第21話 不穏
優華と柊一が結婚してから、美琴は、ライブ終演後の楽屋に、行ける時は光瑛に逢いに行っていた。優華も一緒のこともあったが、一人の時も多かった。楽屋では光瑛と少しの間だが話しが出来る。
マネージャー達は最初は心配していたが、幸せそうに話をする二人の様子を見ると、反対する気にはなれなかった。
ある日、いつものようにライブに参加していた美琴は、終演後隣の席の人から声をかけられた。
「あの、もしかしてメンバーと知り合いなの?」
美琴は、一瞬血の気が引く思いがしたが、
「いえ…。」
と冷静に返した。
隣の席の人は、中年の女性で、ライブ中も熱狂的に盛り上がっていた。彼らのファンになって長いと思われた。
美琴は、なぜか心穏やかにはいられず、その日は光瑛にメールで楽屋には行かずに帰ると伝えた。帰宅してからも美琴は、なにかしら不穏な気持ちのまま床に就いた。
違うホールライブに行った時、最初から何となくいつもと違う感じがしていたが、美琴はいつも通りにライブに参加した。ライブが終わり、光瑛からのメールを読んでいたら、見知らぬ女性がすごい勢いでぶつかってきた。美琴は驚いたが、その女性は知らぬふりでその場を去った。美琴はとても嫌な予感がしていた。
ホールを出て、裏に回り関係者入り口に向かうための階段を上がり、警備員窓口でいつも通りに警備員に声をかけようとすると、
「ねぇ!」
と声をかけられ、振り向くと階段下に五人ほどの女性たちがいた。彼女らの顔つきをみて、美琴はかなり不安になったが、
「何でしょうか?」
と落ち着いて答えた。すると、
「あなた、あの記事になった人でしょ?結婚してるクセに、光瑛の迷惑になるとは思わないの?周りをうろついて、また記事にでもなったらどうするつもりなの?」
と、声を荒げて言ってきた。美琴は、やはりそういう事だったか、と開演前後の違和感の正体を悟った。
「わ、私は、柊一さんの奥様の友人で、光瑛さんとはそういうのではないです。」
と言うが、どうもライブ中の美琴と光瑛の様子を前回、今回と確認していたようで、話しても信じようとはしなかった。二人が見つめあって愛を確かめ合う様子を見ていたのだ。
「ライブ中に堂々と色目使って!何様なの?」
「柊一の友人だから、ってそういうの利用して、やり方が汚いわよ!」
「疲れてるのに楽屋に入り込んで、迷惑だと思わないの?」
「あなた、ファン歴浅いでしょ?彼らがどんな思いで今もライブを続けてると思ってるの?邪魔しないでよ!」
次々と彼女らの不満が噴出していた。
美琴は、言い返すこともなく言われるがままになっていた。彼女たちの気持ちもわかるからだ。自分が彼女らだったら、不安だし、寂しい。きっとこんな風になじりたくもなるだろう。そのため、ただ受け入れるように彼女らの言葉を静かに聞いていた。ただそれが余計に彼女らの怒りを買った。彼女らは楽屋口に向かい階段を上がってきて美琴を取り囲んだ。美琴は囲まれて初めて怖いと思った。
マネージャーが、楽屋口での事をスタッフから聞きつけた。光瑛に話すと、すぐに楽屋口に柊一と向かった。楽屋口にたどり着くまでもなく怒鳴る声なとで騒ぎの大きさを感じた。
光瑛はすぐに美琴を助けなければ、と飛び出そうとした、が柊一が止めた。光瑛が出れば益々彼女らの気持ちを逆撫でし兼ねない。光瑛は歯噛みしながらその場で見守るしかなかった。柊一が楽屋口へ向かう。
その時、警備員が、
「君たち、やめるんだ!」
と止めに入った。が、それと同時に、一人の女性が美琴の顔を平手打ちした。大きな音がし、美琴は体勢を崩しそのまま階段から落ちてしまった。美琴を取り囲んでいたファン達は悲鳴をあげた。
「何してるんだ!」
柊一が美琴の元に駆けつける。美琴の頭から血が流れている。
「救急車だ!救急車を早く!」
