もふもふは世界を救う~悪役令嬢のペットになりまして
「いけっ、ロビン!そこですりすりっ!」
『にゃぁ~ん』
今日も私はコントローラーを片手に叫ぶ。私の最愛が住む世界を守るために。
◇ ◇ ◇
私にはハッチという名の飼い猫がいた。ハチワレ模様だからハッチ。
ふわふわの毛並みにくりくりした瞳の美猫で、家族みんなに愛された猫だった。
「ハッチ、もうすぐ大学入試だからしばらく遊べないの。大人しくしていてね」
「にゃぁん」と一言鳴いて、部屋の隅で丸くなるハッチ。この子はとっても賢くて、私の言葉を理解しているような所があった。
試しに会話を動画に取ってネットで配信したら、「天才猫tuber」ってタグが付いて人気になったこともある。ちなみに飼い主の私は猫の”下僕”と呼ばれていたらしい。
そんなハッチも半年前に虹の橋を渡った。14歳だったから大往生といっていいだろう。
「うぇぇん……ハッチぃ……寂しいよう」
心の一部をごっそり持っていかれたような喪失感。常にそこにあったものが無くなるってこういうことなんだ、と初めて知る。
しばらくは愛猫ロスでなーんにもやる気が無かった。
しかし時間が経てばその悲しみも薄れていくものだ。ようやく立ち直った私は、積みゲーでも消化しようかなあという気分になった。
そんで取り出したのが『黒き魔女と契りの剣』という乙女ゲーム。スマホじゃなくてコンシューマ向け乙女ゲーなんて今時珍しいなあと、何となく買った物だった。
『黒き魔女と絆の剣』は男爵家の庶子であるヒロインが王太子クリフォードやその側近である四人の攻略対象者と絆を深めていき、その絆で呪いを打ち払い、悪い魔女を倒すと言うストーリーだ。
正直に言ってしまえば在り来たりな内容。ただ一つだけ、ボイス機能が使えると言う点が変わっている。コントローラーについているマイクから、操作指示を出せるというもの。
これがね……使いにくいのよ。はっきり発音しないと誤動作するし、喉痛くなるし。「この機能要らねえ」「ボタン入力でいいだろ」「開発者は何考えてんだ」と掲示板で酷評されていた。申し訳ないが私も同感だ。
なのでボイス機能は使わずにサクッとメインルートをクリアした。今はクリア後に出現する裏ルートをプレイ中。
裏ルートの主人公は、クリフォード王太子の婚約者であるオリヴィア・ウィンストン侯爵令嬢。いわゆる悪役令嬢だ。
メインルートのオリヴィアはヒロインへ嫉妬し、その命を狙ったためにクリフォードから断罪される。そして闇落ちして黒き魔女となり、ヒロインたちの前に立ちふさるのだ。
裏ルートの目的は、闇落ちしたオリヴィアを救い真のハッピーエンドを迎えること。
見せて貰おうか、真エンドというやつを。
ということでエナドリを買い込んだ私は、徹夜プレイに勤しんでいた。が、どうやら途中で眠ってしまったらしい。
「うーん……寝落ちしちゃってたか。電源つけっぱなし……えっ!?」
『ロビーン!どこぉ~?』
『にゃあん』
『あ、ロビン。そんなとこに隠れていたのね』
画面に映し出されたスチルに、眠気が吹っ飛んだ。幼いオリヴィアと共に映っているロビンと呼ばれた猫が、子猫の頃のハッチにそっくりだったから。
ハチワレの猫なんてどこにでもいる。きっと気のせいだ。そう言い聞かせても、どこかに納得していない私がいた。
あれはハッチだ。長年共に過ごした飼い主の勘がそう言っている。
「ハッチ?」
『にゃあん』
「……!」
試しにマイクで話しかけてみたら、反応があった。やっぱりハッチだ!
