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死者

引越しでドタバタしております……!



あれからまた、特に変わり映えのない荒野をヴァルターたちは進んでいた。

魔物や野盗なんぞ、この人通りが盛んとは言えない街道近くにそうそう出るものでもなく、牧歌的とまでは言わないが、つまらない景色が目に飛び込んでは流れていくを繰り返していた。

日は地平線の縁に引っかかって、今にも沈んで行きそうなほどに傾いている。

丘を登りきった先に、隠れていた風景が三人の目に入った。

堅牢な石壁と堀に囲まれた、まるで砦のような街だった。

遠目で見ても、立派な見張り台まで付いた街の入口は、天辺にはためく国旗と相まってまるで城門のようにも見える。

これでいて、この国ではそこまで栄えた街ではないと言うのだから、帝都に行けばどれだけ立派なのかと想像すらできないほどである。


「ギリギリ間に合うか?」

「驢馬たちが次の丘で根をあげなきゃな」


街の入口は日が落ちてから一時間もしないうちに橋が上げられ、出入りができなくなる。

かつて、この一帯でも内紛が激しかった頃の名残りで、街の守りは平時であっても鉄壁だ。

朝から急がせたせいか、体力があるはずの驢馬たちも足取りが重く、明らかにスピードが落ちている。

このままでは街の石壁のそばで二日目の野宿をするはめになる。

言葉にせずとも三人の心の内は同じであったし、アレンに至っては大人二人に振り回されて少々しらけていた。

門限に間に合わず、街の外側で野宿をする者は少なくないが、それ専門のコソ泥を警戒する手間が煩わしいので、できれば日が落ちる頃には街に入ってしまいたい。


「ヴァルター、あんた重いんだから降りろよ」

「ふざけるな、お前が降りろ。少しは歳上を敬え」


その時だった。

丘の反対側から、こちらに近付いてくる影がアレンの視界に入った。


「ねえ、あれ、人じゃない?」


ヴァルターとマサールも、目をすぼめるようにして遠くを見据えた。

影は人間の形をしているように見えたが、夕日を背にしているせいか、ゆらゆらと形を変え、大きく左右に揺れているように見える。


「……ただの旅人にしちゃ、あの動きは妙だな」


ヴァルターが眉をしかめ、手にした大太刀を背から下ろし、柄を握りしめた。

チリ、と空気が張り詰める。

影はさらに近づき、輪郭がはっきりとしてきた。

夕日に照らされているはずなのに、その肌は異様に灰色がかり、まるで枯れ木のように硬質であることが見て取れる。

そして、顔の輪郭がはっきりした頃。

虚ろな眼窩の奥で、ぼやりと人魂のような光が赤く輝いた。


「死者だ……!」


ヴァルターが低く唸った。丘の向こうから現れたのは、かつては人間だったもの。

恨みを持ったまま死んだ人間が、地脈から魔力を吸い取り仮初の命を得た、()()()()()()


アレンが恐怖に声を失っている間に、死者はすぐ目の前にまで迫ってきていた。

ゆらゆらと大きく揺れているくせに、その動きは妙に俊敏で、こちらに向かって迷いなく突き進んでくる。

――間違いなく、獲物として認識されている。


「アレン、荷車の後ろに隠れろ!」

「おい、ヴァルター! こいつら一体だけじゃないぞ!」


マサールの警告と同時に、丘の向こう側からさらにいくつもの影が姿を現した。

腕がないもの、顔面の欠けたもの、異様に首が長いもの、はち切れそうなほど膨れたもの。

姿は様々であったが、眼窩の奥から染み出るような怨念を抱いた赤い目だけは、どのものも同じであった。


「クソ、この報酬じゃ割に合わねえな」


ヴァルターがため息を吐き、嫌悪を隠しもせずに、背中の大太刀を鞘から抜き去り、飛びかかってきた死者の頭を飛ばした。


「そんなこと言ってる場合かよ! たった一日半でこんなに危険な目に合うことあるか?! 最悪だ!」


マサールも遅れて双剣を抜き放ち、額に冷や汗を垂らしながら、迫ってくる影たちを睨み付ける。


「このままだと間に合わないよ!  街にいっても入れない!」

「言われなくても分かってる! こんな団体様はお断りだろうよ!」


マサールは言い返しながらも、荷車から飛び出した。

もう間もなく日が完全に沈む。

堀の橋が上げられる前に、この死者たちをもう一度冥府に送らねばならない。


「かがめ」


先に飛び出したはずのマサールのすぐ後ろにヴァルターが迫る。

反射的に屈んだ頭の上を、大太刀が一閃。

ビチャビチャと何かが飛び散る音と、胃がひっくり返るような臭気が鼻をついた。

マサールが顔を上げると、ヴァルターは既に次の標的を見定め、大太刀を振るっている。

脇を抜けてくる小者の眉間に剣を突き刺し、ヴァルターが取りこぼした獲物を仕留めて行った。


「おい! こんな悪趣味なもんばっか寄越すな! 後味が悪くて仕方ねぇ!」

「うるせぇ、そいつらの丈が足りねえんだ」


言葉とは違って、マサールの表情は何かを憐れむようだった。

的確に、ただ、的確に。

死者に痛覚などないとしても、これ以上苦しまぬように、確実に頭を破壊していく。


「あー!! なんまんだぶなんまんだぶ!」


表情が険しくなる分だけ、口は軽くなった。

そうでないと、やっていけないとでも言うように。


「マサール、アレンを乗せて走れ!」


視線の先で、道が開けた。

マサールは双剣を引き抜き、体勢を崩さぬまま荷車の方向へ駆け寄る。

怯えるアレンを乱暴に抱え上げ、荷車の上へ放り込んだ。

『しがみついてろ!』と怒鳴る間にも、死者が迫る音が背後から聞こえる。


その瞬間、遠くから甲高い鐘の音が鳴り響いた。街の門の締め切りが迫っている合図だった――。




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