ep.58 頼もしくて羨ましい背中
もう一度偽名を使ってまで冒険者登録をしたのには訳があった。
貴族の子供はだいたい冒険者登録をするが、あくまでも持っていたら便利程度の扱いである。だから、冒険者ランクを上げようとする貴族はなかなかいない。
要するにオクスとしてランクを上げるのは不自然であり、何より貴族という立ち位置は動きづらい。
ただ最低ランク一人ではできることが限られていた。
ただ、一人では、だが。
「オクス、やっと俺の出番か?」
「うん、レイにしか頼めないことだから」
「任せとけって、これでもCランクまでは昇格してるだぜ」
王都にいた頃、レイは一人屋敷で暇を持て余していた。家事はレイン達が派遣したメイド達がしていたし、オクスがいない以上特にやることがなかった。
訓練をしているぐらいしかやることがない⋯
そんなある日、何を思ったか部屋の整理をしていると一度も使われることなくほこりを被っていた冒険者カードが目に入り、レイはなにかに突き動かされるように冒険者として活動し始め、気がつけばCランクにまで昇格していた。
「レイがいてくれて心強いよ。説明は後で詳しくするんだけど、僕の事は一旦ハルキって呼んでほしい」
レイはそれに少し不自然さを感じ取っているらしいがそういうものかと割り切りったあと昔を懐かしむかのように少し微笑みを浮かべた。
「その呼び方はなんだか懐かしいな。わかったぜハルキ。それで俺は何をすればいいんだ?」
「最近、街付近で危険なスライムが出ているらしくて、ちょっと対策を打とうと思って」
「あの噂は本当だったんだな」
「何か知ってるの?」
「まあ少しだけなら」
レイによれば、スライムの話は風の噂として王都にまで届いていたらしい。人を喰らう。そして、強くなる魔物がいると言った形で
だが、あくまでも冒険者たちの中では噂半分と言ったところだ。誰も危惧する様子はない。
「いっそ好都合だと思う。噂のまま解決できれば騒ぎになることはない」
「なるほどな。つまり、俺が調査依頼を受けてそこにハルキも一緒に来るってことか」
調査依頼は、一応僕だけでも受けることはできるだろうが、おそらくギルド側は止めに入るはずだ。
依頼を一つも受けたことがない冒険者に行かせるわけには行かない。
おそらく今の僕が受けれる依頼は薬草採集ぐらいだろう。
だから、今回はあくまでも同伴と言う形を取ることにしたのだ。
「なら話は早いな。依頼をうけてくるから待っていてくれ」
レイは依頼を受けるためカウンターへと向かった。
僕はその後ろ姿を見てなんだか羨ましくなっていたりしていた。
レイは裏表なく対等な立場で話してくれる数少ない人間の一人だ。だから、彼の背中は秘密を抱え続ける僕にとっては大きく見えてしまう⋯
前世でも今世でも心が本当の意味で満たされることはない。それが、僕であり、俺なのだから。