『お父様はお仕事で忙しいし、お義母様はいっつも私に怒るの。侍女もお義母様の言いなり。ロビンだけが私の味方ね』
『にゃあ~』
オリヴィアにすりすりとするハッチ……じゃなくてロビン。
どうやら今の彼の下僕、もとい飼い主はオリヴィアのようだ。
攻略サイトによれば、裏ルートの彼女は闇落ちしてしまうものの、ヒロインの説得により改心し、魔女の呪いから自らを解き放つらしい。最後に「ありがとう……」と笑って消えてゆく彼女のスチルには泣けたと、プレイ済みユーザが書き込んでいた。
つまり、バッドエンドだろうが真エンドだろうが、オリヴィアは死ぬのだ。
冗談じゃない。飼い主がいなくなったら、ロビンが宿無しになっちゃうじゃんか。
失ったはずの、心のかけら。ゲームの中であってもそれが生きている。
その事実が私を奮い立たせた。
愛猫を野良になんかさせるかっての。
こうして私は、悪役令嬢オリヴィアの幸せルートを模索することになったのだ。
「とにかく、オリヴィアを闇落ちさせなきゃいいのよね」
オリヴィアが5歳の時に母親が亡くなり、父親のウィンストン侯爵は後妻パメラを迎える。パメラはキツい性格で、オリヴィアは自分が厭われていると感じてしまう。さらに義弟コンラッドが産まれ孤独となったオリヴィアは、婚約者のクリフォード王子へ執着するのだ。
つまり、オリヴィアを孤立させなければ良い。
パメラは強気な性格だが、実は可愛いものが大好きと設定に書いてあった。
ならば話は早い。だって、うちのロビンは超美形猫だもんね!
「オリヴィア!何なのその小汚い生き物は。捨ててらっしゃい!」
『ロビン、パメラにすりすりよ!』
「にゃぁ~ん」
甘えた声で鳴き、パメラのスカートにすりすりと頭を擦り付けるロビン。
ほらほら。超愛らしいもふもふですよぉ?
「……っ」
お、ひるんでる。
お前が可愛いもの好きだっていうネタは上がってんだよ。観念して下僕になりな!
「お義母様、お願いです!ロビンを飼わせてください。勉強も、ダンスもヴァイオリンの練習も、きちんとやりますから」
子猫と美幼女の懇願。この誘惑に勝てる人間などいるだろうか。いや、いない。多分。
「し、仕方ないわねっ。許してあげるわ。ただしその猫が悪さをするようなら、すぐに放り出しますからね!」
「ありがとうございます、お義母様!」
このぉ、ツンデレさんめ!
こうしてロビンは正式にウィンストン家の飼い猫となったのである。
「ほらぁロビンちゃん、新しいおもちゃでちゅよ」
「あなた、先日も買ってきたばかりじゃありませんか。ロビン、私の手作り猫じゃらしの方が好きよね?」
「何を言うか。この走り車は遊びながら運動も出来るという優れモノだ。そら、ここにネズミのおもちゃを吊るせばロビンちゃんも夢中になるに違いない!」
「もうっ、お父様、お義母様!ロビンは私の猫なのに」
当初は興味の無いふりをしていたパメラ(ただしバレバレ)だったが、今やすっかりロビンの虜。
猫飼いに渋っていたウィンストン侯爵も、いつの間にか篭絡されていた。忙しい仕事の合間にこうやって猫部屋へ顔を出しては、餌やおもちゃを献上している。
やったねロビン!下僕が増えたよ!
ロビンを挟んだことで、オリヴィアとパメラのわだかまりも融けた。
パメラは侯爵夫人として正しくあらねばと気負っていたらしい。後妻に育てられたから……などと言われないように、必要以上にオリヴィアを厳しく躾けようとしていたそうだ。
今では実の母子のように仲が良い。父親もロビン会いたさに仕事を調整し、一家団欒の時間が増えた。
「だーだー」
「コンラッド、ロビンを叩いちゃだめ。こうやって撫でるのよ」
「まあっ。あなた、見て!コンラッドとオリヴィアがロビンと遊んでるわ」
「可愛いの二乗、いや三乗だ!なんと尊い……」
「今すぐ絵師を呼んでちょうだいっ。この光景を絵姿として永久に残さなくちゃ」
義弟のコンラッドが産まれたものの、この通り親バカ猫バカ全開の仲良し家族である。
これでもう、オリヴィアが孤立する事は無いだろう。ふふふ、計画通りよ(あの顔)。
「あ、そういえば。オリヴィアと王太子殿下の婚約が決まったよ」
「「「ええ!?」」」
突然のビッグニュースにパメラとオリヴィア、ついでに執事と侍女の声がハモった。
もしもし、そこの侯爵さん?
