推しへの愛で、聖女認定された件について
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私の人生は、RGBで言えば#808080。グレーだ。
くすんでいて、どこにでもあって、誰の記憶にも残らない。会社では地味でコミュ障の窓際OL、プライベートでは万年床とPCモニタが親友。
そんな私の唯一の光、唯一の原色、それが『剣と魔法のクロニクル』――通称『けんクロ』に登場するキャラクター、白銀騎士団長カイ・フォン・リヒトだった。
カイ様。ああ、カイ様。銀色の髪を風になびかせ、氷のような蒼い瞳で民を想う、孤高の騎士団長。
彼の魅力は、公式が供給する薄っぺらいテキストだけでは到底語り尽くせない。
私は彼の誕生日、身長、体重、好きな食べ物(公式発表は『特になし』だが、ゲーム内のドット絵で彼が口にした携帯食料の色から、素材はライ麦と干し肉だと特定済み)はもちろん、彼の剣の振りのクセ、僅かな眉の動きから読み取れる感情の機微、シナリオライターの筆致から推測される彼の隠されたトラウマまで、全てを把握していた。
情報収集、分析、考察、そして妄想。人々がそれを「キモいオタクのストーキング」と呼ぼうと構わない。これは愛だ。
私の人生の全てを賭けた、純粋で、ひたむきで、少しばかり粘着質な、愛なのだ。
その日も私は、カイ様の新規イラストが実装されるという神託を受け、コンビニで買ったおにぎりを片手にPCの前にかじりついていた。
メンテナンス終了時刻、20時00分00秒。F5キーを連打する。繋がらない。アクセス集中。オタクたちの戦争だ。焦燥感に煽られながらリロードを繰り返していた、その時。
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
え、何? 低血糖? いや、さっきおにぎり食べたし。
強烈な眠気が津波のように押し寄せ、私は机に突っ伏した。最後に聞こえたのは、PCからようやく再生された、愛しいカイ様のログインボイスだった。
『――よく来たな。お前を待っていた』
ああ、カイ様…待っててくれたんですね…
好き…。
それが、私の28年間の灰色な人生の、最後の記憶だった。
◇
目が覚めた時、私は豪華すぎる天蓋付きベッドの上にいた。状況が全く理解できない。
とりあえず、オタクの習性として情報収集を試みる。視界の端に映る自分の手は、見慣れたささくれだらけの手ではなく、きめ細やかで透けるように白い、知らない少女の手だった。
結論。トラックにも轢かれてないし神様にも会ってないけど、どうやら私、異世界転生したっぽい。
鏡に映ったのは、亜麻色の髪に榛色の瞳を持つ、16歳くらいの地味顔の少女。名前はエリアーヌというらしい。
どうやら伯爵家の令嬢で、数日前に高熱を出して生死の境を彷徨い、そのタイミングで私がインしたようだ。いわゆる憑依型転生。お決まりのパターンに、少しだけ安心する。
侍女の話を盗み聞きして得た情報を整理しよう。
ここはアストリア王国。『けんクロ』と酷似した世界観。そして、この国には『白銀騎士団』が存在し、その騎士団長は――。
「エリアーヌお嬢様、本日は『聖女候補』の皆様がお集まりになる日です。王宮へ向かう準備を」
「……せいじょこうほ?」
何それ、聞いてない。
どうやらこの国では、数年に一度、各地から魔力の高い令嬢を集め、次代の聖女を選定する儀式があるらしい。
聖女は、国を覆う『瘴気』を浄化する唯一の存在。そして、聖女を守護するのが、白銀騎士団。その騎士団長。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
まさか。まさか、そんな、都合のいいことが。
王宮の大広間に通された私は、他のきらびやかな令嬢たちに気圧され、壁の花と化していた。
コミュ障には辛すぎる空間だ。早く帰りたい。そう思っていた私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
広間の扉が開き、一人の騎士が入場してくる。陽光を反射して輝く、プラチナブロンドの髪。磨き上げられた白銀の鎧。そして、全てを見透かすような、怜悧な蒼い瞳。
「――白銀騎士団長、カイ・フォン・リヒト、ただいま参りました」
………。………。…ウッソだろお前(本物)!!!!!!
