到着
本日は2回投稿!できるはず!
夕陽が荒れ果てた街道を赤く染め上げる。空気は重く、どこか錆びた匂いが鼻を突いた。ヴァルターは荷車の後ろを走り、背後の死者の群れをちらりと振り返った。
ひしゃげた骨、爛れた皮膚。
次々と湧き出た異形が街道を埋め尽くし、こちらを目指して蠢いている。
「急げ、マサール!」
ヴァルターが叫ぶと、御者台に座るマサールがヴァルターに視線を向けた。
「これ以上どうしろってんだ! 急がせてどうにかなるならさっさと逃げ切ってる!」
マサールは片手で御者台を握り、もう片手で短剣を抜いた。
ヴァルターの脇を抜けて近づきすぎた死者が、車輪や驢馬に噛みつこうとする前に、その頭を勢いよく斬り払う。
腐った肉が飛び散り、驢馬が鼻を鳴らして怯えた。
荷車の中では、アレンが身を小さくして震えていた。迫り来る恐怖に頭を抱えて身を低くしながら、小さな声で母親を呼んでいる。
その声が耳に届くたび、マサールは眉を寄せて舌打ちをした。
「ヴァルター! あんたもこいつらの相手してくれ! 片手じゃ無理だ!」
「言われなくてもやってる!」
刃が一閃する。死者の首が刃の軌跡に沿って吹き飛び、地面に転がった。
後続の死者たちはまるで怯むことなく、うぞうぞと集まってくる。
「まだか!」
ヴァルターが叫ぶ。
マサールが前方を確認すると、橋の向こうに堅牢な街の門が視界に入った。だが門はわずかに開いているだけで、門番たちが松明を掲げてこちらを見つめている。
「驢馬はあそこまで持てばいい! つっこめ!」
「分かってるよそんなこたァ!」
死者の数は街に近付く度に増え続けている。
ヴァルターたちを追って、堀の橋の手前に群がるその姿は、砂糖に群がる蟻のようだった。
荷車が橋を渡って門の手前まで滑り込むと、門番の一人が叫んだ。
「……お前まさか!?」
門番の顔が引きつる。彼はヴァルターの顔を知っていた。冥府の大太刀と呼ばれる実力も、戦場での噂も、半亜人の傭兵と言うこともだ。
「死者を連れてくるな! これ以上街を穢す気か!」
「ふざけるな、早く開けろ! この街の子供が乗ってるんだぞ!」
マサールが叫ぶ。
門番たちは顔を見合わせて何やら話し込んでいるが、ついに一人が叫んだ。
「開けろ!」
重い扉がゆっくりと動き始めた。その間にも、死者たちは荷車のすぐ後ろでヴァルターの手によって葬られている。
堀のあたりから急に動きが鈍くなったが、死者たちは三人を喰らおうと手を伸ばし続けていた。
「早く!」
マサールが驢馬を叱咤しながら御者台で振り返った瞬間、また死者が一匹飛びついてくる。マサールが剣を振るい、その頭を叩き落とす。
「よし、行け!」
人三人分ほど門が開いた瞬間、荷車が街の中へと滑り込んだ。
門が地響きを立てて閉ざされる。その瞬間、死者たちがぶつかり、金属の扉を叩く音が響き渡る。
堀の向こう側では、死者の群れが蠢いていた。
濁った堀の水が、死者の一部をかき消すたび、すぐにまた新たな死者が現れ、同じように溶けるように消えていく。
門番たちが堀を見下ろし、唾を飲み込んだ。
堀の浄化をする聖職者が、堀から街へ引き入れられている水路の端で、祈りを捧げていた。
その祈りで堀の水がかろうじて死者を阻む力を持っているが、死者が多すぎる。
堀の水は徐々に黒く濁り、いくら祝福された聖なる祈りでも手に負えなくなっていた。
ヴァルターは舌打ちをした。
「やっとの思いで街に着いたのに、この有様か」
彼は剣を鞘に納め、荷車から降りると、振り返らずに門の奥へと歩き出した。
背後ではマサールがアレンを抱きかかえながら御者台から降り、彼を慰めていた。
ほっと息をつき、一先ずは安堵した表情を浮かべている。
だが、街の人々は知っていた。
堀の力が尽きれば、この街もまた長くは持たないということを。
さっさと、立ち去ろうとするヴァルターの背に、門番たちの視線が突き刺さる。
「ヴァルター」
マサールが諌めるように名前を呼んだ。
「言われなくても分かってる。先にアレンを渡して、食事と睡眠だ。俺たちは傭兵だ。まずは依頼を全うしろ。追加で依頼があれば動いてやる」