視線の先の君は今はもう
大学受験を控えた休み前の高校最後の夏。教室の前の席に座る彼女の頭をぼんやりと眺めていた。ただ、何となくで、彼女が急に振り返ってびっくりした。
「マツイさん、どうしたの?授業中よ」教壇の教師に注意されて、彼女は困った顔をした。
「いや、あの…何か視線を感じたので」
俺のせいか?いや、その前に視線に気づくものなのかと、反射的につっ込んでしまった。
「お前はエスパーとか超能力者か!」と。
「ササキ君まで、二人ともいちゃつくなら授業が終わってからにしなさい」
注意された。
「はい」
「いや、そんなつもりはありません」そう言い返すのが精一杯で、周りからはくすくすと冷やかすような笑い声が聞こえた。
「何だ、お前たち付き合ってるのか?熱々だな」そう言ったのはタナカで「タナカ君もいい加減にしなさい」
奴も教師にそう注意されていた。
彼女は地元の大学に進学し、俺は東京の大学に進学し、そのまま東京の企業に就職していたので、もちろんだが彼女との接点はなかった。
そんな中、ドラマや映画のような奇跡の再会をするとは。それは俺だけではなく、彼女自身も予想していなかったことだ。
会社の同僚に誘われ、嫌々ながら参加したコンパで、そこに彼女が出席していた。
「お、…お前はマツイか?」
高校の時より、かなり大人びた彼女だった。
「ササキ?え~偶然だね」
俺たちを見た同僚は少し驚いた顔をした。
彼女は転勤で東京に来ることになったらしいのは、後で聞いた。
「何だ?何々?」
「え~二人とも知り合い?」
周りからの声が鬱陶しく感じた。
だが、俺と彼女が二人きりで会うことになったり、下の名前で呼び合う仲になるのには、そんなに時間は必要とはしなかった。
「マキ、次の休みはどうする?」
「どうしようかな。テツヤはどこか行きたいとことかあるの?」
そんな彼女は今はもう…。
あの頃の彼女は今はもう…。
「もう、テツヤ。何、耽ってるのよ。私、今料理で手がはなせないから、ユキのおしめを替えてあげて。早くしてね」
ユキとは俺と彼女の子どもで、昨年に生まれた我が子だ。
「わかってるよ。ねえ?ユキ、ママは恐いね~」
「バカなこと言ってないで急いで」
「はいはい、ユキちゃんはいつも可愛いね~」
手際よく、ユキのおしめを替えた。もう慣れたものである。
「本当にもう」
「なあ、マキ」
「うん?どうしたの?」
「俺たちさ」
「何よ」
「愛してるよ」
「もう、バカね。私も愛してるわ」
そんな彼女は今はもう…。
あの頃の彼女は今はもう…。
母親になり、俺の大切な人になっていた。
視線の先の君は今はもう