マサールと言う名の男
2話です。
3話以降、ヴァルターとマサールメインで話が進んでいきます!
マサールは大酒飲みで、帰る家を知らぬ、旅の傭兵である。
しかし、好んでこの生活をしているわけではない。
そもそも、マサールと言う名前もこの世界に馴染むために、咄嗟に出た嘘であった。
本来の名前は「東堂勝」
本名を無理やりこちら風にしただけのふざけた偽名を、何年も使い続ける羽目になった、哀れな異世界移転者である。
マサールは寒さの厳しい東北の、地酒が美味い町で生まれた。
大酒飲みになってしまった原因は、間違いなく生まれた場所のせいだと言い切れるほどに、故郷の米も水も美味い町だった。
日本酒に魅せられたのは、成人してすぐの頃。
地元の小さな酒蔵の、祖父よりも年嵩のいった男とその息子が細々と作り続けているような、知る人ぞ知る、むしろ地元の者しか知らぬ。そんな酒だった。
大学を卒業した春、厳密に言えば新卒で入社した会社の新歓の帰り。
日本酒を扱う会社に入社できたことを嬉しがって、ついつい深酒をした夜のことだ。
若干あやしげな足元を気にすることも無く、この酔っぱらいは、自宅へと続く十字路をご機嫌で曲がって……気が付いたら荒野で大の字で寝ていた。
こうして、なんとも情けない異世界転移を遂げた東堂勝は、傭兵団に拾われ、「遠いところ」から来た旅人のマサールになったのだ。
「冥府の大太刀、ヴァルター・ゴーウェンかぁ……明日行きたくねぇ……」
マサールは翌日のことを考えると憂鬱だった。
なんせ、二つ名持ちの悪名高い傭兵に、一時的とは言え背中を託すことになるのだ。
冥府の大太刀と言えば、戦場の悪鬼だとか、平気で知人の首を跳ね飛ばしただとか、小耳に挟むだけでも震え上がるような噂で持ちきりの男だ。
一度、戦場で相まみえた時なんぞ、音もなく背後に迫ってきたヴァルターから死ぬような思いで逃げ出したのだ。
その時にできた傷跡は、今でもうっすらと残っている。
マサールは、常連化した宿屋の二階の部屋で、ベッドに倒れ込んだ姿のまま項垂れて、明日が来ませんようにと意味もない祈りを捧げていた。
かと言って、依頼を反故にしてしまえば明日の寝床を失うやもしれぬ傭兵暮らしの者にとって、大した理由もなく選り好みをしている余裕など無いのだ。
大きなため息ばかりついていても仕方ないこともよく分かっていた。
「憂鬱だーーーー……」
そう言いながらも体はむくりと起き上がって、枕元にある木製のジョッキに手を伸ばしていた。
マサールは、酒がないと何も出来ないと言い張るほど自他共に認める大の酒好きであるが、この世界の酒はマサールにとって水のような薄さで、何杯飲めども酔えるようなものではない。
酒を飲みながら酒が飲みたいと、矛盾した独り言を呪詛のように吐き出して、ひとりでうじうじとするくらいしか、マサールにできる抵抗などなかった。
きっと明日になれば何事も無かったように、宿屋の女将やここを根城にしている娼婦たちに、愛想を振りまくに違いない。
マサールはよく回る舌を買われて用心棒もどきをする代わりに、ほとんどタダのような値段で部屋を借りているのだ。
愛想良くして悪いことなど何もない。
マサールは、大酒飲みで少しばかり世渡りの上手い、うっすらこの世界に染まってしまっただけの、典型的な日本人だった。
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