国家レベルの重要事項を、猫のついでみたいに言わないで下さる?
「あなた!そんな大事な事、早く仰ってくださいな」
「だから今言ったんじゃないか。来週、王太子殿下を招くからね。お茶会の準備をしておいて」
ロビンを撫でながら気楽にのたまった侯爵が、パメラの扇ビンタを喰らったのは言うまでもない。
「王太子殿下に粗相があってはいけませんからね。ロビン、ここで大人しくしているのよ」
というわけでやってきました、クリフォード王子の来訪日。しかしロビンは猫部屋へ閉じ込められてしまった。
このゲーム、どうも今はロビン視点になってるみたいだ。これじゃあオリヴィアの様子を見に行けない。
『困ったな……。ロビン、どっかに出られる隙間とかない?』
「にゃあ」
一声鳴いたロビンがジャンプしてドアノブへしがみついた。身体の重みでノブが回り、ドアが少しだけ開く。
うわっ……うちの猫、天才過ぎ……?
「お招きありがとう、オリヴィア」
「我が家へおいで頂き、光栄ですわ。クリフォード殿下」
お茶会の場である庭園に忍び込んだところ、ちょうど二人が挨拶を交わしている所だった。
イベントスチル、ゲットだぜ!
キラキラの金髪に涼やかな瞳に笑みを浮かべるクリフォードは、いかにも王子様!って感じの美少年。だけどこいつの爽やかさは上辺だけ。彼は誰も信用していない。オリヴィアを婚約者に選んだのも、侯爵家の後見を得るためだ。ファンの間では『腹黒王子』と呼ばれている。
メインルートの通りなら、オリヴィアは今日クリフォードに一目惚れするはずだ。
クリフォードは彼女の好意を分かっていて、オリヴィアを利用しようとする。そんな彼へ依存してしまったことで、オリヴィアの精神は狂っていくのだ。
だけど今のウィンストン侯爵家は仲良し家族で、オリヴィアは孤独じゃない。だから依存まではしないとは思うんだけど……こんだけの美形だもん。女の子ならときめいちゃうかもしれない。
ええい。とにかく、オリヴィアを腹黒王子に惚れさせちゃだめだ。
『ロビン、二人の語らいを邪魔しちゃえ』
「オリヴィア。我々は婚約者となったわけだが、一つだけ言っておきたいことがある」
「にゃーん」
「まあっ、ロビン!出てきてしまったの?」
のそのそと現れたロビンを、オリヴィアが慌てて捕まえた。
あっ、後ろでメイドさんたちがあわあわしている。
「申し訳ございません、私の猫が抜け出してきたみたいです。部屋へ戻してきますから、少々お待ちいただけますか」
「いや、それには及ばない。このまま話を続けていいか?」
「あ、はい」
「ハッキリ言うが、この婚約は政略だ。俺がこの話を受けたのは、ウィンストン侯爵家の後見が欲しかったからだ」
んん?メインルートと台詞が違うぞ……?
オリヴィアは下を向いて、ロビンを抱く腕にきゅっと力を籠めた。そりゃそうだ。
侯爵令嬢として政略結婚は理解してるだろうけど、彼女はまだ10歳。結婚に憧れもあるだろう。
それがいきなり「お前との結婚は形だけだ」と言われたんだから。クリフォード、君、デリカシーって言葉知ってる?
「国王陛下と正妃様も政略結婚だが、互いに敬愛し合う、仲睦まじい夫婦だ。俺もそうありたいと願っている。君のことはまだ良く知らないから、愛せるかどうか今は約束できない。だからまずは君という人間を知りたいし、俺という人間を知ってもらいたい」
「……はい。私も殿下のことを良く知りたいです」
んんん~~~~~??
なんだか正直で誠実な少年に見えるが……?
メインルートの回想スチルでは微笑みながらも冷たい瞳だったけど、ふんわり笑う今の彼には裏表があるようには思えない。
それどころか、熱い視線をオリヴィアへ向けているような……。
「理解して貰えて良かった。これからよろしくね。ところで……」
一息切ったクリフォードは、めっちゃ食い気味に「その猫、触らせてくれない!?」と叫んだ。
「わぁっ、ふわふわで可愛いねぇ」
「でしょう?子猫のときに我が家の庭へ迷い込んできましたの」
熱視線の先はオリヴィアじゃなくてロビンだった。
しかしクリフォード、君、猫の撫で方がめっちゃ上手いな?あっ、お尻トントンまで!?
