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第14話 病院

 あれから1ヶ月後の夏の暑い日、美琴は病棟でいつものように仕事中だった。看護師長から、

「救急外来が忙しいみたい、手伝いに降りられる?」

と、指示を受けた。暑さで熱中症の患者が多く受診しているらしい。美琴は、快く引き受けた。

 外来はたしかに混雑していた。

「病棟から手伝いにきました。」

外来師長に声をかけた。

「いいところにきたわ!今から救急車入るから対応してもらえる?熱中症の男性よ。」

と、矢継ぎ早に指示を出された。

「わかりました!」

と、救急車受け入れ口に向かうと、サイレンが聞こえてきた。熱中症の男性か…暑い中、外で作業していたのかな、などと考えていた。

「熱中症疑い、三十三歳男性。意識レベルの低下見られてます!」

救急隊からの報告。点滴をされてぐったりしている。

「しっかりしろ、病院ついたぞ、わかるか?」

付き添いの家族らしき人が一生懸命に声をかけている。あれ?この人…。その声をかけている若い男性に見覚えがあった。

「柊一さん!」

驚きのあまり、声に出していた。じゃ、この運ばれてきた人は…。見ると光瑛だ。美琴は青ざめた。とにかく処置しなければ。集中治療室へ急ぎ運ぶ。医師の指示に従って適切な処置が施される。幸いなことに熱中症で朦朧としているだけで、大きな問題はない、あとは過労もあるだろうとの診断だった。美琴はホッとした。眠り続ける光瑛を見て気が緩み泣きそうになっていた。だが、仕事中だ。気持ちを引き締め、待合室にいる柊一の元へ行った。

「佐倉さんの付き添いの方、佐倉さん、大丈夫ですよ。医師からお話聞かれますか?」

と、医師の元へ柊一を案内した。美琴はそのまま光瑛を病棟へ運ぶ手配をしていた。

「ありがとうございました。安心しました。」

医師の話を聞き終え、柊一が戻ってきた。美琴は芸能人ということもあり特別個室について説明すると、そうしてほしいと柊一は要望し、そのまま美琴の働く特別個室のある病棟へ運んだ。

 病棟の仲間は少しどよめいた。芸能人がいきなり二人も病棟に上がって来たのだ。だが、普段から特別個室を扱う職場だ。すぐに冷静に対応し始めた。ただ、美琴は内心ドキドキが止まらなかまった。誰にも悟られないように何とか冷静に振る舞った。


 ベッドに落ち着いた光瑛、スヤスヤ眠っている。

「最近、眠れない日が続いてたみたいなんです。普段眠れないなんてないヤツなんだけど。少し様子がおかしかったから。」

柊一がポツリと話していた。

 外来から戻り、そのまま美琴が彼の担当になった。そのまま光瑛について柊一から経過などの情報を聴取した。

 気分転換に二人で釣りに出かけた。日常から離れれば少し精神的に落ち着くかなと思った。川釣りだからそんなに暑くないかと思ったが、この異常な暑さは山にも及んでおり、途中から光瑛の様子がおかしくなり救急車を呼んだそう。このところ食欲もなかったようでそのせいもあるだろう、との話だった。眠れない理由を聞いてみたが、話さないのだそう。

 柊一は見た目通りに優しい人なんだな、と美琴はしみじみと思っていた。

 少し経って、マネージャーが来て、手続きなど行った。明日一応検査は行うが、おそらく入院は一晩で良さそうとの事で、安心していた。

 そんな中でも光瑛は全く目を覚まさない。眠れなかった分を取り戻しているのだろうか。手続きなど終わると柊一はマネージャーに帰るよう促されていた。彼は心配だったらしく美琴に彼が目が覚めたら連絡して欲しい、と伝言して二人とも帰った。


 光瑛は本当によく眠っていた。点滴のチェックをしていると、寝言のような声がする。見るとうっすら涙を浮かべている。夢でも見ているのだろうか、美琴は布団を直しながら、光瑛の胸元をさすった。ほんの数分だろうか、胸をさすっている美琴も何故か涙が出そうになっていた。今までの色々な辛さや切なさが一気に溢れそうになっていた。仕事だからと気に留めないようにしていたが、内心は切なかったのだ。こんなに側にいるのに、何のために生まれ変わってまた出会ったのかな。彼の涙を見ながら考えていた。

