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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

高嶺の百合の咲かせかた

作者: kopfkino.

 あたしの名前はたてはなもみ。何処にでもいる普通の女子中学三年生……だったら良かったんだけど、実際には仕事の忙しい両親の代わりに妹二人の世話をしているちょっとお姉ちゃんレベル高めの大人びた女子中学生。背が低く童顔である部分に突っ込んではいけない。

 もちろん妹達のお世話は好きでやっている事だし、彼女達はあたしと違ってそれはもうキャワイさの権化なので、苦じゃない。


 そんなあたしは今、究極の選択を迫られていた。


「ピークスリリエン女学院に入学するか、地元の高校を選んで妹達のお世話を続けるか……どうしよ〜!?」


 そう――なんとあたしは、隣町にある格式の高い超々お嬢様学校の特待生に選ばれてしまったのである。えぇ〜っ!?

 合格通知が来た当初は沢山の何故《Why》何故《Why》妖精さん達が頭の中を飛び回っていた。

 それもそのはず。あたしの学力は確かに良いけどずば抜けている訳ではない。

 それに受験で受かったとしても、ピークスリリエン女学院は学費が高過ぎて入れない学校なのだ。


 では何故受験したのかというと、ちょっと同級生のお嬢様というものを見たいという下心があったからである。まあ試験を除けば女学院の洗面所内が良い匂いだったことしか憶えていないけど。


(まさかっ、難問らしき選択問題を適当に回答したのが逆に吉と出てしまうなんて……)


 そんな事に幸運発揮してくれるなら、試験前日に合格祈願で引いた宝くじが当たってくれればよかったのに……っ!

 人生中々上手くいかないものらしい……とほほ。


 地元のお婆さま方はみんな褒めてくれて、最初こそ気分は良かった。


『紅葉ちゃんすごいわねぇ』『ピークスリリエン女学院に受かったって本当?』『しかも特待生だなんてすごいわぁ!』


 あたしは正直者なので、言いふらして自慢した。嬉し過ぎてスキップしてたら道端で転けてしまうくらいにはウハウハだった。

 まあそんな幸せも束の間だと知る事になったのだけどね。


 ピークスリリエン女学院は全寮制。

 現実的に考えて妹達の世話が出来なくなってしまう。

 なんとか理由を付けて実家から通うにしても、隣町までの交通費があるし、移動時間を考えれば家事どころではない。


「紅葉姉、私達の心配なんてしないで!」

「ピンクピエンピエン学院でビックなお姉になって欲しいの!」


 悩んでいるあたしのぼっち相談会へ、愛しの妹達……あおしろが参入してきた。

 由緒ある女学院をそんな酷い名前で呼び間違える妹の方がもう既にビックだとお姉ちゃんは言いたい。

 でもまぁ妹達はまだ子供。厳しくしすぎるのは良くないので叱る選択は避けた。


「じゃあピークスリリエン女学院、入学するかぁ」


 正直、あたしは入れるなら入りたい。

 だってお嬢様達の花園だよ? あたしみたいな地味な庶民は三年間ぼっちかもしれないけど、近くで観察できるだけで最高じゃん。


「流石紅葉姉チョロい〜」

「うるさいやい! 青葉達はあたしがいなくて大丈夫なの? お姉ちゃんは心配だよ」


 あたしの教育のお陰で、妹達もそれなりにしっかり者に育った。このようにちょっと棘はあるけど、根は良い子なのだ。

 一応お母さんの長期出張が終わるらしいので保護者には困らないけど、あたし自身が心配なのである。

 しかし――。


「お姉こそ、思い込み激しいんだから気を付けてね?」

「喧嘩しちゃダメだよ!」


 お母さんの代わりに数年間お世話してあげたのに、姉に対する印象が酷い。

 とはいえ、こんな生意気言うのは、あたしに自分達を心配せず女学院へ行ってほしいという意味なんだろう。きっとそう思ってくれているに違いない。あたしは姉として誇らしいよ。


「お姉ちゃん、ビッグな女になってくるよ!」


 こうしてあたしはピークスリリエン女学院へ進学する事を決意したのである。

 何故か妹二人は苦笑いを浮かべて送り出してくれたけど、言葉には出してくれない期待をあたしは察した。



 ***



 色々な期待を背負って入学したピークスリリエン女学院。あたしは浮いていた。

 何故かって? そりゃ――。


「新入生代表、館花紅葉さん」


 突然そんな事を言われてもお客様困ります。早くこの夢を覚ましてくださいませ! えっ夢じゃない!? うそぉ……。

 知らなかったけど、あたしは主席合格だったのだという。実はあたし、天才属性持ってました?