よほど気持ち良いのか、ロビンは「なごぉん……」という声を漏らしてうっとりしている。なんというテクニシャン。
「今でもこんなに可愛いんだから、子猫の時はもっと可愛かったろうね。見たかったなあ」
「そうなんです!あの気難しい父も、あっという間にロビンへメロメロになりましたわ」
「あの冷徹なウィンストン侯爵が?信じられないが、この愛らしさならば納得だ。ああ、もう我慢できない!すーはーすーはー」
ロビンの腹で猫吸いする王太子。何だこのスチル。
猫香をたっぷり堪能した後クリフォードは手を放したが、何故かロビンは彼から離れない。スンスンと彼の匂いを嗅ぎ回っている。
「ロビンったら、殿下に失礼よ」
「ははは、構わないよ。もしかしてマリリンの匂いが分かったのかな」
「マリリン?」
「俺が飼っている猫なんだ。白い雌猫でね、その愛らしさといったら……!母もマリリンのおかげで最近は穏やかなんだ。『ずっと気を張りつめていたけど、この子の可愛い顔を見ていると何もかもどうでも良くなったわ』と言ってるくらいでね」
クリフォード、まさかの猫下僕だった。道理で猫撫でテクが上手いわけである。
しかし王太子が猫飼ってるなんて設定、メインルートには無かったはずだけど。
彼は第一王子だが母親は側妃だ。正妃に子供ができなかったために彼の母親が側妃となりクリフォードを産んだのだけれど、国王はずっと正妃を寵愛していた。
政略とはいえ、側妃様も可哀想だよね。周囲からも「国王に顧みられない側妃」という目で見られ、自分の容姿に自信を持っていた彼女はプライドをずたずたにされてしまった。
自分を馬鹿にした奴らを見返すため、息子を王太子にするために、彼女はクリフォードをそれはもう厳しく躾ける。時には体罰を振るう事もあった。それが原因で、彼は人間不信に陥ってしまうんだ。
家族に愛されないオリヴィアとクリフォード。ある意味似た者同士だ。
そこで同病相憐れむ仲になれば良かったのかもしれない。だけど愛情を渇望している人間が、他者の心の隙間を埋めてあげることはできない。だって、他人に分け与えるほどの愛情を持ち合わせていないんだから。
だからクリフォードは、愛情溢れるヒロインに惹かれてしまったんだろう。
それはどうしようもないことだ。けれど誰もオリヴィアを救おうとしなかったことはやっぱり納得いかない。自分たちだけ幸せになってハッピー♪でいいわけないよ。
それはともかく、今の側妃様は、マリリンのおかげで拘っていたプライドから解き放たれたようだ。だからクリフォードも腹黒王子じゃなくなったんだろう。
しかし攻略対象側でもストーリー改変が起きてるとは思わなかったな。もしかして、私とロビンがストーリー変えちゃった影響だろうか?
「私も、ずっと家族と距離があったんです。だけどロビンのおかげで、お父様やお母様ともきちんと向き合えるようになったんです」
「そうか……俺たちは境遇が似ていたんだね。君とならこの先もうまくやっていけそうな気がする」
お、いい感じになってきたかも?
