祈り
昨日はすみませんでした!!
お陰様で熱も下がり、何とかなりました!!
普通の風邪でも40度出るもんですね……
皆様も体調崩されませんよう……
パチパチと焚き火の爆ぜる音がする。
ヴァルターはひとり、火の番をしていた。
辺りはしんとしていて、静寂が耳に痛かった。
ちょうどいい枝で焚き火を掻き回すと、空気を孕んだ炎が火の粉を上げながら燃え上がった。
時折、薪を足しながら、暗闇の中で揺れる草の音を聞いている。
マサールとアレンは、ヴァルターと交代ですっかりと夢の中にいた。
余程疲れているのかアレンからは、すぅ、すぅ、と寝息が聞こえ、多少のことでは起きそうにない。
昼間は晴れだったこともあり、うっすらと汗をかくほどであったが、荒野では日が落ちれば一気に冷え込む。
風が出れば体感温度もガクっと下がり、毛布なしでは過ごせないほどだ。
ヴァルターは少しばかり埃っぽい毛布を肩から掛けて、焚き火で温めた酒をひとくち、ふたくち、チビチビとやっていた。
ヴァルターにとって、酒は水とさほど変わりが無い。
味が着いた水と思っている節がある。
流石に、自分の顔と変わらないような大きさの小樽を再利用したジョッキで二、三杯もやれば気分が良くなるが、野宿用のカップごときでは寝酒にもならなかった。
ヴァルターとマサールは見た目も性格も真反対であるが、酒に不満を抱いていることだけはよく似ていた。
そして、美味い酒を知っていると言うことも。
ヴァルターは十八になったころに、成人祝いとして母から渡された酒の味が忘れられなかった。
喉を焼くように強く、鼻から抜ける燻したような煙臭さが未だに記憶に焼き付いている。
あの味に比べたら、そこらの酒場の安酒なんぞ、ツンとした臭いのする水のようなものだった。
思い出したように、パチパチと火の粉を上げる焚き火をかき混ぜてから、ヴァルターが立ち上がった。
手に持ったカップを草むらに放り投げると、大きく屈伸をしてから、何のこともないかのように傍らにあった剣を抜き放った。
すらりと、小さな音を立てて抜き身になった幅広の刀身に炎が映り込んでいる。
「おい、出てこい。酒を浴びせてもまだ臭うぞ」
「クソ! 殺れ!」
その声を合図に、草むらから野盗どもがわらわらと飛び出し、ヴァルターに剣を向けた。
ヂリ、と殺気が首筋を刺し、ピリピリと張り詰めた空気が漂う。
先頭にいる野盗の頬に、たらり。と、冷や汗が伝った。
だが、まだ動かない。
動いたら死ぬ。
いつの間にかマサールは飛び起きて、眠そうに目を擦るアレンを背中に庇っている。
アレンは未だ何が起きているのか理解できていないのだろう。
状況を判断するのに約五秒。
両手は反射的に双剣を引き抜いていた。
マサールの額にも冷や汗が滲んでいる。
それを横目で見たヴァルターがニヤリ、と笑った。
「そのままそうしてろ」
ヴァルターの足元から、もやもやとした影が立ち上り体を覆って行く。
とぷん、と音がして、ヴァルターの姿が闇に溶けた。
そして、一閃、二閃、暗闇の中から太刀筋が焚き火の明かりを反射して、噴き上げた血の香りが広場に充満した。
「アレン、目を開けるなよ」
「う、うん」
背中にアレンを庇いながら、マサールはヴァルターから目を離せないでいた。
見失ったと思えば次の瞬間には野盗の首が飛び、目が追いついたと思えばまた見失う。
これが、冥府の大太刀の真髄か。と、マサールは乾いた笑いが出た。
「マサール!」
ヴァルターの声にマサールがハッとした。
反射的に顔の前に双剣を突き出す。
「おご……ッ!!」
やってしまった。
野盗の手から獲物がカラン、と音を立てて地面に落ちた。
喉元に深く突き刺さった双剣の片割れから、マサールの腕に向かって、どろりとした血液が垂れて行く。
真っ黒に開いた瞳孔と目が合った。
聞こえるのは、自分のひゅ、と詰まったような息と、野盗のゼェゼェと言う呼吸音だけだ。
たった数秒の間が永遠にも感じられた。
「何やってんだ、汚れるぞ」
そう言って、ヴァルターが野盗を蹴飛ばす頃には全てが終わっていた。
広場はすっかり血と臓物で酷く汚れ、鼻が曲がるほどの臭気で満ちている。
「マサール、片付けを手伝え。子供にやらせるつもりか?」
「わかってらァ!!」
片付け、とは。
血の匂いに獣や魔物が引き寄せられないように亡骸を焼いて、骨が粉になるまで焼き尽くすことだ。
賞金首であれば首だけ持ち帰ることもあるが、この野盗たちの顔は手配書には載っていないようだった。
価値もないような金属だけ脇に放り投げて、懐を漁る。
食いっぱぐれて身を落としたのだろうか。大したものもなく武器すらも錆だらけで手入れがされていないのがよく分かる。
亡骸を積み上げて、薪を組んだら油をかけて筵で覆う。
ここを襲う野盗は多いのか、広場の端には筵が山積みになっていて、亡骸があぶられてはね回ることは避けられそうだった。
亡骸が燃え切るまでには時間がかかるものだ。
マサールとヴァルターは順番に井戸に水を組みに行き、頭からそれを被った。
もうウトウトとしているアレンは、流石にあの町の子供であったし、すっかりと目が覚めてしまったマサールのほうが繊細であった。
メラメラと独特の臭いをさせながら、炎が揺れている。
しばらくボーッとそれを見つめていたマサールは、急に思い出したかのように目を閉じて、手を合わせながら頭を垂れた。
「何してんだ」
「祈ってんだよ」
「何に?」
「……わからん」
目を開けたマサールは、眉に皺を寄せて、何とも言えないような顔をしていた。
「わかってんだけど、わからん」
「俺にはお前がよく分からん」
マサールの言うことに頭が痛くなったように顬をグリグリと揉みながら、ヴァルターは巻いたばかりの煙草に火を着けた。
この一服がたまらねぇんだよなぁ、と呟くヴァルターにマサールはお前こそよく分かんねぇな、と返して、どうでもいいような話をしながら、いつの間にか寝ていたアレンを膝に朝日が昇るのを待ったのだ。
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