 すると、光瑛が朦朧としながら、声を掛けてきた。

「なぜ、泣いてるの?」

自分も泣いてるのに、私が泣いてるのを心配しているようだ。

「気がつきました?ここは病院ですよ。」

美琴は、涙をさっと拭った。

「病院?なんでだろ?」

彼はまだボーっとしていた。美琴は、熱中症で運ばれた事、安心してゆっくり休んでいいのだ、と伝え、その場から離れた。

 部屋を出て、美琴は涙が溢れた。彼の声、彼の瞳。大好きな人が自分をみて話すだけでこんなにも胸が熱くなるとは。更に溢れそうな涙をぐっとこらえて、ナースセンターへ戻り、電話を取りマネージャーに連絡した。意識が戻った事、だが眠そうなので連絡はまだ出来ないようだと伝えた。


 光瑛は、頭がはっきりしない中、先程まで側で泣いてた人が、あの彼女に似てるな、と思っていた。看護師さんかな?なんで泣いてたのかな、そう思いながら、また眠りに落ちていく。

 眠りの中、光瑛はあの湖の夢をみていた。自分は愛する人を置いたまま二度と戻れなかった。彼女に帰ると約束していたのに。だが、死んでしまい身体がなくなって、魂になり彼女の元へ戻れた。彼女は自分に気づかなかったが、魂でも側にいられて幸せだった。彼女は最期まで寂しく過ごしていた。側にいるのに思いは届かなかった。切ないが仕方なかった。それが試練だったと今ならわかる。相手の反応があろうと無かろうと、愛し続ける、守り続ける、それでいいのだ。魂の世界では直接干渉出来ない。それが当たり前だった。今度生まれ変わったら泣かせたくないな、笑ってて欲しいな、そんな事を彼女の側でずっと思っていた。


 光瑛が目覚めたのは、夕飯の匂いがした頃だった。腹へったなぁ、とベッドに寝たままぼんやりとしていたら、ノックの音がし、看護師が食事を持って部屋にきた。

「あ、起きましたね。よかったです。マネージャーさんに連絡してあげてください、心配してましたよ。」

と明るく話す。

「あ、すみません…。」

光瑛は少し恥ずかしそうに言った。

「あの、自分、なんでここにいるんですかね?」

と尋ねた。看護師は笑いながら詳しく話してくれた。

 熱中症かぁ、そういえば腹へったな、と思ったら空が急に歪んで見えて…その時倒れたのか、と思い起こしていた。点滴をチェックしている看護師に、

「自分が寝てる間にも、見に来てくださってました?」

と聞くと、

「ああ、それは日勤の看護師ですね。もう退勤しましたよ。今は交代して夜勤の時間なので。」

と言い、退室していった。

 あの時泣いてた人、昼間の看護師さんだったのかな?それとも俺の夢だったのかな?と思った。

 食事を終えると、久しぶりに気持ちも生き返ったような気になっていた。あんなに眠れなかった毎日が嘘のようだ。画廊で泣いていた彼女の事ばかり考えて、探そうとしたが方法もわからず。彼女が泣いていたのは、きっと自分のせいなんだろう、と漠然と考え、毎日自分を責めていたのだった。


「あ、心配かけたな。」

柊一に電話した。柊一は、光瑛の声が晴れているように聞こえたのでホッとした。

「明日、退院許可でたら迎えに行くよ。仕事は当分休んでいいと、マネージャーも言ってる。どっか旅にでも出るか?」

柊一は言った。だが光瑛は、

「いや、それよりも相談にのってほしい事あるから、明日、マネージャー来るより早めに来てもらえるか?」

「ああ、いいよ、もちろん。早めにいくよ。」

柊一は、相談?と思ったが、

「今夜はゆっくり休めよ、じゃあな。」

と電話を切った。


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