「ありがとうございます。私も殿下のご期待に沿えるよう、努力致します」
「クリフォードと呼んでくれていい。来月のお茶会は王宮でやろうか。マリリンを連れてくるよ」
「はい、クリフォード様。私もマリリン様にお会いするのが楽しみです!」
「にゃぁ!!」
それまで大人しくしていたロビンが突然オリヴィアへ突進し、何度も頭突きを繰り返した。
「どうしたの?退屈したのかしら」
「ああ、これは猫が一番信頼している相手にする行為らしいよ。ロビンはオリヴィアが大好きなんだね」
「クリフォード様は猫の生態にお詳しいのですね。もっとお聞きしたいですわ」
猫話題で盛り上がるオリヴィアに、頭突きグリグリを続けるロビン。
これ多分、オリヴィアが他の猫に興味を示したから怒ってるんだ。下僕の浮気は許さない!ってね。なんたってあの子は天才なんだから。
「陛下の生誕祭でしばらく忙しかったろう?やっと時間が出来たからマリリンと遊ぼうと思ったらさ、お尻を向けられちゃったよ」
「構って貰えなくて拗ねていたんですね」
「そうなんだよ。母上と二人で構い倒して、ようやく機嫌が直ったんだ」
数年が過ぎ、クリフォードとオリヴィアは貴族学院の学生となっていた。数年と言ってもナレーションで済まされたから私にとっては一瞬である。
今のところ二人の仲は悪くない。会う度に猫の話題で盛り上がっている。下僕の鑑ではあるが、未来の国王と王妃がそれでいいのかともちょっと思う。
「そうだ。ロビンのおやつにコレをあげていい?王立料理研究所に命じて作らせたものだ。猫が喜ぶ食材を厳選してるんだよ」
「まあ、素晴らしい公私混同!猫への愛情を感じますわ!」
もしやそれは……チ〇ール?
餌を目にした途端、ロビンの目の色が変わった。クリフォードの手からエサの入った袋をもぎ取るようにしてガッツいてる。
やはりあれ、チ〇ールでは??
「ロビンったら、袋に頭を突っ込んでますわ。普段はもっと行儀が良いのに。よほど気に入ったのね」
無我夢中ではむはむするロビンを、大喜びで眺めるオリヴィア。その左手へ、クリフォードがそっと手を重ねようとする。
おやおやぁ~?
「見て下さいまし!ロビンが獣のような顔つきになってますわ。なんて猛々しい……あら、どうかなさいました?」
「いや、何でもない……」
あらあらあらあら。
クリフォード君、お年頃ですかぁ?
近所のおばちゃん面でニヤニヤしてしまう。
オリヴィアの方は、今のところロビンにしか興味が無いみたいだけどね。クリフォード君、頑張りたまえ。
「そういえば先週、例の転入生に会ったよ」
「ああ、ファレル男爵家の庶子の方でしたかしら」
はぁぁぁ?
なんと、いつの間にかピンクブロンドヒロイン様が転入していた。
こいつもこいつで、そんな重要事項を猫のついでみたいに……。
メインルートの主人公、シェリー・ファレル。
彼女は最近まで平民の母親と暮らしており、母が亡くなったため男爵家へ引き取られ、貴族学院へ通うようになったという設定。
そしてなぜか学院の至る所で攻略対象とエンカウントし、絆を深めていくのだ。そんな偶然ある?どんな確率よ?って感じだが、そこは乙女ゲーだからね。ご都合主義ってやつ。
ちなみにヒロインの名前は、メインルートで入力したものがそのまま使われているようだ。世界観へ合わせた名前にしたんだけど、いっそゲレゲレとかアオジルとかにしとけば分かり易くて良かったかもしれない。
メインルートの攻略対象は王太子クリフォードとその側近である騎士団長の息子アルマンや宰相の息子のブリス、魔法師団長の息子エミール……ええい、面倒だ。側近ABCDでいいや。
とにかくその側近ABCDたちとシェリーは、転入して一週間も経たないうちに友人関係となったらしい。はやっ。絆マックスRTAでも目指してらっしゃる?
