第8話 絆
結婚生活、美琴はテレビやラジオで光瑛の事を知る事があったが、気持ちを封じ込めたまま幸せに過ごしていた。子供にも恵まれて、毎日が楽しかった。奈緒は相変わらずの独身を貫いている。彼女のサロンに通う人たちがみな彼女に憧れていた。優華は…。なぜか美琴とも奈緒とも連絡が途絶えていた。美琴はあの喧嘩で怒ってしまって最初は気まずいとは思っていたが、時間も経ち気持ちは変わってきていた。会いたくない訳ではなかった。だのに、連絡や約束がうまくいかず何故か会えなかった。
美琴は看護師の仕事にも復帰して毎日の生活に追われていた。頑張りすぎて少し疲れてきた美琴に、ある日、夫がたまには気分転換しておいでプレゼントをくれた。美琴はなんだろう?とウキウキしながらもらった包みを開けると、光瑛のバンドのライブチケットが入っていた。美琴は一瞬ドキッとした。
「美琴、確か好きだったよね?」
と、美琴を喜ばせたくて用意したのだった。夫は美琴の気持ちを全く知らない。だが、美琴が彼を好きなのだろう、とは気づいていた。もちろん、芸能人として。本当の気持ちなど想像すらできるはずもなかった。
チケットを見つめ、美琴はふふふ、と笑った。素直に嬉しかった。夫の優しさもだが、久しぶりに彼らのライブに行ける事が本当に嬉しかった。夫に留守番を頼み、美琴は久しぶりの一人の休日を満喫する事にした。
待ちに待ったライブ当日。いつもは優華と行っていたライブだったが、今日は一人だ。夫の取ってくれた席はかなり良くて光瑛と近くで会えるのも楽しみだった。
彼らは、ずっと何年もライブ活動を続けていた。彼らの変わらぬ情熱にファンも多い。
ライブが始まった。
美琴は、ステージに現れた光瑛を見て、あの時、奥底に押し込めた気持ちが蘇る。切なくも愛しい、あの気持ち。彼もこのライブもあの頃のまま、何も変わらない。そして、自分の気持ちもやっぱり変わっていなかった、そう感じていた。
光瑛は、いつものように、ステージに立つと、彼女を探す。これはもう習慣と言ってもいい。本当に毎回探しているのだ。どうせ居ないだろう、もう何年も空振りに終わっていた。そして今日も何の気なしに客席を見ていた。
だが、光瑛は驚いた。彼女がいる!突然の再会に一瞬素になりかけた。何年ぶりだろう。あの彼女だ、と嬉しさを瞳に宿して、光瑛は美琴をじっと見つめる。
美琴も光瑛の視線に気づいた。光瑛が、あの時のように、私に気づいてくれた、そう思った。すると光瑛は、美琴をみてニコリと笑って軽く会釈した。自分でもなぜ会釈したかわからなかった。美琴はびっくりしたが、とても嬉しかった。
そのライブは二人にとって本当に幸せな時間だった。
会話できる訳ではないが、歌の詩に載せて見つめてみたり、目が合うとうなづきあってみたり。気持ちが通じている、そう実感する事ばかりだった。
ライブ中、不自然なくらい、同じ方ばかり見ている光瑛に、柊一が気づいた。光瑛が誰かをずっと探しているのは知っていたが、やっと見つけたのかと思った。
ただ、美琴の薬指に指輪が光っていたのに気づき、光瑛は理解した。結婚したのか…、だからライブで見かけなかったのかも、と思った。
あの時、街で出会ったのは自分にとっての岐路だったんだ、光瑛の脳裏にあの日の事が蘇る。あの時に自分を信じて彼女に打ち明けていたら、ここまですれ違う事はなかったのかもしれない、今更わかったところで遅いか…。そんな風に思っていた。
光瑛が、柊一に、あの時のエピソードを話して出来た曲があった。それを光瑛が歌った。
初めて出会った時君は
笑顔がとても綺麗だった
僕の心に染み込む君の笑顔
ずっと見つめていたかった
だけど僕のささいな行動が
君との永遠を閉じ込めた
もしもあの日あの時に
僕の言葉が迷わずに
君へ届いていたならば
今でも二人は
繋がっていただろうか
その曲を聞いて、美琴はあの日の事を思い出していた。街で光瑛に会ったあの日。その時の曲だ、と感じた。歌う彼をみて切なかった。
あなたも、私と同じ気持ちでいたの?
あの時、私がもっと勇気を出していれば、
今、もっと側にいられたの?
そんな事を考えていた。
光瑛は歌いながら、美琴を見つめていた。いつも彼女を探して毎回会場を見回し、今日もいない、と落胆の日々。寂しい思いをしたのは自分ばかりだと思っていた。しかし彼女も同じだった。彼女の瞳にそれを切ないほど感じていた。
二人は、直に話す事もできないのに、触れ合ったり抱きしめ合ったりして確認し合えたわけでもないのに、何故か気持ちは通じていた。会えない間もずっと求めあっていたし愛し合っていたのだ。
そして、ライブは終わった。
だが二人とも、もう悲しくなかった。お互いに離れた場所にいる今も心が結ばれている、そんな気がしたからかもしれない。こんな愛し合い方もあるのか、と二人とも初めて知った。