 なんて浮かれた矢先――。


「さっ、桜の花が――綺麗でしたね〜?」


 あたしは新入生代表挨拶で盛大に滑り、全校生徒の前で恥を晒した。

 準備も覚悟もしていなかったのだから当然の話。むしろ普通のお嬢様ならアドリブでそれっぽい事を言えるのかと突っ込みたい。


(さようなら、あたしの華々しい高校生活)


 別に華々しさは求めていなかったけど、本当にぼっちになってしまうとは思わなかった。


 入学式が終わりお昼の時間。

 午後からまたオリエンテーションが始まるらしいけど、新入生を歓迎して今日は食堂が昼食をサービスしてくれるのだという。


 ここに入学したお嬢様達にとって食堂の昼飯一回分なんてはした金にすらならないだろう。けど庶民のあたしはよそよそしく一番安い定食を選ぶ。

 何故なら食堂側はサービスと言いながら、しっかりとお嬢様達を美味の沼に嵌める策略に違いないから。あたしのような天才にはわかってしまうのだ。


「あっあの子新入生代表の――」

「しっ! あれは庶民でしてよ」

「わたくし達の学年、ハズレ年扱いされたらどうしましょう」


 ヒソヒソと声が聞こえる。

 小さな声の中にあたしの名前が聞こえて、つい陰口を聞いてしまった。

 まあ新入生代表挨拶に限ってはあたしが悪いので、多少は言われても仕方ないと思う。マジでごめんだよ。


 あたしは食堂の中に空いているテーブルを探し座る。

 同じテーブルに座った同級生らしき女子達が、あたしを除いて笑い合っていて温度差が苦しい。もう友達出来たの? 早くない? コミュ力富士山かよ。

 もっとお嬢様達ばかりの慎ましい雰囲気を想像していたのに、割と年相応にキャッキャウフフしているのが逆に辛い。庶民も混ぜてー!


 疎外感を覚える中で、食堂の隅に明らかに独りの女子がいる事に気付く。

 リボンの色から察するに二年生の先輩。

 彼女の座るテーブルに同席する者はおろか周囲には誰一人として寄せ付かない。

 あたしと同じナカーマ発見! ……と期待しそうな所だけど、彼女に誰も近付かない理由を察してしまった。

 彼女の容姿と仕草そして雰囲気は、文字通り次元が違った。

 あまりにも綺麗な彼女は、たった一人でいる姿が絵になっているのだ。

 最早、見ているあたしが呼吸を忘れてしまうほどに――むごごっ、すーはーっ!


「あの人がそうなの?」「うん、音羽先輩だって」「すごい綺麗」「お近づきになりたいけど……」「眩しくて近づけませんわぁ」


 同じテーブルの同級生達の会話を盗み聞きするに、あの先輩は望月音羽先輩なのだという。

 なんと彼女に憧れてこの学校に入学した者もいるくらいの有名人。その気持ちはあたしも充分に理解した。

 孤高の彼女は存在感があって、つい目を引かれてしまう。


「あんな方とルームメイトになりたいですわねぇ」


 ちょっと気になるワードに耳を傾ける。

 ピークスリリエン女学院は全寮制であり、あたし達新入生は午後のオリエンテーションの後に寮室が決まるのだ。

 女学院の財力を考えれば一人に一部屋用意出来そうなものだが、これは意図されたものである。

 女学院の方針で、違う学年と二人一組で生活を送ることで、先輩後輩関係を重んじているのだという。

 ルームメイトの選定は、相応しい者二人を吟味して決めるらしい。


 ここでお気づきかもしれない……そう、人数調整が難しいのではないかという問題があること。

 しかし、そんな人数調整の為にあるのが特待生制度。それ故に特待生での入学はとても狭き門らしい。


「そういえば知ってる? 今、音羽先輩のルームメイトって空いてるらしいよ」


 ルームメイトの話題に、さっきまで話題になっていた音羽先輩が出てきた。

 まるで内緒話でもする様に小声だが、流石に同じテーブルのあたしには聞こえる。それとも、あたしの陰薄すぎ……!?