脳内で絶叫した。カイ様だ。私の最推し。
ピクセルとポリゴンの塊だったはずの彼が、生きて、動いて、喋っている。解像度4Kどころじゃない、リアルだ。やばい。尊すぎて直視できない。呼吸の仕方を忘れた。
カイ様は、国王の隣に立つと、聖女候補たちを一瞥した。その蒼い瞳が、一瞬、隅っこで石化している私を捉えた気がした。いや、気のせいだ。私のようなモブが、カイ様の視界に入るわけがない。
儀式が始まった。候補者たちが一人ずつ、祭壇に置かれた『聖石』に触れ、魔力を注ぐ。
聖石が強く輝けば、それだけ聖女としての素質が高いということらしい。キラキラした令嬢たちが、次々と眩い光を放っていく。
(無理無理無理。私、魔力なんてないし。前世のステータスはコミュ力E、精神力D、PCスキルB、推しへの愛SSSだったんだぞ。魔力なんてパラメータは存在しない)
ついに私の番が来た。死刑執行を待つ罪人のような足取りで祭壇へ向かう。死にたい。カイ様が見ている前で恥をかくくらいなら、今すぐ塵になりたい。
震える手で聖石に触れた。何も考えられない。
ただ、頭の中にはカイ様のことしかなかった。
本物のカイ様。
彼がこれから守護する聖女は、どんな素晴らしい人なんだろう。私みたいな石ころじゃなくて、きっと太陽みたいな人だ。
その人の隣に立つカイ様は、きっと少しだけ微笑んだりするんだろうか。いや、カイ様はそんな安易に笑わない。でも、もし、万が一、心を許した相手になら…。
ああ、ダメだ。思考がカイ様で埋め尽くされていく。彼の幸せを願う気持ち。彼の全てを知りたいという欲求。
私の人生そのものだった、この巨大で歪んだ愛が、奔流となって体を駆け巡った、その時。
ゴオオオオオオッ!!!!
聖石が、これまで誰も放ったことのない、太陽そのものと見紛うほどの凄まじい光を放った。
大広間が白く染まり、人々が悲鳴のような歓声を上げる。光が収まった時、聖石には奇妙な文様が浮かび上がっていた。
それは、私が前世でカイ様の紋章を研究し尽くし、ノートに飽きるほど書き殴った、リヒト家の紋章に酷似していた。
「な…! これは…! 伝説に聞く『運命の顕現』! 聖石が守護騎士の紋章を映し出すなど、建国以来の奇跡だ!」
神官長がわなわなと震えながら叫ぶ。
ポカン、としている私に、国王が、神官が、そして全ての貴族たちがひざまずいた。
「おお…! 新たな聖女様のご誕生だ!」
え。は?何この状況?
混乱する私の前に、静かな足音が近づいてくる。顔を上げると、そこにいたのは、カイ・フォン・リヒトその人だった。
彼は私の前に跪くと、蒼い瞳で私を真っ直ぐに見つめ、恭しく言った。
「聖女エリアーヌ様。このカイ・フォン・リヒト、命に代えても、貴女様をお守りいたします」
………。………解釈違いです!!!!!!
何で私!? 聖女とか無理! しかもカイ様に忠誠誓われるとか、恐れ多すぎて死ぬ! というか、聖女の力って何!? 私がやったこと、ただ推しのこと考えてただけなんですけど!?
私の内心の絶叫など知る由もなく、世界は私を『建国以来の奇跡の聖女』として、勝手に物語を進め始めたのだった。
◇
聖女認定されてからというもの、私の生活は一変した。
豪華な離宮を与えられ、専属の侍女や神官たちが傅き、そして、常にカイ様が護衛として側にいる。地獄か? 天国か? いや、尊すぎて正気を保てないから、やっぱり地獄だ。
「聖女様、本日は『嘆きの沼』の浄化をお願いしとうございます」
初仕事が来た。無理ゲーすぎる。嘆きの沼は、長年瘴気に汚染され、魔物が跋扈する危険地帯。『けんクロ』でも高難易度クエストの舞台だった。
(浄化ってどうやるのよ…祈るの? 歌うの? 私にできることなんて、推しの素晴らしさをプレゼンすることくらいだぞ…)
現地に到着すると、どんよりと黒く淀んだ沼が広がっていた。不気味な魔物の気配がする。
カイ様が、私の前に立ち、剣を構えた。その背中、広い…。あの肩甲骨のライン、ゲームで忠実に再現されてたんだな…。
「聖女様、ご安心ください。魔物は私が」「待ってください、カイ様!」
思わず叫んでいた。ゲームの知識が蘇る。ここのボス『沼地のヒュドラ』は、物理攻撃をすると分裂して増えるタイプだ。正攻法ではカイ様と言えど苦戦は免れない。
「カイ様、奴らは物理攻撃では倒せません。弱点は頭部にある『核』。そこを魔法で破壊する必要があります。ですが、魔法を撃つには、奴らが一斉に鎌首をもたげる瞬間を狙わなくては…」