柊一が叫んだ。光瑛は我慢出来ず外へ出て美琴の元に駆け寄り、
「美琴!」
と抱きかかえる。美琴は意識を無くし、ぐったりしていた。光瑛は涙ぐみながら、ファン達を睨みつけた。ファン達は、光瑛の涙や柊一の様子を見て怖くなり、その場から逃げ出した。彼らがいかに美琴を大事にしていたか、思い知った。
救急車が到着し、美琴は近くの病院に搬送された。
病院で検査や処置を受け、美琴はそのまま入院となった。意識はまだ戻っておらず、光瑛はベッドに眠る美琴を見て、こんな事になるなんて、と自分を責めていた。美琴は幸い脳震盪で傷も数針縫っただけで大事には至らなかったが、傷を負わせたことや、怖い目に合わせた事を後悔した。柊一は、
「あんまり自分を責めるなよ、お前のせいじゃない。」
と言うが、難しい顔をした光瑛が聞くはずもなかった。
「う…ん。」
美琴が薄っすらと目を開けた。
「美琴、わかるか?」
光瑛が声をかける。
「うん…。」
と柔らかな笑顔を浮かべた。そんな美琴をみて、光瑛は涙が溢れた。美琴は少し微笑んでそのまま眠りに落ちた。
ノックの音がして、杉原が入ってきた。
「この度は申し訳ありません…。」
柊一と光瑛は姿勢を正して彼を迎えた。
「いえ、大事に至らなかったそうでよかったです。また、皆さんに迷惑かけてしまって。記者たちなんかは大丈夫ですか?」
美琴の夫は相変わらず、光瑛達の事を心配してくれていた。美琴に会いたいと自分の気持ちばかり優先させていた事を、光瑛は恥ずかしく感じた。
「優華さん達が結婚したからと、つい安心しきってました。やはり気をつけないと怖いものですね。」
美琴の夫は言った。
「あの時のように、また距離を置いた方がいいのかもしれません。」
光瑛は寂しそうに話した。
美琴の気持ちを思うと、切なくもあったが、仕方ないのかもしれない、杉原はそう思ったが、
「でも、美琴は貴方達がいないと辛いと思います。会うのは難しいのなら、メールや電話でもしてあげてください。」
杉原は、なんとか美琴の思いを伝えようとした。
美琴は、ぼやけた意識の中で、そんな会話を聞いていた。私が好き勝手に光瑛さんに会いに行くから、こんな目に合うんだ、私のせいで…、と思っていた。
少しして、美琴は目を覚ました。
「お、気がついたな、心配したんだぞ。ママ、大丈夫か?」
杉原が声をかけた。
「パパ?」
と美琴は話しながら、突然、杉原の顔に、あの伯爵夫人の時にいつも側にいてくれたばあやの姿が、ぼんやりと重なって見えていた。
「ばあや…?ばあやだ。そうだったんだ…、いつも本当に心配してくれて、ありがとう。大好きよ…。」
と言いながらまた眠った。杉原は、
「え?なに?なんて言ったの?」
と、眠る美琴を見て不思議そうな顔をしていた。
美琴は、眠りにつきながら、なんだぁ、あの人、ばあやだったんだ、どうりで優しいし、私の側にいてくれたし。あの時のまま、私のこと心配してくれてたのね…、と思っていた。
眠る美琴を見ながら、杉原はフッと笑った。ありがとう、と言われ嬉しかった。自分が少しは美琴の役に立ててるのかもしれない、と感じていた。
その少し前に、光瑛たちは病院を後にしていた。光瑛はファン達の事を考えていた。自分はただ人を好きになっただけなのに、こんなに自由がないのか、と思い知らされた。だが、そういう仕事を選んだのも自分だ。美琴と運命的な出会いをして、冷静さを欠いていたのも自分だった。
「光瑛、お前、あんまり深く考え過ぎるなよ?」
柊一は、深刻な顔をしている光瑛を見て、心配になっていた。
「お前、まさか、美琴ちゃんとの事…。」
光瑛は柊一の言葉を遮るように、
「ちゃんと考えないといけないんだ。今までみたいに好きにはできない。美琴を守るためにも。」
と力のこもった言葉を発した。ぐっと握りしてた拳に力が入る。
柊一はもう何も言えなかった。