「え、知らない。どうして?」

「元ルームメイトが退学したんだって。家庭の危機だったらしいわよ」

「可哀想だけど、ここの学生ならあり得るわね」


 家庭の危機というワードのあたしはピクリと反応する。あたしだって妹達に何かあったら、退学するかもしれない。

 どうやら音羽先輩の元ルームメイトは、実家が料理屋を営んでいたらしく、人手が足りなくなった事で自主退学を決意したらしい。

 あたしも同じ庶民なので、危機管理を大切にしないとねっ!


「え〜っ!? あの二ツ星レストランのご令嬢がいらしていたんですの……!?」


 ――と思ったら、件の料理屋は高級料理店であり、人手が足りないのはそれなりの腕前を持ったシェフが足りなかったのだという。

 そもそもお嬢様達が語る「普通」は、あたしにとっては「上流階級の」という修飾語が付けられる世界。

 勝手に同族だと思ってごめんなさい先輩。


「何にしても、ルームメイトがどんな先輩になるか、楽しみですわね」


 その後は、音羽先輩だけでなくこの女学院にいる美人な先輩の話から、ルームメイトがどんな先輩になるかの話題に花を咲かせていた。

 トレーや食器を片付けようとする際、同席していた生徒と目が合った。


(あれ、もしかして……あたしが話しかける待ちだった!?)


 気付いた時にはもう遅し。あたしは自分のコミュ障を呪った。……明日話しかけてみよう。

 それよりもルームメイトが誰なのか――あたしだってドキドキで胸がいっぱい。

 同級生達が話していた音羽先輩を始めとする美人先輩達と同室になれたら、華やかな学園生活を送れるに違いない。


(まあ……幾ら主席合格でもあたしパッとしないしザ・庶民だから、選定が吟味される時点で期待するような事にはならないんだろうけどね)


 それでもあたしに優しい先輩なら大歓迎。

 一応あたしは地元でもお婆さま達から肩揉みが上手いと評判の小娘。年上とは上手くやれる自信がある。


 楽しみだなと思いながら午後のオリエンテーションに行こうとすると、再び視界に音羽先輩の姿が映り込み、目を釘付けにされた。

 さっきよりも少しだけ近い距離――先輩からは、微かな寂寥感が漂っているように感じた。


(まっ、気のせいかな)


 あたしにとって音羽先輩は高嶺の花。

 美しい花が咲く峰は高く、霧がかかっているもの。

 一瞬掴み取ったモヤは、即座に立ち消えた。



 ***




 クラス決めと同時にルームメイトとなる先輩の名前も張り出される。

 あたしは自分の名前を探していると、何故だか周囲から視線を感じる。

 何々? あたし注目されるほど良い先輩とルームメイトになっちゃった? ……ってなってるー!


『館花紅葉 | 望月音羽』


 おかしい。ルームメイトには相応しい者が選ばれるはず。はっきり言って主席合格を除く品性や容姿、家の格といったあらゆる要素が釣り合わない。


「音羽先輩のルームメイト誰?」「主席の特待生!?」「あんな地味な子が?」「ないない(笑)」


 そして聞こえてくる陰口。

 このままじゃ絶対いじめられるー!! 華やかなあたしの新生活が大ピンチだよ!

 あっ、きっと何かの間違い。うん、絶対そう。

 あたしは沢山の同級生からの注目を浴びながら、職員室へ向かった。


「えっ、ルームメイトですか? 合ってますよ、望月さんです」

「で、でもでもっ、あたしじゃどう見ても相応しくないじゃないですか?」


 もちろん音羽先輩が嫌なわけじゃないよ? むしろあんな綺麗な先輩と一緒に暮らせるなら幸せとしか言いようがない。

 だけどあたしは身の丈って大事だと思うんだ。

 こういう部分があたしなりの誠実さだと思うから、ちゃんと知っておきたい。


「あまり選定の方法は教えられませんが、これから大変でしょうし、少しだけ教えましょう」


 先生はあたしに近づき、少し小声になって話し出す。何故か同情の表情をされたので、遠慮なく耳を傾けた。


「館花さんは本学へ志望する時、面接試験で妹達の世話をしており家事が得意と言っていましたよね?」

「あ、はい。それが?」


 話が読めないあたしは首を傾げる。


「それが理由なのです。兎も角、実際に望月さんと生活してみればわかると思いますよ」

「は、はあ」


 面接試験の合格基準に関わるのか、本当はあまり話しちゃいけないらしいので、追求はやめておいた。


 そんな訳で、結局あたしは寮室の前まで来てしまった。

 表札に並んだ名前を見て、本当にあたしでいいのかなぁなんて思いながら、あたしは戸を開いた。

 たのもー!


