第17話 触れても…
二人きりになると部屋が一層広く感じる。二人はソファに腰掛けたまま、少し沈黙していた。だが、不思議と昔のような緊張はなく、なにもない時間をただ静かに自然に過ごしていた。窓の外には綺麗な青空が広がっていた。
「ずっと会いたかったんだ。色々、話したかった。」
静かに光瑛は話す。美琴は小さく頷く。
「私もです。私は、貴方が芸能人だから、気後れしてしまって、こんな事有り得ないと思っていました。」
ずっと戸惑っていた事を話した。
「だから、貴方を好きな気持ちはただのファンの心理だと思い込んで、心の奥深く封印しました。でも…、一度も貴方のことを忘れた事はありません。」
まっすぐな瞳で彼を見た。美琴は自分がこんなに素直に気持ちを話せている事に少し驚いていた。
あまりにまっすぐに伝えてくるので、光瑛は少し照れくさくなってしまい、立ち上がり窓の方へ歩いて外を見るふりをした。
「俺は、君が結婚していたのを知って、最初はとても辛かった。でも、さっきみんなで話していて、君がとても幸せなんだな、とわかるとなぜかそんなに悲しくなかった。よかった、安心したって思った。だから君の幸せを邪魔したり壊したりするのは嫌だ。そんな事したくない。でもそれでも、側にいたくなる。心の中がバラバラなんだ。」
彼は下を向いて小さくため息をついた。
「わがままだろ?」
切なそうに言う。
「いいえ。私もそうです。できるならそばにいたい。でもとても怖いです。もし、自分の思いのままに動いたらどうなるのか、とても怖い。」
美琴は小さく震えるように言った。
「どんなに心の奥に貴方を隠しても、貴方に会いたくなるし…。そして、やっと、やっと会えて…。会えたらやっぱり…大好きって思ってしまう。」
涙で潤む。ああ、だめだ、やはり気持ちを抑えられない…。美琴はそう感じていた。
光瑛は、美琴の震える声に振り向いた。涙が美琴の頬をつたう。我慢できず窓際の自分の元へ引き寄せ、強く抱きしめた。
「それは、俺も同じだよ。」
美琴は彼の胸に抱き寄せられて、たまらず涙が溢れ、泣き出してしまった。ずっと堪えていた何かが緩んでしまった。ただ、ひたすら彼の胸で泣いていた。
まるで前世で会えないまま亡くなった自分が、再開の涙を流しているような、そして、現世の自分の今までの辛さを涙で流し切るような、そんな幾つかの気持ちが重なり合っている涙だった。涙は止めどなく流れ、美琴は足の力が抜けるように床に座り込んでしまった。
二人で床に座り込み、光瑛は、その大きな手で、彼女の顔を包み込むようにして見つめていた。すると彼の目からも涙が溢れた。彼もまた同じだった。
前世で彼女を残したまま亡くなった自分がやっと戻ってこられた喜びと、現世の自分が彼女の側にいられない切なさと、たくさんの感情に支配されていた。彼女を愛してる、前世だろうと現世だろうと、芸能人だろうと、人妻だろうと。ただ、愛してる、それだけだ。どうして愛してるだけではダメなんだろう。身分も歳もなく、今の現状がどうでも、ただ愛してるということが、こんなにも簡単ではないなんて。
光瑛は彼女の瞳を見つめながらずっとこのままでいられたらどんなにいいか、と切なさを募らせていた。
そして光瑛は、そっと彼女にキスをした。優しく長いキスだった。
最後の別れの時の吟遊詩人のように。
二人の心は、今まで経験した事がない程、心の内側から不思議な感情の波で溢れていた。暖かで、柔らかい穏やかな感情、このまま二人溶けて一つになってしまうのでは、と思うほどだった。唇が離れても、離れていないような感覚さえあった。
光瑛はこのまま一つになってしまいたい、と強く思った。一瞬彼女を強い力で抱き寄せた。彼女のぬくもりや香りに耐えきれない思いだった。だが、
自分本意で進んではダメだ
と思い大きく息を吐き、気持ちを落ち着けて、彼女をソファに座らせた。
「今日、会えてよかった。君の気持ちを聞けたし、俺の気持ちも伝えられた。焦らずにこれからの事、考えていこう。」
と言った。美琴は静かに頷いた。
美琴は一人帰路についていた。彼とのキスの余韻がいつまでも残っていた。身体中の細胞に彼が染み込んでいるみたいだった。
幸せだ、こんなにも。
そう思っていた。
その夜、美琴は、夢の中にいた。
あの伯爵夫人と吟遊詩人が抱き合って幸せそうにしている。
よかった、やっと会えたんだね、美琴は穏やかな気持ちになっていた。伯爵夫人が美琴に言った。
「忘れないで。魂の片割れ同士は、結ばれるカタチは様々。それは身体がなくなってから結ばれた私達のような場合だってある。だから、信じて。離れていてもきっとお互いを感じられるはずよ。」
そう言うと二人は一つに溶け合うように昇天していったように見えた。
目が覚めて、二人の魂が今までずっといろんな事を私に教えてくれていたんだと感じていた。




