つかの間の平和
子供を寝かしつけていたらそのまま一緒に寝落ちをすると言う失態を……
お待たせしました!
8
昨日の名残りが、ぶすぶすと煙を立てて燻っている。
結局、目が冴えてしまったマサールは、火の番をしていたヴァルターの隣で朝を迎えた。
二人して荷物の底から酒を取り出して、大して意味もない雑談で盛り上がったような気もするが、酸っぱくなりかけた安酒ばかり飲んでいたせいか、どうにも頭がすっきりしなかった。
安酒の悪いところはこれだ。
例え酔うほど飲んでいなくとも、起き抜け一番に頭痛が襲ってくる。
ぼりぼりと頭を搔くと、昨日落とし残した乾いた血がぽろぽろと落ちて、マサールはどうにも気分がわるくなった。
昨日は戦いの興奮と酒ですっかり頭から抜けていたが、血と言うものは思いがけないところまで跳ねるもので、翌日気分悪くなりたくないのなら、何度も頭から水を被って全身丸洗いするのが一番である。
井戸のほうへ視線を向けると、ヴァルターも同じようにすっきりしない表情で雑に顔を洗っていた。
それだけではすっきりしなかったのか、結局半裸になって頭から井戸水を浴びているが、ちらりと横目で見た顔は、昨日よりも険しくなっている。
二人して、今回の酒はハズレもハズレだ。
そんなハズレをちゃんぽんしたところでハズレにしかならないものを、野盗を倒したばかりの沸いた頭で判断して、何もかも間違いだらけの悪酒を飲む羽目になった。
頭痛のあまり半分しか開かない目を無理やりこじあけて、ヴァルターが顔を拭いながら歩いて来るのを確認してから、マサールも立ち上がる。
すれ違いざまに間近で顔を見て、どちらからともなく、お互いにひどい顔だなと乾いた笑いが漏れた。
酒の力は偉大だ。
物事を良くする時もあれば、時には取り返しも付かないほど悪くもする。
だからこそ、恐ろしくも偉大だ。
ヴァルターとマサールの場合は、どうにか良い方向に転がったようだった。
最初の印象はアレでも、野盗に対してきちんと仕事をしたマサールをヴァルターは認めたし、マサールも早々にヴァルターの本質を見抜いていた。
結局のところ、二人とも(ついでに言えばアレンも)孤独で似たもの同士でしかない。
マサールもヴァルターを真似て、頭から水を勢いよく被った。
「冷てえ!」
「当たり前だろ、まだ日が昇ったばかりだぞ」
さっさと服を着たヴァルターが、ガシガシと頭を拭きながら呆れたような声で言った。
辺りはすっかり明るくなったが、肌に当たる風はひんやりと冷たく、井戸水で行水するにはあまりにも低い。
マサールは寒さと自分の頭を伝って石畳に落ちた水の汚さにゾッとして、ガチガチと鳴る奥歯を無視して、二度、三度と井戸から水を汲み上げている。
「お前寒くなかったのか!?」
「寒い」
ケロッとした顔でヴァルターが答えた。
マサールは忌々しげにヴァルターを見て、筋肉量の違いに気が付き、眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
マサールもそれなりに鍛えてはいるが、それなりだ。
元より筋肉が付きにくいひょろりとした体格で、つまるところは、ただのやっかみであった。
マサールの大声で起きたのか、アレンが眠そうな目を擦って起き上がったが、いい歳をした大人が半裸でじゃれているのを見て二度寝を決め込んでそのまま寝転がった。
あの町の子供達は皆、傭兵同士の筋肉についての話が面倒なことをよく知っている。
知らないフリが一番である。
結局、アレンが再び目を覚ました頃には太陽は随分と高くなり、眠そうな顔をしたロバを急かして、町への道を駆けぬけたのだった。