ヴァルターと言う名をした男
初めまして、もしくはお久しぶりです。
世界観同一の未発表作品の書籍化が決定したので、web版として単品でも楽しめる話を書きました。
最初の2話はキャラ紹介ついでの独白のようなものですが、雰囲気を楽しんでもらえたら嬉しいです。
3話~の本編は毎週水曜日21時更新の予定ですが、ストックが少ないので多少前後することもあるかもしれません。
ヴァルター・ゴーウェンは旅の傭兵である。
あちらからこちらへと根無し草のようにゆらいで、その先に戦場があれば、弾いたコインの裏表で加勢する陣を決めてきた。
ヴァルターにとって人なんぞは、どこの属国の輩も同じようなもので、蔑んだ目で嫌味臭く見下すか、逆に熱が篭ってどろりとしたような目で、ねぶるように見つめられるかの二択だった。
ヴァルター・ゴーウェンは人ではない。
正確に言えば、半分しか人と認められてはいない。
大陸全土を人間の国に統一され、属国同士が小競り合いを続ける中、ヴァルターのような半端者や人ならざる者は、ほとんど無き者として扱われている。
人が信仰する神は人だけを産み、愛した。
神の子ではない「人ならざる者」は存在すら疎まれ、憎まれるのだ。
ヴァルターはオークの父と人間で傭兵の母の元に生まれ、18になると、かつての母のように戦場へと足を踏み入れた。
血と砂埃の舞う戦場は、ヴァルターにとって居心地の良い揺りかごのようなものだった。
家畜の子と理不尽に石を投げ付けられるよりも、卑下た輩に伸びた黒髪を鷲掴みにされて路地裏へ引き摺り込まれるよりも、よっぽど息のしやすい場所だった。
断末魔が、悲鳴が、子守唄のように鼓膜を揺らして、勝鬨を聞いた夜にだけ、どこの誰かも知らぬ女の腕の中で、幼子のように眠る。
傭兵の世界はある意味平等だ。
腕っ節と名声があればいい。
それだけで、認められるのだ。
ヴァルターのような者にとって、戦場と、そこに住まう者たちの世界が居場所であった。
「ヴァルター? 起きたのかい?」
「……あー……」
ぼやけた頭で娼婦が己の名を呼ぶ声を聞いた。
うっすらと、嫌々開いた目の隙間から朝日が差し込んで来る。
翡翠色の隻眼を再び、ぎゅっ、と絞るようにして、ヴァルターは頭まで布団に潜り込み、その声を聞かなかったことにした。
宿の者に叩き出されるまでは、久しぶりのベッドでぐっすり眠りたかったのだ。
娼婦は聞き分けのない子供にするように小さく笑って、ヴァルターはでかい図体して甘えん坊だねぇ。なんて、少し揶揄うような言葉を呟いた。
「あんただけだぞ、そんな事を言うのは」
「そりゃ光栄なこった! あの冥府の大太刀の馴染みなんか、私じゃないと務まらないさ!」
娼婦との付き合いは10年になる。
ここもまた、ヴァルターにとって少しの安寧が約束された場所だった。
戦場では誰もが恐れる傭兵を、この12も歳下で姉御肌の娼婦だけは、侮蔑でも損得勘定でもなく、まるで駄々をこねる子供のように接している。
それが、ヴァルターには心地よかった。
ヴァルターは、特定の友を持たなかった。
戦場から戦場へと流れ着く度に傭兵の顔ぶれはガラリと変わるものであるし、昨日酒を交わした男の冷たくなった背中を足蹴にして生き残ったこともある。
血で血を洗い流し、命を賭けるにしてはあまりにも寂しい数の金貨を握りしめて、小競り合い続きの属国と属国に挟まれた街に帰ってくるのだ。
ほとんど見捨てられたようなこの街の住人も、傭兵と似たようなもので、5年もすれば行き先も生き死にすらもわからない。
そんな中で、この娼婦とヴァルターはしぶとく生き延びていた。
そこに妙な縁が生まれたのは、必然だった。
友と呼ぶにはお互いを知らず、とは言え付き合いだけは長くなりすぎたような、曖昧な関係が2人にはよく合っていた。
「あんた、もう行くんだろ?」
「ああ」
しぶしぶベッドから起き上がったヴァルターは、娼婦の豊満な胸元に追加でチップをねじ込んだ。
娼婦はまいどあり! と、上機嫌で部屋を後にし、軽やかな足取りで街に繰り出したのだ。
ヴァルター・ゴーウェンはそんな冷徹で、非常に人間臭い男だ。
脳みそを雑巾絞りにして書いているので
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