壱人目 早川鹿史(はやかわろくふみ)
癒される物語を描けたらいいなと思います。
感想お待ちしております。
「...というのは、ここでは脳が...与える睡眠...という意味だが」
ガクンッ
「早川!後で職員室に来い」
担任の山下先生から怒鳴られて、慌てて落ちたノートを拾おうとするも、何かがそれを静止した。伸ばしていた右手を引き、左手でノートを拾う。
中央の空白の周りには途中で筆圧がおかしくなっている少女のイラストが描かれていた。
どうやら自分は寝てしまったようだと机から滑り落ちた肘をさすりながら思った。
ノートを取る気にもならず、とりあえず黒板の方を見て山下への謝罪を考える。
いいあんが思いつかないでいると、唐突にあくびが出てきた。
昨日は...今朝というべきだろうか、遅くまでゲームに没頭していたつてが回ってきたことをもやに包まれた頭の感覚と、クマのあたりの凝ったような感覚に後悔した。
「聞いてるか早川」
二回目のあくびが出たときに、山下から指摘を受けた。
彼のあきれが混じった真面目な物言いに今度はクラスに笑いが起こった。
苦笑いをつっくて応える。
山下も怪しげな笑いをつくって言い放つ。
「ちょうどいい、早川11行目を訳してくれ」
戸惑いながら、適当に開いていた教科書のページをめくる。
隣席の綾香のページに合わせると11行目を頭をフル稼働して訳していく。
「ティーンたちの睡眠と健康的学習に関しての意欲的意識は、低い傾向にあるが...私たちは彼らの脳の成長を受け入れて、見守っていくべきだ」
「そうか、では私もお前の居眠りを見守るように努めよう。そこは次回の範囲だ早川」
またしてもクラスに笑いが起こる。
山下もあきれがまじった笑いを浮かべていた。
「さすが神童くん、授業で予習とは恐れ多いね」
ポニーテールを揺らすのは隣席の橋本綾香である。
「なにが神童だ」
「あれ、もしかして怒ってるの?ごめんごめんたまたま別のページが開いててさ」
悔しいが、居眠りをしていた僕が悪いので何も言い返せない。
「冗談はさておき次の課題どうするの?」
「次の課題?」
「ほら、展示作品だよ。最近、鹿史部活参加してないから...」
「そっか、もうそんな時期か。早いな」
窓の外の枯葉のついた木を見て思う。
高校2年生に上げって早6か月がたとうとしていた。
もうすぐ11月。このころになるとこの学校では、文化部による催し事が開かれる。
鹿史の所属する美術部も例外ではない。毎年与えられるテーマにそって作品を描くのだ。去年は「好きな景色」だった。今年は...
「無理しなくても大丈夫だからね...」
自分の右腕を見る。彼女の言葉に続きはなかったが言いたいことは何となく伝わった。
「完治は難しいかもしれません。ですが必ず治してみせます、安心を」
医者の少し矛盾した言葉に失望を抱きながら受けた手術は結果的には成功した。彼の腕は本物ということだろう。
高校1年生の終わりごろ、12月に「悪魔」は舞い降りた。
部活終わりに綾香たちとコンビニの前で会話を弾ませていたところだ、一人の三つ編みが目立つ小学生が歩道を歩いていたのが目に入った。
時刻は7時手前ごろだったが、辺りは十分に暗かった。普段なら特に気にすることもなかったがなぜか目が離せなかった。なにか不安と緊迫したものが、鼓動を速めていったのがわかった。
「鹿史どうかした?」
七瀬がそう聞いてきたとき我に返った。
刹那、空気を切り裂く音が聞こえた。
秒単位で近づいてくるその音がエンジン音だと気が付いて、血の気が引くのがはっきりとわかった。
先ほどの小学生を追うと、彼女は横断歩道をわたっていた。
先程の音は今や轟音と化し、一匹の獣になっていた。
後ろからは2台のパトカーが追いかけている。
気が付くと体はガードレールを超えて横断歩道の真ん中でたちすくんでいる彼女の方へと駆けていた。
コンマ1秒と比喩しても足りないくらいの時間だった。
勢いよく彼女を抱きかかえて歩道の反対側へと飛び込む。
そのとき後ろから何かの金属音が聞こえた。聞こえなかったふりをして足をのばす。
気が付くと目の前に泣きじゃくる小学生がいた。三つ編みを乱して。