「初めまして先輩、あたし一年の館花も……はあ?」


 寮室に入った瞬間、やけに暗いと思った。カーテンを閉めて電気をつけ忘れたのかとか考えていたけど、目の前の光景が原因なのは一目瞭然。

 散らかった衣類と書類、そして段ボールの数々が窓際に積み上がりカーテンの代わりに遮光している。

 そして、暗くて輪郭のぼやけた幽霊の如く佇む女性の姿。

 念の為外に出て表札を確認し直すと、やはり見間違いではなかった。


「どうしたの? 変な子」

「いえ、お気になさらず」


 再び寮室へ入ったあたしは、一先ずカーテンを閉めてから電気をつけた。

 顔が見えないのでは、自己紹介の意味もない。あたしはまず形から入る系女子なので。


「改めまして先輩、新しくルームメイトになった館花紅葉と申します」

「望月音羽……よろしく」


 あたしを変な目で見る先輩は、スマホを片手に床に佇み動く気配がない。

 自己紹介も素っ気なくて、なんだか上品さが欠いている。

 それでも、近くで見ると本当にお顔がちょー美人。息が、息がぁ……ってそんなことより――。


「あの音羽先輩、お部屋が散らかっているみたいなんですけど、これは?」


 見るからに酷い部屋の有様。まるで不審者が入り込み荒らしたような光景を見渡す。

 一体これはどういう事なのだろうか。


「家事はいつも、朱美がやってくれたから」


 あけというのは確か、先輩の元ルームメイトだったという退学した三年生の名前だったはず。

 確かに面接で家事全般が完璧だと豪語した気がしたけど……もしかしてそういうこと?

 でもこれはズボラなんて域を超えている。これがお嬢様の普通!? いやいや、そんな訳ない。


「でも、朱美いなくなっちゃった」

「それじゃあ、先輩が片付ければ――」

「面倒くさい」


 面倒くさいぃ!? え、なんで?

 どうみたって無視できない散らかり様なのに、面倒くさいだけで片付けなかって……これがお嬢様クオリティ?