「下位貴族クラスの中ではトップクラスの成績らしいが……何というか、粗忽という印象を受けた」
「粗忽」
最初はクリフォードの前ですっ転んだらしい。次に会った際は、彼の目の前でハンカチを落とした。
勿論、紳士のたしなみとしてクリフォードは手を差し伸べた。
それで何やら勘違いしたのか、彼女の方から話しかけてくるようになったらしい。
学院とはいえ男爵令嬢が王子に直接話しかけるなんてNG行為だと思うけど、そこは何となく許されている。設定ゆるゆるだな。
三度目は「あのぉ、私、算術の授業で分からないところがあってぇ~」と話しかけてきたものの。
「いいけれど……君、それは歴史の教科書じゃないか?」
「あっ!すいません、間違えました。私、ドジだからぁ」
なんて言いながら、くねくねしていたそうだ。
「そそっかしい方なのかしら?」
「そうかもしれないね」
いやそれどう考えてもわざとだよ。この天然カップルめ。
ヒロインのことは、メインルートでもあざとい女だなあと思っていた。何というか、エセ天然女臭がする。
クリフォードと絆を上げるために、彼の周りをうろちょろしてるんだろう。
ゲーム内時間がそれから半年くらい経過した頃、お茶会に来るクリフォードが沈んだ表情を見せるようになった。
ロビンを猫じゃらしで遊ばせつつも、どこか別の方を見ている様子だ。
「クリフォード様、浮かないお顔ですわね。何かございましたか?」
「実は……」
側近ABCDが、すっかりシェリーに心酔してしまっている。
暇さえあれば彼女の傍へ侍り、取り巻きのようになっているそうだ。お前ら、王太子の側近じゃないんかい。
中には婚約者の令嬢から苦言を呈され、「シェリーは俺の友人だ。彼女を悪く言うな!」と怒鳴り返した者もいる。このままでは婚約が解消されてしまうのでは?と心配したクリフォードが側近を注意したが、聞く耳を持たないそうだ。
ストーリー改変が起きてるのは現状オリヴィアとクリフォードだけで、他キャラはメインルートのままって感じかな?
側近たちは全員、何かしら心の闇を抱えている。父親に顧みられず鬱屈を抱えていた者、事故で母を亡くしトラウマを抱える者、幼い頃に負った傷を隠している者……。そんな彼らは、シェリーの明るさに救われた。有体に言えば、心の隙間に付け込まれてしまったのだ。
乙女ゲームのセオリーとはいえ、王太子の周囲に精神病んでる奴多くない?大丈夫かこの国。
素人に頼ってないで今すぐ心療内科に行って欲しい。この世界に精神科医がいるかは知らんけど。
「陛下にご相談なさっては?」
「大ごとにはしたくない。皆、子供の頃から俺に仕えてきた者たちだ。何とか今のうちに心を改めて欲しいのだが」
うーんと頭を悩ませるクリフォードとオリヴィア。
こういう場合、王家の影とかが引っ付いてて陛下にモロバレだったりしない?
「おはようございます、オリヴィア様」
「おはようございます、アネット様」
貴族学院の上位貴族クラス。登校した生徒たちが挨拶し合う、なんてことのない情景だ。
「一限目は魔法学でしたわね。えーと、教科書は……」
「にゃぁん」
「えっ、ロビン!?」
鞄を開けたらこんにちは。
実は朝のうちに、オリヴィアの鞄へロビンを忍びこませておいたのだ。
ハッチもよく私の鞄に入り込んで荷物を毛だらけにしてくれたっけ。猫あるある。
「先生に見つかったら怒られてしまいますわ。ここで大人しくしていてね。休み時間になったら迎えに来るわ。歩き回ったらだめよ」
授業が始まる前にと、オリヴィアは中庭の茂みへロビンを隠した。
「にゃあ」と答えたロビンに安心したのか、何度も後ろを振り返りながら彼女は足早に立ち去る。
潜入成功だ。計画通り(2回目)。
今のところ、クリフォードは彼女に一線引いているようだ。彼には付け込まれる隙間が無いからね。だけどメインルートからずれた分、シェリーがどう動いてくるか読めないのも事実。
『時期的にそろそろイベントが起きるはずだしね。ロビン、シェリーをこっそり偵察しに行こう』
しかし、ガサリと茂みから顔を出したところで……にゅっと手が伸びてきた。
「にゃっ?」
「あの女がコソコソしていたから、何を隠したのかと思ったら……。猫だったとはね」
なんと、ピンクブロンドのあざとヒロインことシェリーその人だった。
何でこのタイミングでここに!?これもヒロイン力のなせる業か?
「そういえばアレックスが、クリフォード様は猫がお好きって言っていたわね。そうだ、オリヴィアがこの猫を虐めていたって言いつけちゃおう!」
「ぐるるるるる」
ロビンは嫌がって毛を逆立てるが、シェリーは全く意に介さない。
「クリフォード様ったら、全然私に靡かないのよね。失礼しちゃうわ。この超絶可愛い私が媚びを売ってるのに……。でも猫虐めをしていたと聞けば、オリヴィアを見限るに違いないわ。ふふっ。あのお高く止まってる女が慌てる様は、さぞ滑稽でしょうねぇ」
本ルートの天真爛漫なヒロイン様とは思えないセリフ。やっぱりエセ天然女だった。
いや、ある意味当然か。
メインルートでは主人公補正で良い人に見せてたけど、そもそも婚約者のいる男を落とす時点でだいぶ図太いし性格悪いと思う。
『ロビン、隙を見て逃げ出し……』
「シャーッ」
バリバリバリ。
唸り声と共に、ロビンがシェリーの手を引っ掻いた。
「きゃああああ、私の玉の肌に傷があ!」
玉の肌とか自分で言っちゃう?
