第22話 決意
次の日、美琴は病室で鏡を見ながら、ひどい顔…と思っていた。額の傷は少し痛み、その周りには青あざが出来ていた。
光瑛さんには見せられないな…、と思いながらも、もう会えないかもしれないな、とも思っていた。
携帯が鳴った。メールが来たようだ。手に取ると光瑛からだった。彼らしく、美琴を気遣う内容の優しいメールだった。美琴はメールを見ながら、意識がボンヤリしていた中で聞いた、光瑛と夫の会話を思い出していた。そして、美琴も光瑛を気遣うメールを打ちながら、会えなくてもいい、こうやってただお互いを思いやるだけでも充分なのかも、と感じていた。
優華が見舞いに来た。
「怖い目に遭ったわね、結婚までした私の方がそういう目に合いそうなものだけど…。」
と言った。
美琴から見ても羨ましい程、幸せに輝いている優華。優華と柊一さんが誰が見てもお似合いで、幸せそうだから、妬みもしないんだわ、と感じていた。
そして自分と光瑛さんの場合は、既婚者で、身勝手な私には、光瑛さんは釣り合わない、似合わない、ファンのみんなにはわかってしまってるんだわ、と思い知らされていた。
「そう言えばね、意識朦朧としてた時に、旦那が、あの前世の時のばあやと重なって見えた。あの人、ばあやの生まれ変わりだわ、きっと。前世でも今でも私の心配してくれてるのよ。」
と美琴は話した。
「え?本当に?すごいわね。ばあやさんは、あなたが最期を迎える時まで側にいた人よね、きっと。生まれ変わって旦那さんになってまで側にいるなんて、よっぽど、あなたが心配だったのかしらね。」
と感慨深く感じていた。
美琴は、夫が、光瑛が現れても、妬いたりする事もなく、むしろ光瑛に会えるように繋いでくれていたのを思い起こしていた。ライブや絵画展に行くように言ったのも夫だった。
さらに私が寂しくないように、と結婚して側にいてくれた。
私と私の魂の片割れが、ちゃんと出会うようにと無意識のうちに動いてくれていたのかもしれない、と思った。
優華はあの中世の時代の話を、まとめたいと言った。自分のライフワークにもなっている、前世療法の研究会に発表したいと考えていた。
「私ね、魂の片割れ、について調べ始めたの。ネットで色々と調べてたら面白い事がわかった。」
美琴は言った。
「面白いこと?」
と優華は興味を持った。
「ツインレイ、って言ってね、元々一つの魂が二つになって生まれてくるの。
一つ一つがそれぞれの人生を歩んで魂を磨き、再び一つになる時に、より一層輝く一つの魂になれる。そして魂の故郷に帰るの。
別れている時も、元は一つだからお互いのことがわかったり感じたり出来るそうよ。
それに、出会うまでにいかに輝いていけるかも大事なの。だから、出会わないままのこともあるし、出会うのがすごく遅いってこともある。出会えても魂の修行みたいなのが終わってなければ、また別れてそれぞれの人生の修行に戻り再会を目指す事もあるそうよ。」
優華はその話を聞きながら、正に美琴たちのことのようだ、と感じた。
「ツインレイだと思うと、私と光瑛さん、まだちゃんと再会して結ばれるには、何か足りないんだろうなって思ったの。
優華たちが誰からも批判されないのは、もう、完成していて輝いているから。お互いに夢を持って頑張ってるから。側にいなくても平気でしょ?