 あたしの中で、少しずつ音羽先輩に対するイメージが崩れていく。

 入学早々、目を奪われてからあたしの中で密かに抱いていた先輩に対する「理想のお姉様」という偶像に、ヒビが入っていた。

 そして、次にあたしの目に入ったとあるモノの存在が、偶像を粉々に破壊した。


「あの先輩……これは何ですか?」

「何って、カップラーメン知らない?」


 むしろ庶民であるあたしの方が先輩よりも知っている。


「知ってますよっ! そうじゃなくて、仮にもお嬢様である先輩がなんでカップラーメン?」


 容姿ばかりに目がいくが、音羽先輩は正真正銘のお嬢様。彼女は日本を代表する大手車メーカーのご令嬢である。

 それがインスタント食品を部屋に積み上げてピラミッド作っていたのだから、衝撃ものである。

 しかも、何故か全てがシーフード味。バリエーションのバの字も無い。


「私、料理できないから」

「食堂があるじゃないですか!」


 朝食昼食夕食全て食堂は提供している。

 こんな不健康な食生活をする必要はないのだ。


「……行くの面倒くさい」


 しかし先輩の理由はシンプルだった。

 そして同時に気付く。音羽先輩はもしかしなくても、とんでもないダメ人間なのではないかと。

 はっきり言って、人間レベルがあたしの妹二人よりも低い気がする。

 仕方ない。そうとなれば――。


「わかりました。一先ず先輩、このお部屋を片付けます。手伝ってください」

「朱美は手伝うなって――」

「あたしは朱美先輩ではないので、厳しくいきます」


 異議は許さないと促すと、不貞腐れた顔をしながらも先輩は言うことを聞いてくれる。

 根っからのダメ人間という訳ではないみたいだ。

 恐らく朱美先輩という人が家事万能で、あたしはその後釜に座らせられたという事だろう。


 だけど、あたしは朱美先輩じゃない。

 改善が見込めるなら、自立できるように促した方が音羽先輩の為になるはずだ。


「それと、今日の夕飯はあたしが作りますからっ……いいですね? 音羽先輩」


 先輩はちょっと驚いた顔であたしと目を合わせながら頷いた。

 うっ……顔がいいので、急に上目遣いをされると困る。上品で美人なイメージばかりが付き纏っているけど、可愛らしい部分もあるらしい。


 戸惑う事は多いけど、あたしはポジティブに考える事にした。それだけがあたしの取り柄かもしれないから。


 今日出会ったばかりの先輩。最初は憧れた女性。

 そんな望月音羽というルームメイトの先輩をあたしはまだよく知らない。

 だけど――まだ先輩はやり直せる。

 何故ならまだ全校生徒にはダメ人間な音羽先輩が知られていないから。

 あたしは音羽先輩に、みんなの「理想のお姉様」でいてほしい。

 その為に、後輩として先輩を教育しようと決心した。



 ***



 寮室のお片付けと掃除を始めてから一時間と少し立ち、大分綺麗になった。

 そこまで時間が掛からなかったのは、書類整理をまとめて段ボールへ入れることで後回しにしたのと、細かい箇所の掃除は道具を買ってきてからという事になったからである。


「どうです? 綺麗になったでしょう」

「うん、そうね」


 素直に頷く先輩。結局、私が言うままに整理整頓をさせてしまったけど、学校から怒られたりしないよね? いや、望月のご令嬢がダメ人間になってたら学校だって困るだろうしないない。


「いいですか? ルームメイトは協力して生活するものなのです!」


 そういうわけで、厳しくいこうと思う。


「音羽先輩はあたし達新入生にとっては、『お姉様』にあたる自覚ありますか?」

「私、妹はいない」


 知らないけど、あたしに対する態度から何となくそれは察していた。これでもあたしのお姉ちゃんレベルは高いので、わかってしまうのです。


「そういう意味ではなく、親しみを込めてそう呼ばれるんです!」

「そういえば、朱美もそう呼ばれてた」


 そう言う彼女は朱美先輩のことを呼び捨てらしい。まあ雰囲気からして音羽先輩は三年生と間違われてもおかしくないくらい大人びているから、違和感はないけど。


「朱美が三年生になっても残ってたら……そう呼んでみたかったな」


 ポロリと零れた台詞に、ハッと気付く。

 そっか。てっきり朱美先輩という人は三年生になっていたと勘違いしていたけど、あたしが入学する前に退学しているのだから、そうじゃない。


「学年は関係ないですから、音羽先輩は自分が立派になってあたしに『お姉様』と呼ばせてください」

「……? 呼んでいいよ」


 わかってないにゃ〜……。


「親しみと尊敬が必要なんです、音羽先輩。今の先輩にあたしは尊敬の『そ』の字も感じていないので」

「私、ディスられてる?」


 今更気付いたのか、しょんぼりした顔になる音羽先輩。今まで軽蔑の眼差しなんて浴びたことがなさそうだし、当然か。


「ディスられたくないのでしたら、しっかりしてください。これ、出会って一日の後輩に言われる事じゃないんですからね」

「わかった。よくわからないけど、『お姉様』って呼ばれるように頑張る」

「その意気ですっ! では、頑張った先輩の為に夕食はあたしが振る舞ってあげます」


 胸を張って宣言すると、音羽先輩は目を見開いた。

 鞭ばかりだけでは成長しないだろうし、ここは飴をあげることにする。

 あたしは朱美先輩という方がどれだけ料理できたのか知らない。だけどあたしだって、妹達の為に真心込めて数年料理をしてきた。腕に自信はあるのだ。



 ***



「ご馳走様。朱美と同じくらい美味しかった」


 音羽先輩からの評価は期待通りだった。

 客観的には微妙かもしれないけど、先輩の頬は緩んでいるのであたしは成功だと誇りたい。

 先輩の美麗な肌なども、きちんと栄養を考えて料理しなければ……そしていずれは先輩にも料理を学んでもらうつもりだ。


「お粗末様です。先輩、手料理の方がカップラーメンよりも美味しかったでしょう?」

「うん」


 どうやら先輩はわかってくれたらしい。

 頑固というより、何処か投げやりなところを感じていたので、水を得た植物のように晴れた先輩の顔が見れて良かった。


「――それに 朱美が居なくなってから誰かと食事するのは久しぶり」


 カップラーメンばかりの食生活が知られていれば、誰かが噂を立てていただろうし、何となくそんな気はしていた。


「――ありがとう、紅葉」

「……あっ」


 しかし、先輩の口から感謝の言葉を頂けるとは思ってもいなかった。

 それにあたしの名前、初めて先輩から呼ばれてしまった。その澄んだ美声で呼ばれると、スッと落ち着く。


「もっと朱美にこうしてお礼を言いたかった。私は朱美の料理が当然毎日食べられるものだと思っていたけど……違ったから」


 そういう事か……。先輩から感謝の言葉を述べられ驚いたのは、先輩がそんな事言いそうな上品さを欠いていたからだけじゃない。どうにも言い慣れていない感――一種の恥じらいのような赤面を目の当たりにしたからである。


