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第3話 瑠璃色の乙女~『真珠の言葉』が咲く頃に ~ ラッキーチャンスと、乙女の驚き 3


ジェイムズとナンシーが、鬱蒼とした森へ着く迄に、すっかり日は暮れていた。

しかし、深い森の中は明るかった。乙女のおかげである。

ジェイムズは、つくづく感謝しながら家路を急いだ。


「ジェイムズさん、ここは、変わった森ですのね。瑠璃色の光で満ち溢れていますわ」


ナンシーが、不思議そうに首を傾げるので、ジェイムズは、正直に話す事に決めた。


「実は、この森には魔法使いが住んでいて、あ、ほら、ちょうど、あの丸太小屋だよ。子豚になった子猫と暮らしてる。魔法に失敗して、子猫に戻せないらしいんだ。でも、とても良い人だから、今度、紹介するよ」


 それを聞いて、ナンシーは、ぎょっとした。


「え、魔法使いですの?」


「怖がらなくても大丈夫だよ。とても優しい人なんだ。この森を、自分の瞳の色で輝かせているんだよ。それも、人が入った時だけね。僕たちが、森を抜けたら、元の森に戻るよ。彼女は、いい魔法使いなんだ」


 にこにこしながら話すジェイムズを見つめて、ナンシーは、心の中で舌打ちした。


(邪魔者がいるなんて、一言も聞いていないわ!!どうして、国王様は、教えて下さらなかったの!?この任務をしくじれば、私がシルスに消されてしまうのに!!)


 ナンシーは、胸のうちの激しい怒りを抑えるのに必死だった。

 しかし、それを、おくびにもださないで微笑んだ。


「お会いするのが楽しみですわ」


「うん、きっと、乙女さんも喜んでくれるよ」


 ジェイムズが答えた途端、ナンシーは青ざめた。


(乙女ですって!?そんな、どうして!?偉大な魔法使い、瑠璃色の乙女が、こんな森にいるの!?『真珠の言葉』を咲かせる前に、行方をくらませたのに、なぜ、こんな辺鄙な場所に住んでいるの!?)


 ナンシーが逃げ出そうとした瞬間、ジェイムズが嬉しそうな声を上げて、片手を振った。


「あ、乙女さんだ!遊びに来てたんだ。おーい、帰ったよー!」


レンガ造りの赤い屋根の家は、ナンシーには、まるで血塗られた館のように思えた。

 その勝手口に立っているのは、間違いなく、偉大な魔法使い瑠璃色の乙女だ。


 (ああ、もう何もかも遅かった、見ただけで分かるわ。とても敵わない。でも、シルスに殺されてしまうより、瑠璃色の乙女の手で子豚にされた方が、ずっといい)


「ここが、今日から一緒に暮らす家だよ。乙女さんは、とても綺麗な人なんだ。君の美しさには、とても敵わないけどね」


 もじもじしながら顔を赤らめるジェイムズを横目に見ながら、ナンシーは、カラカラに乾いた喉の奥から何とか声を絞り出した。


「そうね」

 

 (敵わないですって!?この男はアホなの!?誰が、どう見たって、瑠璃色の乙女の方が、何もかも格上だわ。いると知っていれば……こんな何の取り柄もないような男に、胸キュンの呪文など、かけはしなかった)


 胸中で泣き言を言いながら、ナンシーは、重い足取りで近付いた。


 ナンシーを一目見て、乙女は、全てを悟った。

 更に、ナンシーの抱える一冊の本が、若き頃の愚かな自分が生み出した悪しき種だと気が付いて、ぎゅっと唇を噛みしめた。


(なぜ、あれが、こんな若い魔女娘まじょっこの手に渡っているの!?)


「乙女さん、こんばんは。この人は」


「挨拶は後でいいから、二人とも、お入りなさい」


 ジェイムズの言葉を遮って、乙女は、仕方なく招き入れた。

 本当は、ヒキガエルに変えて新しい魔法薬まほうやくの開発に使ってやろうと、手ぐすねひいて待っていたのだ。

 しかし、『真珠の言葉』のせいで、状況が大きく変わってしまった。


(ややこしい物を持ち込んでくれたわね。おそらく、シルスの差し金だわ。とにかく、この娘の意図を知るまでは、殺すわけにはいかない。簡単に口を割るかしら)


 ジェイムズは、晴れやかな気持ちで中に入ったが、ナンシーは打ちひしがれて、裁きの門をくぐる罪人のように気が重かった。

  

 ジェイムズとヒキガエルの帰宅を待ち望んでいたクリスは、娘を見て、がっかりした。


 (私が見るまでもない、さっさとヒキガエルにしてしまおうと言ってくれたのに、気が変わったのね)


  クリスが、物言いたげに、チラッと乙女を見遣った。

  しかし、怒りのこもった険しい眼差しに気が付いて、はっと息を呑んだ。

  こんな乙女は、久しぶりだった。

  憎悪を含んだ鋭い目つきで、一見は無害そうな若い娘を睨んでいる。

  何か途轍もなく、恐ろしい不測の事態になったのだ。


 「……お夕食にしましょう。私、オーブンを見て来るわ。ジェイムズの大好物の、虹トカゲのパイが焼けたでしょうから。ジェイムズ、バスルームで足を拭いて来なさい」


  クリスは、急いで台所へ戻った。そのうちに、ジェイムズは、バスルームへ走ったが、ナンシーも慌てて付いて行った。


  シロとキティは、子猫同士、たいへん仲が良かった。

  三人が入って来るまでは、暖炉の前で、橙色と青い花柄をあしらった赤い敷物に寝そべり、まどろんでいた。


  しかし、キティは、魔女の匂いを嗅いだ瞬間、勢いよく飛び起きて、ピンっと髭を立てると黒い毛を逆立てた。

  といっても、黒猫であればの話で、実際は、子豚の小さな尻尾を出来うる限りピンっと伸ばして金色の瞳で威嚇しただけである。


  シロは、普通の子猫なので、ナンシーに興味など毛ほどもなく、帰って来たジェイムズを見て、喉をゴロゴロ気持ちよさそうに鳴らしただけだった。

  それから二匹は、クリスに格別素敵な夕食を貰って、美味しそうに食べ始めた。


  ジェイムズたちが戻って来ると、四人は夕食のテーブルに着いた。

  乙女は、クリスの横に座ったが、その前に来たのはジェイムズである。  

  ナンシーは、乙女を前にして食事など出来る筈もなかったので、クリスが座った瞬間に、素早く腰を下ろした。


 乙女は、腹立たしい思いでナンシーを見遣ったが、何も言わなかった。

 暖炉の前では、キティが、乙女の顔色をチラチラうかがいながら、虹マスのフライに齧り付いていた。

 

(いつ切り出すのかな。あの本は、間違いなく、『真珠の言葉』だ。燃やした筈なのに、悪しき種が、どこかに飛んだのかな。一体、どのくらい呪文は咲いてしまったんだろう。どうせ咲くなら、僕を子猫に戻す呪文でも咲いてくれればいいのに)

 

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