でも、私たちは二人が一緒にいようとすればする程、どこからか邪魔が入る。既に結婚しているという壁もあるしね。あの伯爵夫人が言ってた、結ばれる時期や形は様々だ、って。離れ離れでも魂は側にいるような気がするから、もしかしたらこのままなのかもって思う。」
美琴は言った。
「光瑛さんもそう感じてるんじゃないかな。一緒にいられるようになるのは、きっと優華たちみたいに魂が完成する時。
いつになるだろうね。おばあちゃんになってからかな。」
美琴は苦笑いしながら話した。
優華は、自宅に戻ると、柊一にこの話をした。驚いたことに光瑛が同じような事を考えていたと聞いた。
「光瑛、美琴ちゃんを守りたいから今は離れている方がいい、って言ってた。守れる自分になってからじゃないとって。二人とも同じことを思ってるんだな。
お互いの事、大切にしたくて、決断しようとしてる。俺は、そこまでしなくても、って言ったよ。会えないなんて寂しいだろう、って。二人がいつも幸せそうに会ってたの、見てたし。でも光瑛の決意、固くて。」
柊一は切なくなっていた。
でも、優華は、
「そうね。美琴もどこか決心してるように見えた。周りが何と言おうと自分たちで一番いい道を進めるといいわね。」
美琴や光瑛の行く末を心配しながらも二人の幸せを心から祈るばかりだった。
退院を明日に控えた夜、美琴は夢を見た。
平安か鎌倉かのような時代の貴族の男性。出世欲が強く、周りを蹴落としても自分がのし上がりたいと思っていた。ある日、美しい女性の噂を聞く。周りはその人を落とすのにとても苦労しているらしい。和歌や花など、どんなにお金をかけてもなびかない。男は、出世に関わらないのなら興味はなかったが、ある時、貴族仲間が賭けをした。だれが落とすか、と。仲間内で目立つよい機会、とその男も俄然意欲的になった。
その女性は、貧乏だが美しく教養もあった。尋ねる男はみなその姿や声に惹かれ、しかしなかなか男になびかない気高さに、益々惹かれるのだった。女性は、男達をを手玉に取っている訳ではなく、単に興味も湧かない相手を受け入れられなかっただけだった。何人もが毎夜通ってくる。ある意味鬱陶しいと思っていた。
ところが、ある夜、その女性は初めて自分の心を揺さぶる人と出会った。それがあの出世欲の強い男だった。他の人と何が違うのか分からないがとにかく心が揺さぶられる。初めて彼女はその男を受け入れた。一夜の逢瀬、それは男にとっても経験した事のないような甘美な夜だった。
瞬く間に噂は広がり、男は仲間からも賞賛された。男は喜んだが、あの女性の事を忘れられずにいた。
そしてすっかり有名になった男に、高貴な身分の姫君との婚礼の話が持ち上がる。男は更に高みを目指せる、と喜んだが、心は彼女を求めていた。結婚が決まればそう簡単には通えなくなる。そう思うと男はあの女性の所により一層足繁く通った。女性も彼を愛してしまい、そのうち自分の元へは来なくなるとわかってはいたが、通ってくるのを喜び束の間の逢瀬を過ごした。
そして、彼は結婚し、彼女に別れを告げた。彼女は寂しかったが受け入れた。
彼は結婚しても彼女を忘れられなかったが、出世もし立場上浮気は出来ない。全て思い通りのはずが何故か満たされなかった。ずっと彼女に会いたくて仕方なかった。だが、彼女もきっと結婚して他の男のものになっただろうと思い、忘れようとしていた。
何年か経って、風の噂にあの彼女が亡くなったと聞く。男は何となく気になり、屋敷に行き侍従に彼女の様子を聞いた。すると彼女は結婚しておらず、一人亡くなったと知る。彼女は男が忘れられず、誰の求婚も受けなかった。そして病にかかりあっけなく亡くなったと。だが、病の床に就いていても彼女はいつも幸せそうにその男の事を話していたと。いつも眠ると夢で逢えると、夢での事を楽しそうに話していたと。
それを聞いて男は泣いた。自分も会いたさから彼女を夢に見ていた。だが眠りから覚めると彼女はいない、寂しさが余計に募り現実に嫌気が刺していた。もしかしたら二人は夢で本当に会っていたのかもしれない。彼女はそれを素直に信じ幸せに過ごした。ひとりぼっちでも満たされていた。逆に男は、彼女を捨て出世を取り、夢を叶えて誰よりも幸せなはずなのに、寂しい毎日を過ごした。虚しい人生だった。
男は、私だ。美琴は思った。
男は彼女と結ばれない事をずっと悲観していた。美琴も光瑛と出会った当初はそう思っていた。せっかく生まれ変わってまた出会えたのに、二人はまた結ばれない、と悲しく思っていた。しかし、この二人の前世を知ると、そうではないとわかる。
男が彼女と、夢でもいい、会えていると喜び、二人の絆を信じていれば、側にいなくても、ずっと幸せでいられたのかもしれない。
ツインレイは出会えない事すらあるのだ。出会える事が奇跡。実際に一緒にいる事だけが重要ではないのだ。魂が結ばれる事は、なにも結婚、恋人など世の中で当たり前の関係でなくても良いのだ。
伯爵夫人が形は様々、と言っていたのはそういう事なのか、美琴は思った。
美琴は、なにか吹っ切れたような気がしていた。




