何だかわからないまま
年末ドタバタすぎて、間に合いませんでした。
申し訳ございません……!
書籍化作業や、文学賞への応募、他コンテストなど今年はいろいろと活動的な一年でした。
少し早いですが、皆様良いお年をお過ごしくださいませ!
さらに霧の中を進むと、街道沿いに転がる大小の岩が目立ち始めた。まるで大きな何者かが地面を引っ掻いたかのように抉られ、土や石が露わになっている。驢馬はしきりに鼻を鳴らし、行き先を嫌がるように蹄をとどめた。
「ったく、先は長そうだな」
マサールは御者台からそろりと降りて、驢馬の脇腹を軽く叩きながら声をかける。
「わりぃが、戻るわけにもいかねぇんだ。少し我慢してくれよ」
驢馬は短く嘶いて、渋々ながらも足を進め始めた。
一方、先頭を歩くヴァルターは枯れた木々の林立する道の先を睨む。焼け焦げのような痕跡があちこちに残っていて、かすかに煤の匂いが混じる。
「……この辺り、一体何があったんだろうな」
マサールが鼻をすすりながら呟くが、ヴァルターは何も言わない。
やがて、霧の向こうに小さな祠の影が浮かび上がった。崩れ落ちた石の塊と歪んだ土台が辛うじて祠の形を留めているが、もはや廃墟も同然だ。
「なぁヴァルター、誰かいるぞ」
遠巻きにマサールが指差した先で、祠の周囲を右往左往している人影が見える。
近付いてみると、それは亜人の男だった。長い耳と細い四肢が人間とは異なる印象を与えるが、その姿はひどく荒んでいる。破れた衣服からは治りきらない傷や汚れが見え、目は血走って虚ろだった。彼は崩れた祠の石片を必死に掻き集め、何かを修繕しようとしているらしい。
「こんなボロボロの祠を直して、どうしようってんだ……?」
マサールが戸惑いの声を漏らす。
言葉をかけようと近づくと、男はぎょろりとこちらを睨んだ。うわ言のように何かを呟いているが言葉にはならず、ほとんどが呻きのような声だった。
何とか聞き取った言葉が「おくりび」だったとき、マサールは身を震わせ両腕を抱えた。
「……ヤバい奴だ」
送り火は誰かを亡くした時に焚くものだ。冥府の神が神代の時代に姿を隠したまま、祈る相手もいないのに未練がましく火を灯すのだ。
親しい者が死者として蘇らないためにに火を焚く――そんな噂を聞いたことはあっても、それ以上のことは誰も知らない。知ってはならないと聞いていた。
「話が通じる相手じゃなさそうだ」
ヴァルターは早くも興味を失くしたように言った。男は石材を掴んでは乱暴に積み上げ、崩れればまた頭を振り乱しながら拾い上げる。その様子は狂気と悲壮感が入り混じったように見えた。
「祠を直してどうするつもりなんだろうな」
「関わっても得るものはねえだろう」
ヴァルターは柄に置いた手を離し、踵を返す。霧の濃さが増す道を、廃坑へ向けて進まなければならない。
「ま、そうだな。手を貸したところで急に殴られそうだ」
マサールも苦笑して、驢馬を引き連れ後ろを振り返る。石片と土埃の中で、亜人の男がこちらをかまうことなく唸り声をあげているのが見えた。
何だか胸にひっかかるものはある。
男はボロボロで体に引っかかっているようなものあったが、神官服のようだった。
あの祠に祀られていた神の神官だたったのだろうか。
聖職者があんな姿になるまで狂うとは、想像するだけでも身の毛がよだつ。
「行くぞ。廃坑を調査してさっさと報酬を手に入れる。それ以上のことは知らん」
ヴァルターがそう言い捨て、足早に霧をかき分ける。マサールも御者台に乗り直して、驢馬を叱咤した。
亜人の男は祠の残骸を抱えて、いつまでもその場を離れない。そこにどんな希望や理想があるのか、ヴァルターもマサールも分からない。それどころか、自分自身も最早知らないのだろう。
崩れかけの祠には、形骸だけの“祈り”の名残があったのかもしれない。だが、祈りは神と共に、霧の中へ消えてしまった。
やがて、霧がさらに深まる道の先で、二人の姿は重い灰色に溶けていく。後に残るのは、ぶつぶつと意味をなさない言葉を繰り返す亜人と、瓦礫ばかりの祠――その光景だけだった。