんは、こっちの手伝いをお願いできる?」
「分かりました」
そう言って久遠は背を向け、少し離れた場所でスマートフォンを取り出した。
……誰に電話しているんだろう。
そう思いながらも、真琴は再び電話をかけ続けた。
⸻
日が傾き始めた頃。
一台のワゴン車が、会場に入ってきた。
「こちらです」
久遠が手を上げる。
運転席から降りてきた男が言った。
「ご依頼の品、用意しました」
荷台が開く。
そこには、積み上げられた大量のダンボール。
――まさか。
「神崎さん、確認お願いします」
駆け寄った真琴が箱を開ける。
「……!」
中に入っていたのは、明日配るはずのノベルティだった。
「久遠くん……これ、どうしたの?」
「知り合いに、この商品を扱っている人がいまして。お願いしました」
にこりと微笑む久遠。
限定品だから在庫もあってもそう多くはないはず。
それをこれほどの数を、電話一本で――?
「……足りそうですか?」
「うん、十分すぎるくらい」
「よかった。じゃあ急ぎましょう。ラッピングが必要ですよね」
「う、うん……本当にありがとう」
まだ終わりではない。
今夜中に、すべて包まなければならない。
「手が空いてる人がいたら、手伝うよう伝えてもらえる?」
「はい」
――この人、何者なんだろう……。
電話一本で、奇跡みたいなことをやってのけた。
新人とは思えない。
「この件は、他の人には内緒でお願いします。色々聞かれると面倒なので」
「分かったわ」
聞きたいことは山ほどある。
でも、真琴はそれ以上踏み込まなかった。
――彼には、彼なりの事情がある。
そう思ったからだ。




