主人公
オークと同じようにフォレストベアも【追い風・剣】で比較的簡単に倒すことができたので、俺がオークとフォレストベアを倒し、ファルがゴブリンとウォーグを倒すと決め、今は楽しく戦闘を繰り返している。
一発もろにダメージを食らえば死ぬが、食らわなければいいだけだ。避けやすい攻撃は回避を繰り返し、致命傷になりそうなものは結界を使って防いでいる。
◆
しばらく戦闘に夢中になって、フリークの周囲への警戒が緩んでいた時にソイツはファルの近くに突然現れた。
オークと同じ低く広がった特徴的な鼻に、口元からは突き出た牙を持っていながらも、その巨躯はオークのそれとは異なり一回り大きく、そして何より恐ろしい。
オーラか何かが身体から出ているわけでもないのに、思わず圧倒されてしまう雰囲気を放っており、ファルもソイツを一目見てから震えが止まらず、立っていられずに尻もちをついてしまう。必死に冷静になろうと気持ちを抑えようとしても冷静になることはできなかった。フリークを呼ぼうとしてもそもそも喉から声が出ない。
何もできないファルは段々と近づいてくるオークの上位種と思わしき個体にただ怯えることしかできなかった。
◆
別に片手間に戦えるわけではないのだが、俺は気楽に鼻歌交じりでオークと戦っていると、イヤな感じがした。
何かを忘れているような、気づいていないような感覚。これがいわゆる第六感と呼ばれるやつなのだろうか。
俺はその自分の感覚を信じて、攻撃を止めて周囲をよく確認する。
すると、オークよりもデカい図体の魔物らしきやつがファルに近づいているのが目に入った。
なぜ。そんな言葉が俺の頭を埋め尽くす。多少警戒が緩んでいたとはいえ、あんなデカブツに気づかないはずがない。もしや、あの転移と同じやつが?なんて憶測が頭の中を駆け巡る。いや、そんなことを考える暇はない。遠目にも、デカブツの圧にファルが動けも戦えもできない状態だということはわかる。距離はそこそこあるが、アイツはのろいだろうから頑張れば間に合う。助けろ、自分の幼馴染を。
心ではわかっている。でも、恐怖で足がすくむ。認識するまでは感じもしなかったのに、一度認識すれば恐怖が止まらない。こんなにも距離が離れているのに、圧倒的な威圧感がここまで伝わってくる。なら、もっとファルは苦しいはず、辛いはず。動け、動け、俺の足。
──俺は異世界オタクだ。きっかけは確か、初めて異世界モノの小説を読んで、その異世界というものにハマったことだったか。
でも、真に俺を異世界オタクたらしめたのは主人公への憧れだ。
常に無敵で立ち向かってくる者共を全て蹴散らす主人公。何度も悩み苦しんだ末に勝利と栄光を掴んだ主人公。無能や木偶の坊と蔑まれながらも最後には栄華を手にした主人公。
俺はそんな主人公達に憧れた。
前世で俺はそこら辺にいるただのモブAだった。何かハプニングが起こるわけでもなく、ただひたすらに同じ毎日を繰り返す日々。
そんなことは当たり前だと思うかもしれない。
確かに、毎日ハプニングが起こって喜んだり、悲しんだりすることなんて現実的じゃない。
でも、こんな言葉を俺はよく耳にした。
「みんなは一人一人が、自分の人生という物語の主人公だ」
もちろんこれは、人生を他人に委ねるのではなく、自分で選択するということの比喩だ。
でも、俺は自分と言う名の主人公でなく、物語の主人公に憧れた。
みんながみんな、大層な目標を持っていたわけではない。中には、しょうもない理由で生きている主人公や、まさしく英雄にふさわしい理由で生きている主人公もいた。
俺はそんな全部の主人公に憧れた。どんな主人公もどんなにくだらなくても自分だけの意思を持っていた。
そんな主人公が俺にはすごく眩しく見えた。
俺には目標がない。夢も願望も何もかも。いつも、周りに流されて生きてきた。それで、いつも何とかなっていた。
それがつまらなかった。俺も物語の主人公みたいに生きてみたかった。
だけど、そんな行動力は昔の俺にはなかった……。
だからこそ、この人生では俺が憧れた主人公たちのように生きたい。
くだらなくても自分だけの信念を持って生きる、そんな主人公たちに。
なればこそ、今動かないでいつ動くんだ。 今、目の前にいる幼馴染を助けずして、何が主人公だ。今、無様でも格好良く幼馴染を助けるのが、物語の主人公だ。
動け、動け、動け、腹をくくれ。
憧れた主人公になるんだろう?
