第19話 混乱から安寧へ
秋になり、ある日柊一が事務所に行くと、慌ただしく皆が電話などの対応に追われている。
何かあったのか?マネージャーを探すと、
「大変な事になりました。光瑛さんも呼び出して下さい!」
と言われた。何があったのかわからないが、光瑛に連絡した。
バンドメンバー全員が呼び出されていた。マネージャーから説明された。
この間の長野での旅行が、週刊誌に撮られたそうだ。それも、美琴が結婚していて、光瑛と不倫の関係だと報じるというのだ。一番恐れていた事が起こってしまった。
「マスコミには気をつけていたんですが、あの撮影チームにいつもと違うメンバーがいたから、多分その人のリークだと思います。迂闊でした。」
マネージャーは、残念そうに話す。
「俺はいいよ、もう若くないしアイドルって訳でもない。ただ、美琴は一般人で…。」
光瑛は腹立たしかった。自分のせいで彼女に迷惑かける、苦しめてしまうかもしれない、どうしたらいいのか、とても焦っていた。
マネージャーは二人の事を何度となくみていて、少しずつ認めようとしていた。光瑛のためになれば、と進言した。
「コメントを出していきます。友人関係だと。それで世間が落ち着いてくれれば…。ダメなら柊一と優華さんの交際、って方に話を持っていきます。不倫よりは印象がいいはずです。」
とりあえず様子を見ようという事になった。
美琴にはマネージャーから連絡がいった。美琴は驚いた。
「恐らくあなたのところに記者が行くような事はないと思いますが、万が一そんな人がきても、友人で通して下さい。もし、ダメなら柊一と優華さんとの交際、という方に話をシフトさせていこうと思ってます。不倫、よりはいいはずなので。だから、二人を通して友人になった、として下さいね。」
と言われた。
「わかりました。」
とは言ったものの、自分のせいで優華や柊一さんに迷惑かけてしまう、だから、気を許してはダメだったんだ、と自分を責めた。
杉原には、これまでの経緯を話した。もちろん、マネージャーからのアドバイス通りに話した。
元々優華と柊一が交際していて、光瑛のファンだった自分も含めて仲良くしてもらっているのだと話した。少し前に偶然、光瑛が病院に入院してきた事も話した。
夫は、驚いていた。優華さんと柊一さんが交際している。さらにこの前泊まりで出かけた時の事で、美琴と光瑛さんとが不倫で週刊誌の記事になるなんて。
平凡な日常が一変した気がした。ただ実際に二人が恋人らしい行動をしているところなどは、記事には載らなかったので、夫はそれ以上は疑わなかった。ただ夫は、美琴が元気になれたのは、彼らのおかげだったのかもしれない、とも感じていた。
記事が実際に出て、世間では光瑛の不倫疑惑を少しの間叩いていたが、すぐにそこは誤解であるというように変わっていった。美琴の事があまり表に出なかった事もあり世間の反応が少なく済んだようだった。だが完全にほとぼりが冷めるには少し時間がかかった。
こういう時は、静かに時が経つのを待つしかない、光瑛はそう思っていた。美琴に連絡を取りたかったが、これ以上の迷惑はかけられない。マネージャーを通して状況の確認をするのみだった
美琴の周りも、誰も彼女だとわかる人は全くいなかったので、不安に思っていた事は起きなかった。
そして、半年が過ぎた。世間で騒いでいる人はいつのまにか居なくなっていた。生活も元に戻った。お互いの事は心配でならなかったが、ここで迂闊な行動に出るとまた迷惑をかける。今少し、と二人ともがぐっと堪えて過ごした。
しかし、これがきっかけで、優華と柊一に、本当に結婚の話が持ち上がっていた。
ある日優華から美琴にその話が伝えられた。
「私たち、貴女達の事が心配で、あのホテルの日からも二人で何度か会ったりしていたの。記者がノーマークだったのが笑えたけど。」
優華は穏やかに話す。
「話す度に前世の事とかどうでもいいくらい楽しくて幸せで、安心できて。彼のこと初めてちゃんと知った気がしたの。私も前世に振り回されてたみたいね。」
出会い方は少し変わっていたけど、やはり初めから惹かれあっていたのだ。
「自分の気持ちにもっと早く正直になればよかった。」
苦笑いしながら、
「それにね、あの夏の日に美琴達がお互いを思ってる姿を見てて、なんだかいいなぁって思ったの。二人は今世では結ばれないかもしれないのに、それを悲しむよりも、ただ側にいられる事を大切にしようとしていたものね。」
と目を細め、そしてとても幸せそうに話した。
二人はそうやって少しずつ気持ちを確かめ合い、結婚を決めたようだった。二人は美琴と光瑛が穏やかに愛し合っているのをみて、カルマを解消し終えたのか、罪悪感も無くなったようだった。
そして彼女たちの話題は、週刊誌の記事にもなり騒ぎになったが、おかげで美琴達の噂はすっかり消えてしまった。
時は経ち、二人の結婚式の日になった。