そこまで一気にまくし立てて、ハッと我に返る。やばい、ただのオタクが知るはずのない情報をベラベラと…。
カイ様が、驚いたように振り返った。その蒼い瞳が、私を射抜く。
「…聖女様。なぜそれを?」「え、あ、えっと…その、聖女の力で、見えました…未来が…」
苦しすぎる言い訳! 穴があったら埋まりたい!だが、カイ様は納得したように頷いた。
「そうでしたか。さすがは聖女様。深い洞察力、恐れ入ります。ですが、一斉に首を上げる瞬間など、どうすれば…」
「あ、それはですね…」
また口が滑る。
「ヒュドラは、沼の南西にある『月光花』の蜜を好みます。その花の香りを風に乗せれば、一斉に香りの方角を向くはずです。その瞬間を、神官の方々の光魔法で…」
これは、私が『けんクロ』の膨大なフレーバーテキストの中から発見した、誰も気にしないような豆知識だった。開発者が遊び心で入れた隠し設定だろう。
カイ様は私の言葉に目を見開くと、すぐさま部下や神官たちに指示を飛ばした。
作戦は、完璧に成功した。月光花の香りに誘われてヒュドラたちが一斉に鎌首をもたげた瞬間、神官たちの光魔法が炸裂し、見事、核を破壊したのだ。
ヒュドラが消滅すると、沼の淀みが嘘のように晴れていく。人々が「聖女様、万歳!」と歓声を上げる中、私はカイ様に詰め寄られていた。
「聖女様。貴女様は、未来予知だけでなく、万物に関する深い知識もお持ちなのですね。私の知らないことまで、全てお見通しのようだ」
「い、いえ、そんなことは…たまたまです…」「ご謙遜を」
カイ様は、どこか熱を帯びた瞳で私を見つめている。やめて、そんな目で見ないで。私はただの、あなたの情報を隅から隅まで舐め回すように収集してた、キモいオタクなだけなんです…。
この日から、勘違いの連鎖は加速していった。
隣国との緊張が高まった時、私は『けんクロ』の地政学考察ブログで得た知識を元に、「あの国の狙いは国境の砦ではなく、その裏にあるマナ鉱脈です。陽動に注意してください」と進言した。結果、奇襲を未然に防ぎ、「軍略の天才」と崇められた。
原因不明の病が流行った時、私は『けんクロ』のアイテム図鑑を思い出し、「『涙月の雫』という植物が特効薬になるはずです。北の雪山の洞窟にしか自生しませんが…」と呟いた。
もちろん、ゲーム内でも超レアアイテムだ。カイ様率いる騎士団が命懸けでそれを採取することとなったが、多くの民が救われた。私は「薬学の知識も持つ慈悲深き聖女」と呼ばれた。
全て、私の推し活の副産物だった。カイ様が関わる全ての情報を愛した結果、私はこの世界の誰よりも『けんクロ』――つまり、この世界のことに詳しくなってしまっていたのだ。
周囲の評価が上がるたび、私の自己評価は反比例して下がっていく。
(どうしよう…私、とんでもない詐欺師だ…いつかバレる…バレたら、カイ様に軽蔑される…)
その恐怖だけが、私の心を支配していた。
◇
そんなある日、事件は起きた。
王宮の書庫で、いつものように『けんクロ』関連の情報を漁っていた――いや、この世界の歴史書を読んでいた時、宰相の息子である俗物貴族、ゲオルグに絡まれたのだ。
「聖女様。近頃、貴女様のご活躍はよく耳にしますが、どうも腑に落ちませんな。伯爵家で平凡に育ったご令嬢が、なぜ、軍略から薬学まで、あらゆる知識をお持ちなので?」
ゲオルグは、ねっとりとした視線で私を見ながら、じりじりと距離を詰めてくる。まずい。一番突かれたくない部分だ。
「それは…聖女の力ですから…」
「ほう。便利な言葉ですな、『聖女の力』とは。一度、その力を我々にも分かりやすくご教授いただきたいものですな」
そう言って、彼が私の腕を掴もうとした、その時。
「――そこまでだ、ゲオルグ卿」
背後から、氷のように冷たい声が響いた。カイ様だった。いつの間に…。彼は私の前に立つと、ゲオルグを睨みつけた。
「聖女様への無礼、見過ごせん。お下がりいただこう」「ちっ…騎士団長殿のお出ましとは」
ゲオルグは舌打ちすると、捨て台詞を残して去っていった。
「お気をつけなされ。その聖女様は、何かを隠しておられるやもしれませんぞ」
静まり返った書庫で、カイ様と二人きりになる。気まずい。空気が重い。
カイ様は、静かにこちらに振り向いた。
「エリアーヌ様」
いつもは「聖女様」と呼ぶ彼が、初めて私の名前を呼んだ。心臓が跳ねる。
「…貴女様は、何か悩んでおられるのではありませんか? 先ほどのゲオルグ卿の言葉…図星だったのでは?」