ってそんなことを言ってる場合じゃない。
「この、バカ猫!やさしくしていれば……こうしてやる!」
「にゃぁあああ!」
シェリーはロビンを掴むと、噴水へ投げ込もうとした。
やだやだやだ!ロビンが殺されちゃう!
だけど画面の向こうの私はどうすることも出来ない。
『誰か、誰か助けてー!!』と私が叫んだ時だった。
「そこの貴方ああああああ!!!!」
叫び声と共に疾走してきたのは――我らが悪役令嬢、オリヴィア。
スカートを翻し、驚愕する生徒たちの間を淑女らしからぬ全速力で突っ走る。
「私のロビンに、何をなさいますの――――――!!!」
「ぎゃあっ!」
そのままのスピードで、オリヴィアはシェリーへドロップキックをお見舞いした。頭から噴水へダイブするシェリー。
間一髪、彼女の手から離れたロビンをオリヴィアがキャッチ。何だこのスチル……。
「ちょっとアンタ!何てことすんのよっ」
「ロビン、怪我はない?よしよし、怖かったでしょう」
「にゃぁ~ん」
「人の話を聞きなさいよ!!」
びしょ濡れのシェリーが噴水の中からぎゃんぎゃん叫ぶが、オリヴィアは全く意に介さない。
「何の騒ぎだ!?」
そこへ現れたのはクリフォードと側近ABCDだ。
あ、このスチルには見覚えがある。メインルートにもあったやつだ。
クリフォードと仲睦まじいシェリーに嫉妬したオリヴィアが、彼女と口論になって噴水へ突き落とすシーン。
ここに至る経緯は違うのに、状況は同じだ。
そんな……ここまで頑張ったのに、断罪を回避できないの?ゲームの強制力、強過ぎん?
「あっ、クリフォード様ぁ!酷いんですぅ。オリヴィア様が私を噴水へ突き落としてぇ」
途端にくねくねとしながら甘い声を出すシェリー。クッソ、黙ってろこのくねくね星人め。
眉を顰めるクリフォードより先に、側近たちが反応した。
「オリヴィア様がシェリーを虐めていたという噂は本当だったんですね」
「そうなんですぅ。クリフォード様に近づくなって言われて、散々虐められてたんです」
「未来の国母ともあろう者が、シェリーのように優しい女性に狼藉を働くなんて……」
「きっとクリフォード様と仲の良い私に嫉妬したんですぅ~」
「……そうなのか?オリヴィア」と低い声で問うたクリフォードに、オリヴィアがキッと顔を上げた。
「そんなことはどうでもいいんです!!」
「は?」
どうでもいいんだ……。
ショックで固まるクリフォード。
「どうでもいいの?」「どうでもいいのか」「どうでもいいんだって」とざわつく観客。
「では、何故シェリー嬢へ狼藉を?」
おお。クリフォード君、何とか立ち直った。
「彼女はロビンを噴水へ落とそうとしたのです!」
「何だって!?本当か、シェリー嬢」
「え、違います!私そんなこと」
「私、シェリーさんが猫を放り込もうとしている所を見ました」
一人の発言をきっかけに、「私も」「俺も」と証言の声が次々と上がった。
そういやここ、中庭だった。教室から丸見えじゃん。
「あ、あの。わざとじゃないんです。この猫が私を引っ搔いたから、驚いて落としてしまったんです」
「ロビンは賢い猫だ。わけもなく人間を引っ掻いたりしない。君が害意を持って彼へ接さない限り」
クリフォードがぎろりとシェリーを睨んだ。そうなるよねー。下僕だもんね、君。
「私は悪くない!ねえ、ブリス、アレックス、エミール。貴方たちは信じてくれるよね?」
形勢不利と見て、シェリーは側近たちに助けを求めたものの。
「シェリー、なんて酷いことをするんだ!」
「そうだ、こんな愛らしい猫に……」
「人間性を疑うよ」
彼女の取り巻きだったはずの側近ABCDまで、口々にシェリーを非難し始めた。もしかして……君たちも下僕か?下僕なのか?
