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新たな依頼



 街の中に入っても、夕暮れ時の喧噪など微塵も感じられなかった。


 無造作に積まれた砂袋と、慌ただしく走り回る衛兵たち。その光景は、この街が長い時間、危険にさらされていることを物語っていた。


 住人たちは家の中に籠り、窓や扉には厳重な板が打ち付けられている。時折、カーテンの隙間から怯えた瞳がこちらを覗くが、すぐに消える。何かに怯えきった街だった。


「歓迎されてるってわけじゃなさそうだな」


 マサールが薄ら笑いを浮かべて言った。


「それが普通だ」


 ヴァルターは一瞥もくれず、歩調を緩めることなく進む。言葉に温度はなく、淡々としていた。


 マサールの腕にしがみついている少年――アレンは震えが止まらず、顔をマサールの胸に押し付けたまま、街の様子を見ようとしない。


「アレンは、こんなとこに来て大丈夫なのか? 父親だって、こんな場所だと知ってれば送り出さなかったんじゃ……」


 ぼそりと尋ねたマサールに、ヴァルターは肩越しに冷たく答えた。


「大丈夫かどうかなんてどうでもいい。俺たちはガキを母親のところに届ければそれで終わりだ。それ以上でも以下でもねぇ」


 その声にマサールは眉をひそめる。


「お前、時々冷たいっていうか……まるで機械みたいなこと言うよな」


 ヴァルターは答えず、足を止めることなく街の奥へと進み続けた。


 三人はやがて、小さな家の前で立ち止まった。その家は街の他の建物に比べれば手入れが行き届いていたが、窓には物々しく板が打ち付けられており、緊張感を漂わせていた。


「ここだ」


 ヴァルターが簡潔に言い放つと、マサールはアレンを地面に下ろした。アレンは不安げに家を見上げ、足をすくませる。


「さぁ、行け」


 ヴァルターは感情を押し殺したような声で言った。


 マサールがアレンの背中を軽く押すと、彼は小さく頷き、ぎこちなく扉をノックした。扉が開き、中から現れたのは一人の女性だった。アレンを見るなり目を見開いた彼女は、驚きと喜びに涙を浮かべ、勢いよく抱きしめた。


「アレン……!」


 震える声で彼女が名を呼ぶと、アレンも小さな声で応えた。


「ママ……」


 二人の再会を見届けながら、マサールは肩をすくめ、口元に笑みを浮かべる。


「いいもんだな、こういうのも」


「くだらねぇ」


 ヴァルターは冷淡に吐き捨てると、その場を去ろうとする。だが女性が呼び止めた。


「ちょっと待って!」


 ヴァルターが振り返ると、女性はアレンを抱きしめたまま感謝の言葉を口にした。


「本当に……ありがとうございました」


 ヴァルターはちらりとだけ視線を寄越して、その場を後にした。


 その夜、二人は教会の簡素な宿泊部屋を借りていた。窓の外からは門の向こう側で響く死者の呻き声が聞こえてくる。低く、不気味なその音は眠りを妨げる。


「よくこんな場所で生きてられるな、この街の連中は」


 硬いベッドに寝転びながら、マサールがぼやく。


「生きるしかねぇんだろうよ」


 ヴァルターは椅子に座り、大太刀を磨きながら淡々と答えた。


「お前だってそうだろ。戦場で生きるのと同じだ」


 言葉に胸を突かれたマサールは、しばし黙り込む。


 その時、部屋の扉が控えめにノックされた。


「どうぞ」


 マサールが声をかけると、疲れ切った表情の神父が入ってきた。


「すみません。夜分に……」


「新しい依頼か?」


 ヴァルターが問いかけると、神父は静かに頷く。


「ええ、急ぎです。廃坑の調査と、原因の排除をお願いしたいのです」


 マサールが苦笑する。


「厄介ごとが舞い込むのは、まぁお約束ってやつか?」


 神父は深々と頭を下げた。


「どうかお願いします。報酬は十分に用意します。ですが、いつまでこの街が持ち堪えられるかは……わかりません」


 その言葉に、ヴァルターは剣を磨く手を止め、神父を鋭い目で見据えた。


「報酬は後でいい。前払いも必要ない。……原因の見当はついてるんだろう?」


 神父は一瞬躊躇したが、意を決して答えた。


「……地脈の乱れが原因だと思われます。その場所では、死者だけでなく、さらに恐ろしい何かを感じるのです……邪悪な何かを……」


 部屋に緊張が走る。ヴァルターは静かに立ち上がり、剣を鞘に納めた。


「いいだろう、受けてやる」


 神父は安堵の表情を浮かべ、深く頭を下げた。



 翌朝、二人はまだ陽の昇りきらない街の門前に立っていた。霧が漂う街道の先を見据え、ヴァルターが低い声で問う。


「準備はいいか?」


 マサールは肩をすくめ、軽く笑った。


「準備も何も、やるしかねぇだろ。頼むぜ、冥府の大太刀さんよ」


 二人は言葉を交わさず霧の中へと歩を進めた。その先には、未だ見ぬ危険と真実が待ち受けていた。



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