鋭い。さすがカイ様、洞察力が違う。
もう、隠し通せないかもしれない。この嘘と勘違いの連鎖を、終わらせる時が来たのかもしれない。バレて、軽蔑されるのは怖い。でも、このまま彼を騙し続けるのは、もっと辛い。
私は、覚悟を決めた。
「…カイ様。私は…聖女などではありません」ぽつりと呟いた言葉は、自分でも驚くほど震えていた。
「私は、あなたたちが思うような、すごい人間じゃないんです。未来が見えるわけでも、万物の知識があるわけでもありません。私が知っているのは…全部、聞きかじった知識…偶然、知っていたことだけなんです。私は、ただの詐欺師です」
涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。もう、顔を上げられない。
「ごめんなさい…ずっと、騙していて…。幻滅、しましたよね…?」
軽蔑されるだろう。騎士団長の職務として、偽物の聖女を糾弾するかもしれない。それでもいい。これが、真実なのだから。
長い、沈黙が落ちた。
やがて、カイ様が静かに口を開いた。
「…エリアーヌ様。私は、貴女様が聖女の力だけで、あれだけのことを成し遂げたとは思っておりません」
「え…?」
予想外の言葉に、顔を上げる。
カイ様は、穏やかな、それでいて少し困ったような顔で微笑んでいた。え、カイ様が、笑った…?
「貴女様はいつも、ご自分の手柄を『たまたま』『偶然』だとおっしゃる。ですが、偶然だけでは、国は救えません。私は、ずっと見ておりました。貴女様が夜遅くまで書庫に籠もり、膨大な資料を読み解いている姿を。貴女様が、私の知らないような些細な情報まで深く理解し、それを人々のために使おうと苦心されている姿を」
それは、私が『けんクロ』の情報を再確認するために、この世界の歴史書や地理書を読み漁っていただけだ。
「貴女様の知識は、ただの知識ではない。そこには、対象への深い理解と…そして、愛がある」
愛。その言葉に、心臓が大きく脈打つ。
「私は、貴女様が一体何者なのか、ずっと考えておりました。そして、一つの仮説にたどり着いたのです。貴女様は、我々とは違う世界から、この世界を救うために遣わされた、真の『識者』なのではないか、と」
識者!? 何その新しいジョブ!?
いや、まあ、あながち間違ってはいないけども!
「貴女様が何かを隠していることには、気づいておりました。ですが、その理由が、ご自身を過小評価しているがゆえだとは。…エリアーヌ様、貴女は詐欺師などではない。貴女こそ、この国に必要な、本物の聖女です」
カイ様は、跪くと、私の手を取った。その手は、温かかった。
「貴女がどのような秘密を抱えていようと、貴女がエリアーヌ様である限り、私の忠誠は揺るぎません。いいえ…」
彼は、一度言葉を切ると、少しだけ顔を赤らめて、続けた。
「職務としてではない。カイ・フォン・リヒト個人として、私は、貴女の側にいたい。貴女のその、少し不器用で、ひたむきで、愛情深い魂に、私はどうしようもなく惹かれているのです」
………。………情報量が、多すぎる。
カイ様が私を好き? 職務じゃなくて? 私のこのキモいオタク気質ごと?
脳が、キャパオーバーでショートする。
「あ、あの、カイ様…それって、その…解釈違いでは…」
「かいしゃくちがい?」不思議そうに首を傾げる推しが、尊すぎて直視できない。
「いえ、何でもないです…」涙でぐしゃぐしゃの顔で、私はかろうじてそれだけを答えるのが精一杯だった。
私の秘密は、結局、さらに大きな勘違いによって上書きされてしまった。けれど、もう、どうでもいいかもしれない。カイ様が、私の本質 ( だと思っているもの)を愛してくれるなら。
この歪んだ愛の形を、そのまま受け止めてくれるというなら。
この世界で、もう少しだけ、頑張ってみようか。
この灰色の人生が、少しだけ、色づいた気がした。
私の異世界ライフは、まだまだ始まったばかり。相変わらず、ひねくれたオタクの心は(いやいや無理だから!)と叫んでいるけれど、隣で私を過保護なくらい優しく見守る推しの顔を見ていると、まあ、悪くないかな、なんて思えてしまうのだった。
最後までお読みいただき、
本当にありがとうございましたm(_ _)m
皆さんの応援が、何よりの励みになります。
少しでも心に刺さったと思っていただけたら、
ぜひ、
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