「え……皆、どうしちゃったの?」
そこへようやく教師たちが現れ、オリヴィアと訳の分からないという顔をしたシェリーは連行されていった。
その後、二人は学院長からみっちり説教されたらしい。
シェリーは他人の物(猫)を傷つけようとしたこと。オリヴィアは学院へペットを持ち込んだこと、他の生徒へ暴力を振るったことで。
ちなみにその間、ロビンはクリフォードへと預けられ、側近ABCDに撫で回されていた。
側近たちは王宮へ出仕しているうちに、マリリンの可愛さにやられて下僕化したそうだ。
やるなあマリリン。
やはり猫は偉大。猫を称えよ。
叱られたシェリーは「あんたのせいよ」とオリヴィアを逆恨みしていたようだ。
しかし、愛猫を害されそうになったウィンストン侯爵一家が黙っちゃいなかった。侯爵家の全権力を使ってシェリーの家へ大人げない嫌がらせを行った結果、ファレル男爵家は没落し、一家共々平民となったそうだ。
これでもう、クリフォードがシェリーに篭絡されることもないだろう。だからオリヴィアが魔女化することもない。私にとってはハッピーエンドだ。
ロビンは今日もウィンストン侯爵家の皆に愛され、ぬくぬくと過ごしている。
◇ ◇ ◇
「ねえオリヴィア。『どうでもいい』ってどういうこと?」
「え、それはその……」
『こわっ!笑ってるのに目が笑ってない!腹黒王子降臨!?』
今日も耳元で下僕が煩い。
吾輩は猫である。名前はまだ無い……ではなくロビン。以前はハッチと呼ばれていた。
天才猫ちゅうばあと呼ばれてブイブイ言わせていた吾輩だが、寄る年波には勝てず大往生。気付くとこの奇妙な屋敷にいた。
吾輩は利口であるからして、すぐに状況を理解した。きっとここが、次の生存場所であろうと。
しかし問題ない。吾輩はすぐに次の下僕、オリヴィアをゲットした。これぞ生存戦略。
ちなみに吾輩には、以前の下僕の声も聞こえる。摩訶不思議。きっと吾輩が天才だからだろう。
下僕その1曰く、いずれはオリヴィアこと下僕その2が死んでしまうらしい。番に裏切られたショックだとか言っておったか。
人間どものこういう考え方はよく分からん。我々猫族のオスは、種をばら撒くのが当たり前ゆえ。
しかしそれが吾輩の快適猫ライフを妨害するというのなら、全力で止めねばならぬ。
そうして吾輩は下僕その1の助言のもと、八面六臂の奮闘をした。時には下僕たちに媚びを売り、時にはドアをこじ開け……。
あの奇天烈な髪色の女に捕まった時は焦ったが、下僕その2が駆け付けたため事なきを得た。
どうやらあの奇天烈髪女が真の悪者だったらしく、速やかに成敗されたそうだ。
きっと吾輩の活躍のおかげであろう。吾輩、天才猫であるからして。
「俺の気持ちは伝わっていると思っていたんだけど。分かって貰えてなかったみたいだから、全力で行くね。覚悟して?」
「ひぇぇぇぇ」
クリフォードとかいう下僕がオリヴィアを口説く様を横目に見ながら、欠伸をする。。
あのオスからは、発情期の匂いがプンプンするであるな。
真っ赤になっているオリヴィアの様子からして、彼女が陥落する日も近いであろう。
オリヴィアの最愛の地位は譲らぬが、あ奴と番いになるのは許してやろう。吾輩は寛大だからな。
『イケメンの溺愛!ぐふふ……これはこれで良き……ていうか甘い。ホワイトチョコモカフラペチーノより甘い!あれ?そういえば、黒き魔女ってどうなったんだろ?まあいいか。今のオリヴィアとクリフォードなら大丈夫だよね。いざとなったら、ロビンもいるし』
うむ、当たり前である。吾輩、天才猫であるゆえ。