彼女の頬の擦り傷からちが出ているの見て、安堵とともにハンカチを与えようとして右手をポケットに入れようとするも何か不思議な感覚に襲われた。
片方だけ聞こえる片耳から、数台のパトカーの音と、警官たちの声が聞こえた。
横目にはあわただしそうに指示を飛ばしている刑事のような人がいた。
だが、目が合った彼は絶句するような目でこちらを見て固まっていた。その眼の中には哀れみの光があった。
「早川!」
「大丈夫か鹿史!!」
振り向くと警官と救急隊員を連れた綾香たちが、駆け寄ってきていた。
3m手前のところで、目を見開いた綾香がいた。その顔には先ほどの刑事の表情と近しいものがあった。
彼らの視線が僕の右腕に集まっているのに気が付いて、視線を下げる。
嫌な予感がした。
辺りはかつてないほど静かになっていた。
そこには、赤色に染まった、曲がるはずのない方向に曲がった右足と右腕があった、手は指がそれぞれあらゆる方向を向いていて、ぐちゃぐちゃになっていた。足は見たくもなかった。
再び顔を上げると救急車がこちらへやってくるのが見えた。
僕が再び目を覚ましたのは二週間後の来年だった。
手術はすでに終わっていたこと、僕が助けた小学生は軽傷で無事だったこと、そしてあの「獣」の運転手は、ガードレールにぶつかって、後日息を引き取ったのことだった。
泣く妹と両親、そして見舞いに来た綾香たちの前で、花束を持った刑事がそう伝えた。
彼は感謝を僕に伝えるとベットの横の花瓶に花をさして病室を立ち去った。
それからはリハビリや再手術で、長い間入院したが夏ごろから、学校生活に復帰していた。
後遺症は少し残ったものの、右腕で絵が描けないことはない。ただ...
精神的に何かが欠如している感覚があった。
まるで右腕だけが、別人のもののように...
少々気まずい空気を励ますかのように予冷が鳴った。
「今日はここまでだ。来週はテストをするからな。しっかり勉強するように」
各地でブーイングが飛ばされたが、山下は笑いながら教室を出ていった。
教室もやがて6限目が終わったことの解放感に浸り、話題が飛び交った。
「そういえば、今回のテーマは何なの?」
「テーマ?あぁ!「思い出」、だよ」
「思い出?」
「そう!自分自身の思い出を作品に残すんだって。写真みたいな具体的なものでもいい、抽象的なものでもいい、とにかく...」
と、いいながら綾香と帰路を進んでいると、やがていつもの分かれ道についた。
「じゃあここで」
「うん。また来週」
手を振って分かれる。
「思い出」、か。
思い当たらないこともないが、いまいちピンとこない。
自分の頬がこわばっているのに気付いた。
何かのピースが欠けているような感覚だった。
歩いていると何か不思議な感覚、懐かしいような衝動に駆られて横を見るとコンクリートのブロック塀に両側を囲まれた細い路地があった。
この先に何か、良好なものがある。
ほとんど直観だったが足が勝手に動いた。
がたいのいい大人一人ががやっと通れるほどの道を抜けると、少し趣のある昭和と平成を思わせるような開けた道に出た。駄菓子屋に、八百屋、住宅などが並んでいる。
それらは伸びた影をせに夕焼けに照らされていた。
人は多くも少なくもなく、老人や子供に母親、サラリーマンなどまばらだ。
異世界に来た気分だった。
道を夕焼けの方へ進んでいく。
チリン
鈴の音が聞こえて、振り返る。先ほど見た景色が広がっていて、相変わらずまばらに人が行きかっていた。
前を向きなおそうとすると、横に懐かしい木造の鱗片が見えた。
見上げると、天へと突き出た大きな煙突からは湯気が悶々と出ている。
息をのんだ。
記憶の深いところにあるものがつながった気がした。
昔確かに僕はこの場所に来たことがある。
全身がなつかしさに一瞬酔った気分だった。
深呼吸をする。
いまや、頭の中は好奇心や希望に満ち溢れていた。
なにかいいものが待っている。今度は直観ではなく、本能的なものだった。
趣のある暖簾(暖簾)をくぐり足を踏み入れる。
「癒湯屋」と書かれた看板を掲げるその迷宮に。
何が待っているのだろうか。
ー鹿史の頬はいつのまにか緩んでいた
〈続〉