一歩進むんだ。怖気づいている暇なんてない。
さあ、ここからが俺の物語の始まりだ。
俺は駆け出す──なけなしの覚悟を持って。魔法で大切なのは想像すること。だから、想像する俺が考えた最強の防御魔法を。今、ファルを助けるための最善の策であるこの魔法を。
【思考加速】と【並列思考】をぶん回す。脳が焼き切れるかもしれない。でも、目の前のファルを助けるためなら自分の身を顧みないのが主人公だ。
魔物の持つ棍棒のような物がファルに振り下ろされる。俺は寸前のところで一人と一体の間に割り込み、この魔法を使う。
「『世界を隔てろ』【分断】」
それは絶対防御魔法。原理は簡単。ゲームでよくある不可侵の壁だ。ゲーム制作側の明確な意図によって進めないするために使われるやつだ。俺が転生者だから想像しやすく、発動も楽にできた。しかし、この強力すぎる効果故か魔力消費は尋常でない。今の俺の全魔力を持ってしても五秒の展開が限界。
だから、魔物の攻撃を受けたら直ぐに解除し、ファルを抱えて全速力で逃げる。
走る、走る、脇目も振らずに。【分断】を使ったから正直魔力が枯渇気味だ。だから、さっきから少しずつ奥の手で魔力の回復を行っている。その奥の手は空気中にある魔力の元──以下、魔素と呼称する──を吸収することで回復するものだ。だが、空気中の魔素濃度が薄いのか、魔力の回復はかなりゆっくりだ。それに、この吸収はかなりの集中が必要なので、【並列思考】によってできるもう一つの思考がかかり切りになるから効率はかなり悪い。普通の魔力回復速度よりは何倍も速いが、遅いことには変わりない。
そうこうしながら街の方向もわからず、がむしゃらに走っていると額を思いっきり何かにぶつけ、尻餅をついてしまった。痛む額を抑えながら立ち上がって何にぶつかったのかを見ると、そこには何もなかった。いや、厳密には何もないわけじゃない。俺が魔法使いだからわかることだが、これは結界だ。しかも俺が込められる魔力の何倍も込められているので、壊すのは不可能だ。これもきっと俺たちを転移させたやつの仕業だろう。
逃げられない。そんな事実に俺は直面した。俺たちを転移させたり、あのデカブツをファルの近くに持ってきたりしたやつのことだ。俺たちを閉じ込めるように結界を展開しているに違いない。それに、今も震えていて戦えそうにないファルがいることを考えれば、俺がデカブツを倒さなければいけないということは明白。
俺は覚悟を決めるために一先ず深呼吸をする。一度出した結界は壊されなければ、任意で解除しない限りなくならないので、地面で汚れないように結界を敷き、そこにファルを寝かせる。結界なので硬いが、それは我慢してもらうしかない。
よし、行くか。俺は逃げてきた道を歩いて戻る。すると、しばらくしてデカブツが目に入ってくる。あちら側も俺を見つけたのか、少しスピードを上げてこっちに向かってくる。
俺はもう一度深呼吸をして、駆け出した。相手はパッと見る感じオークの上位種という見た目なのでハイオークとでも呼ぶか。オークでさえ一撃食らえば死ぬのに、ハイオークなんてものになれば掠っただけでぐちゃぐちゃだ。一撃も食らわずに殺さなければ全滅ということになる。イヤな冷や汗がでてくるが腹を括るしかない。
様子見をして攻撃パターンを見て……なんて呑気なことはできない。そんなことをやっていたら死ぬ。だから、取っておきの一撃を決めるしかないのだが、まだ魔力が足りない。一応、あの魔の森の事件からもう一つ攻撃用の魔法を創っていたのだ。
とにかく時間を稼ぐ。時間を稼ぐなら普通に逃げるだけでもいいとも思ったのだが、そんなことをしていれば俺を転移させるなど色んなことを引き起こした黒幕が俺の下にハイオークを送ってくることは容易に想像がつく。
ならば、戦う風でも装っておかなければならない。
ハイオークの周りを駆け回る。ハイオークも単細胞なのか振り下ろし攻撃と横振りの攻撃しかしてこないので、多少のステップで避けられる。かすらないように最大限の注意を払いながら、十分な安全性を保ちながら避け続ける。
そんなただ避けるだけの行動が数分続く。今日は一日中走り回って戦い続けた。
先程、ハイオークを探している時に歩いていたとはいえ、疲労は溜まっている。この数分間の戦闘で俺は既に息が上がりかけていた。
魔力回復にはまだ程遠い。万事休すかと思っていたその時、急激に魔力の回復速度が上がった。何事かと思ったが、なんとなく予想はつく。誰かが大魔法を使ったのだろう。魔力の余波なんてものは今まで食らったことはないが、大魔法なら魔力消費量も凄まじいだろうから余波のような物があっても不思議ではない。
これなら、イケる。そう確信した俺は最後の踏ん張りどころだとやる気を捻り出し、気合を入れる。
そしてさらに耐えること数分。ついに魔力が溜まった。正確に溜まったかどうかなんてものはわからないが大体なら感覚でわかるのだ。
俺は真っ直ぐとハイオークに向かって走る。ハイオークの横振りを咄嗟のバックステップで避け、また走る。そして、ハイオークの胸に向かって飛び跳ね、短く詠唱をして俺は最後の一撃を決める。
「『世界を分かて』【断絶】」
その斬撃は淡い光を放ちながら、ハイオークの腹を切り裂き、やがて貫いた。