 しかし、次には何かを思い出したかのように俯く音羽先輩。


「もし私がちゃんとお礼言えてたら、朱美は今年も一緒にいてくれたかもしれない……」


 朱美先輩という人が彼女の中で大きな存在なのはわかってきたけど、流石に未練がましい気がする。

 もしかしてあたし、嫉妬している? ま、まっさかー……。

 というか、話を聞いている限りじゃ朱美先輩が自分に愛想尽かしたから退学したのだと嘆いているように聞こえる。でも、あれ? それは違くない?


「あの……朱美先輩は実家のレストランに人手が足りなくて自主退学したんですよね?」

「……えっ?」


 事実確認を行ったつもりが、先輩の口から間抜けな声が零れた。


「もしかして――知らなかったんですか?」


 そういえば先輩を食堂で見た時、彼女は一人で周囲に誰一人座らなかった。

 先程「誰かと食事をしたのは久しぶり」と言っていた通りだとすると、もしかして彼女には朱美先輩以外の友達がいなかったように思える。

 気持ちはわかる……音羽先輩は友達にしたいというより、羨望の眼差しを向ける相手で近付きづらい。

 孤高の花として、周囲からも眺められる立場にいるように感じた。

 それ故に、噂の一つも知らなかったのだろう。


「そうなの……?」

「いえ、あくまで噂なので事実かはわかりません。けど少なくとも先輩の憶測よりは現実的な話だと思いますよ」


 あたしの言葉に動揺しながらも、若干震えた手でスマホを操作する。

 誰かに確認を取っているんだろう。


「……話の通じる先生に聞いたら、本当だって。そんな……私、ずっと知らなかった」

「朱美先輩は、音羽先輩に心配をかけたくなかったんだと思いますよ」


 正直、あたしは朱美先輩の事をそこまで良い人だと言い切りたくない。

 散々先輩を甘やかして置いていなくなるなんて、育児放棄か! ……と文句を言いたくなる。

 だけど過保護だからこそ、心配をかけたくない気持ちはわかる気がした。あたしだって妹達に何も言わずしてこの女学院に進学した方が、何倍も楽だったと思う。まあその分、後から心配になったんだろうけど。


「まあ安心してください。これから二年間はあたしと一緒です! あたしが音羽先輩を真人間に戻してあげますから」


 胸を張って宣言すると、先輩は無邪気に笑い出した。


「……ふふっ、そう。これからよろしくね、紅葉」


 そう言って先輩はあたしに近付くと、指であたしの前髪をそっと触り――次には額に軽いキスをくれた。

 また子供っぽい可愛らしい笑い方だと内心で思っていた束の間の出来事に、あたしは心臓が止まりそうになる。

 急いであたしは平静を装った。


「こっ、こうやって褒めてあげるのは大切ですね……他の同級生や後輩にもしてあげると良いと思います」

「他の子になんてしない」

「なんで!? きっと『お姉様』って呼ばれるようになりますよっ?」


 みんなからそう呼ばれるように頑張るって言っていたのに……あれ? 『みんなから』とは言っていたっけ。いや、多分言っていたに違いない!

 うん。やっぱり音羽先輩の意思が矛盾している。


「……もしかして紅葉――ううん、何でもない」


 何やら意味ありげにそう呟いた先輩を問い詰めるも、結局教えてくれなかった。


「もーっ、教えてくださいよー! 気になって眠れなくなっちゃいますからぁ」

「同じベッドで寝るのはまだ……早い」

「そんなこと一言も言ってませんけど!?」


 嫌じゃないし、確かにまだ早いと思うけど、その綺麗な顔で反応に困る冗談を言うのはやめてほしい。


「もーっ」

「ふふっ……紅葉面白い。牛さんみたい」


 するとまた揶揄うように笑いだす先輩の顔。

 先輩には意地悪なところもあるのだと知った。

 どうやら、あたしがビッグになる為の道は遠そうである。

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