これまで美琴と光瑛は、一切連絡を取っていなかった。久しぶりにそこで再会できる。嬉しさで心が浮き立った。杉原や子供たちも式に呼ばれていた。夫の前で冷静にいられるか、少し不安だったが、光瑛や家族みんなを守るためなら、と気を引き締めた。
光瑛も彼女に会える事が楽しみだった。迷惑もかけてしまい、心配もしていた。マネージャーを通して元気にしている事はわかっていたが、自分の目で確かめたかった。柊一から、美琴の家族もくると聞いて、少し心がチクリとしたが、不自然な振る舞いをしないように、と心に刻んだ。
華やかな式が始まる。優華は本当に綺麗だ。今回も奈緒が彼女を美しく仕上げた。優華の幸せそうな笑顔。
結ばれなくていいなんて、最初は言ってたけど、やっぱり王子様とお姫様は最後は結ばれなくてはね、と美琴はしみじみ思った。
式場では招待客はみな席についていた。光瑛は仕事で少し遅れてまだ来ていない。美琴は気になったが顔には出さなかった。
式の始まる直前、光瑛が会場に入ってきた。彼の姿が美琴の目の端に映ったのでほんの少しだけ視線を向けた。光瑛も入ってきてすぐ美琴を見つけた。そして二人の目が合った。二人ともが、同じようにドキッとした、が何も無かったように一礼だけした。心の中はいろんな感情が渦巻いていたが、表情は至って冷静だった。夫が、光瑛さん来たね、と小声で言ってきた。そうだね、と普通に返した。式や披露宴の間じゅう、二人の目が合うことは一度も無かった。ただ身体中でお互いの存在を感じていた。どこにいるのかすぐにわかるくらい意識していた。
ずっと会えずにいて心配だった毎日。今はお互いが同じ場所にいる。それだけで充分だった。話はしないが二人は幸せな気持ちで過ごしていた。
式も披露宴も滞りなく終わり皆それぞれに歓談していた。美琴は家族と共に、二人に挨拶し帰ろうとしていた。杉原が光瑛さんに挨拶しなくていいの?と心配そうに聞いてきた。美琴は避けすぎて不自然だったかな、と思い、挨拶だけはしようと、マネージャーと共にいる光瑛の元へ行った。美琴は、
「この間は色々とご心配をおかけしました。」
と挨拶する。光瑛は少し驚いたが、あくまで冷静に、
「いいえ、そちらのご家族の方々にまでご迷惑をおかけして。本当に申し訳ないです。困った事など起こってないですか?」
他人行儀ながらも美琴の様子を聞くと、
「妻はあなた方に会えるようになって、本当に元気になったんです。迷惑なんてとんでもありません。むしろお礼を言いたいくらいで。」
と杉原が言った。
そんな事を思っていたなんて、美琴も少し驚いた。私の事心配していたんだ、色々あった事も、少しは気づいていたのかも、と思った。
光瑛は杉原がとても奥さん思いの旦那さんなのだと改めて知り、とても安心した。そして余計に自分のわがままで彼女の人生を邪魔してはいけない、と思った。
「また、何かありましたら、すぐに言って下さい。」
とマネージャーも言った。美琴達は挨拶して帰り支度をした。夫と子供たちは駐車場に先に向かい、美琴は化粧室によった。鏡を見ながら、自分がよく冷静に振る舞えたな、と感心していた。じわりと涙が浮かんだが、彼の元気な姿、声を思い起こし、泣いてはダメ、と自分に言い聞かせた。
化粧室を出たところに、光瑛が待っていた。どうしても話したかったのだ。
「いい、家族だね。それに君が元気で良かった。」
光瑛はホッとした表情で言った。
「光瑛さんも元気そうで安心しました。それに今回初めて夫のこと、知りました。心配かけていたんですね、私。わがままでした。」
と振り返る。
貸し切りの式場、関係者しかいない。化粧室付近にも人はいない。二人はほんの少しだけ、二人きりの時間を過ごした。
「なかなか会えないけど、君が近くにいる気がする事が何度もあった。寂しいけど、辛くはなかったよ。」
「私もです。なんだかもっと寂しいかと思っていたけど、耐えられました。時々、光瑛さんの気配みたいなのを感じる事もあったし、夢で会えたりもして。もしかしたら本当に会えてるのかもしれないですね。」
と言って笑いあった。
光瑛は美琴にそっと短いキスをした。美琴は彼のキスで身体中を包まれているように感じていた。そして心の奥から湧き出る別れ難い気持ちをぐっと抑えていた。
美琴は駐車場に向かいながら、この間と同じように光瑛と離れている気がしなかった。彼と同じ事を思ってたんだ、そう思うと不安や寂しさがなくなった。心は側にいると信じられた。
駐車場で妻を待ちながら、夫は考えていた。もしかしたら美琴は光瑛さんの事を本気で愛しているのではないか、そして光瑛さんも…。
二人を見ていて何か確信めいたものがあったわけではない。だが不思議と二人の絆のようなものを感じてしまうのだった。
だからといって、彼女や、光瑛を恨んだり、問い詰めたりしたいかと言えばそんな気もしない。自分がそこまで納得してしまうほど、あの二人の絆には入り込めないし、引き裂けない、そう感じた。そしてまた、今後彼女がどんな選択をしても、自分は応援したい、と再度思うのだった。




