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第6話 優華の前世

 貴族社会では、結婚は財産や地位を確立する為のものと決まっている。愛などはその合間に楽しめる程度に遊べばよい。

 子爵である自分にとって、伯爵家の娘との結婚ほど有意義なものはない。だが、嫁いできた娘は自分とは親子程に年が離れており、妻として愛するには虚しくもあった。妻は貞淑で優しく可愛らしい人だった。素直に自分へ向けるひたむきな愛情、兄へ向けるような気持ちの方が多かっただろう。それでも愛おしい存在ではあった。

 だがある時から、二人の関係は崩れ始める。

 貴族の邸宅で定期的に開かれるサロンでは、毎回それぞれに趣向を凝らした催しが行われる。その催しにある楽団を呼んだ時、それは起こった。

 楽団は、芝居や歌を披露する。その中でも、花形のスターである美しいプリマドンナ。彼女の踊りは男性たちを惹きつけて惑わした。彼女はたくさんのパトロンに抱えられており、そのおかげで更に彼女は輝きを増す。

 子爵は、彼女を見た時、他の事が考えられない程であった。楽団が帰った後も、彼女の事ばかり思い出し、忘れられなかった。初恋だった。若い時にはここまで誰かに入れ込むような事はなかった。いろんなサロンに出入りしたが、皆、着飾り、つまらない噂話ばかりするただのお人形だった。だが、彼女は違う。自分の意思を持って美しく舞い、惹きつけ、観客に魅惑の目配せをする。それでいて決して媚びへつらう事はしない、凛としていて誇り高いのだ。

 私は彼女の事が好きだ。

 そう正直に思った。パトロンの一人になりたい、とすぐに話を持ちかけた。彼女に断る理由はなかった。

 パトロンになるから、と全ての相手と恋人のような関係になる訳ではない。特に彼女はそういう事には堅い考えを持っていた。だが、子爵に対して彼女はいつもとは違っていた。彼女もまた彼に恋してしまい、彼のことばかり考えていた。そうなると二人の関係が深まるのは早いものだった。

 熱病のように恋に堕ちてしまった子爵。寝ても覚めても彼女の事ばかり思い出し、会いたいと願い、会えばお互いを求めあった。こんなに誰かを愛しいと思ったのは本当に初めてで、自分を抑える事が出来なかった。彼女も初めてここまで自分が恋してしまうとは思わなかった。他のパトロンから妬かれて酷い仕打ちを受けたりパトロンを辞められてしまう事さえあった。だが彼を愛しくおもい、決して別ようとはしなかった。

 そんな中、二人の周りでは辛く苦しい思いをしている人がいた。

 それは伯爵の娘、彼の妻だった。絶対的に信頼していた夫に裏切られた気がしていた。貴族ではよくある話だとはいえ、世間での噂などからどのくらい夫が本気なのかがわかった。

 さらにプライドの高い伯爵である父からも夫の愛人との関係について、叱責されていた。娘の不甲斐なさ、その娘がたかが芸人の女に負けている現実。子爵に嫁がせたのは資産家であった子爵家の財産が目的とはいえ、格下の子爵家に見下されている、お前は伯爵家の恥とまで言って責めた。

 その為、妻は鬱になり引きこもってしまった。笑わない、表情のない氷の夫人、とまで噂されていた。

 そんな奥方の話を彼女は知り、自分を責めた。だが、彼を愛おしい気持ちは隠せない。愛人以上になる事など、叶わないのはわかっていても、可哀想な奥様のために、愛する人を手放す事は出来なかった。罪悪感と愛情の間に苦しむ、子爵と踊り子だった。


 パブでの偶然の二人の出会い。優華は自分の見た前世について、柊一に話した。子爵は優華で、踊り子が柊一である。

 柊一は以前、優華から手紙をもらい、気にはなっていて、忘れられなかった。だが、こんな形で自分の前に現れ、こんな風に自分と優華が出会った意味を知る事になるとは思いもしなかった。

 前世の話を聞きながら、わかるような、納得いく事がほとんどだった。だからこんなに彼女が愛しいのか、忘れられなかったのか。初めてステージから彼女を見た時に、懐かしいような切なさと愛しさ、そして罪悪感のようなものを今でも覚えている。柊一は愛しそうに優華を見つめた。見つめられると優華も胸が熱くなる。

 だが優華は冷静になり、今世で出会ったのは、ただこんな風にお互いを懐かしむ為ではない、とも言った。柊一は、その通りだ、と思った。自分たちにはやらなければならない事がある、償わなければならない事があるのだ。おそらくその為の出会いだと確信があった。

 優華と柊一はお互いの連絡先を交換した。

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